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自力 他力 小乗は自力の行である。大乗は救われるというふうに理解されている。この理解の仕方は間違ってはいないということ。しかし、この中より見い出せる言葉がある。 それは自力・他力という言葉である。まず自力を後に話すことにして他力を理解してもらう。 他力とは、以前にも話したと思うが我々人間、動物、植物(木)とかいろいろなものが太陽の光(この中にはいろんなエネルギーというものが入っている)によって、寿命を保ち生命に光を与えてくれるという、これは誰しもが知っていることである。知っていてもなかなかこれに気付こうとしない、これに自覚をもとうとしないのが我々の姿であるということ。 まず他力は、この大きい超宇宙の中に与えられている・生かされているということ。それをまとめると自然に生かされているということに言葉は変わってきても、今言った与えられっぱなしでは何にもならないということ。手を合わすことも、今我々を普通のサラリーマンと仮定するならば、お百姓さんが穀物を作ってくれる。それをサラリー(月給)で買って炊いて自分の寿命というものを保っている。これも、この宇宙の動き、つまり輪廻によって生かされているものである。この自覚というものはなかなか持てない。単なるそれは心の流れ作業として行っているのにしかすぎないという思いである。寿命とは何か。 黄光龍説法 心をひらく 第二章 自力・他力より▲先頭に戻る |
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