海兵隊戦没者記念碑

世界で最も高いブロンズ像であり、ワシントンにある唯一の第2次世界大戦記念碑である海兵隊戦没者記念碑は、海兵隊員としての名誉ある死者に対し、国家の感謝と経緯を象徴するものとして制作されました。
モチーフとなったのは、「摺鉢山の星条旗」ですが、記念碑自体は1775年以来、命を捧げた海兵隊員たち全てに捧げられています。
※その証拠に、彫像に星条旗を掲揚した6人の名前は無く、ただ制作者のフェリックス・デ・ウェルデンの名だけが記されています。
AP通信カメラマンであるジョー・ローゼンソールによって撮影された摺鉢山に掲揚された星条旗の写真が電送されてきたのを見たアメリカ海軍大佐T・B・クラークは、ちょうど珊瑚海海戦の壁画を描くために勤務していたフェリックス・デ・ウェルデンに見せました。
これを見たデ・ウェルデンは、その写真に一瞬にして魅了され、夜明けには彫刻の原型ができあがっていました。
デ・ウェルデンは、その後、三年をかけて6人の裸体像を作成し、更に三年かけて衣類と装備で装飾しました。
※この際、三人の生存者レイニー・ギャグノン、アイラ・ヘイズ、そしてジョン・ブラッドレーはデ・ウェルデンの前でポーズをとり、顔を粘土で象りました。
海兵隊戦没者記念碑は、まず骨格を形成する鉄の枠組みが組み立てられ、一度、完成した後、108個の部品に注意深く分轄され、ニューヨークへトラックで運ばれました。ニューヨークでは、熟練の職人たちによって三年かけてブロンズが鋳込まれ、これらの作業が完了すると、今度は約1ダースの部品に分けられ、三台のトラックによってワシントンに戻されます。
アーリントン国立共同墓地において1954年9月に建設が開始。
そして1954年11月10日に当時の大統領ドワイト・D・アイゼンハワーによって公式に献上されました。
除幕式には、アイゼンハワー大統領、ニクソン副大統領を始め、生存した三人の国旗掲揚者と戦死した三人の国旗掲揚者の家族も招待され、そして生存した三人が揃った最後の場所ともなりました。
なお、この建築に当たる費用850,000ドルは全て寄付で賄われ、公金は一切使用されていません。
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Dr.フェリックス・デ・ウェルデン |
1937年アメリカに移住したオーストリア人で、1945年に帰化。 1955年11月10日、フランスにおいて、第1次世界大戦のベローウッドで奮戦した第4海兵連隊を讃える記念碑(アメリカ海兵隊を讃えるヨーロッパ唯一の記念碑)の制作も行っています。 2003年6月2日、96歳にて死去 |
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記念碑データ |
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| 高さ | 32フィート |
| 旗竿 | 60フィート |
| 像全体の高さ | 78フィート |
| M1ライフル | 約16フィート |
| M1カービン | 約12フィート |
| キャンティーン容量 | 約32クォート |
| 碑文
"Uncommon Valor was a Common Virtue." "In honor and in memory of men of the United States Marine Corps who have given their lives to their country since November 10, 1775." |
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海兵隊戦没者記念碑戦闘名誉章
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最初の帯(独立戦争-朝鮮戦争) |
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| 独立戦争(1775-1783) | |
| 準戦争(1798-1800) | |
| トリポリ(1801-1832) | |
| 第2次英米戦争(1812-1814) | |
| フロリダインディアン戦争(1835-1842) | |
| メキシコ戦争(1846-1848) | |
| 南北戦争(1861-1864) | |
| 米西戦争(1898) | |
| フィリピン暴動(1898-1902)) | |
| 義和団の乱(1900) | |
| ニカラグア(1912) | |
| ベラ・クルス(1914) | |
| ドミニカ共和国(1916-1920) | |
| ハイチ(1915-1934) | |
| サント・ドミンゴ(1916-1924) | |
| 第1次世界大戦(1917-1918) | ベロー・ウッド |
| ソイッソン | |
| セント・ミハイル | |
| ブランク・マウント | |
| ミューズ・アルゴンヌ | |
| ニカラグア(1926-1933) | |
| 第2次世界大戦(1938-1945) | |
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1941 |
パールハーバー |
| ウェーキアイランド | |
| バターン&コレヒドール | |
1942 |
ミッドウェー |
| ガダルカナル | |
1943 |
ニュージョージア |
| ブーゲンビル | |
| タラワ | |
| ニューブリテン | |
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1944 |
マーシャル諸島 |
| ペリリュー | |
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1945 |
硫黄島 |
| 沖縄 | |
| 朝鮮戦争(1950) | |
二番目の帯:レバノン-ソマリア(1958-1994) |
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| レバノン(1958) | |
| ベトナム戦争(1962-1975) | |
| ドミニカ共和国(1965) | |
| レバノン(1981-1984) | |
| グレナダ(1983) | |
| ペルシャ湾(1987-1991) | |
| パナマ(1988-1990) | |
| ソマリア(1992-1994) | |

2005年硫黄島上陸60周年式典より

