日本列島徒歩縦断記

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北海道編              



【栃木県 8月16日:28日目】

 この日も雨。
 西郷村のテントを撤収し,午前6時30分に出発。
 1時間ほど歩いたら栃木県に入った。
 晴れていれば右側に那須岳が見えるはずなのに,雨のため山の方は何も見えない。
 見えるのは車がびゅんびゅん走っている東北縦貫高速道路。
 自分は1時間で5キロしか進まないのに,高速道路を走っている車は同じ時間で100キロ進む。20倍の違いだ。
 そんなことを思いながら,黙々と国道4号線を南下する。

 黒磯市を通過し,矢板市から10kmほど進んだ蒲須坂で野宿することにした。
 時間は午後8時。国道4号線沿いにある倉庫で野宿。
 近くには「東京まで130km」の表示。もう少しで東京だ。














【おおっ,お前は! 8月17日:29日目】

 蒲須坂を午前6時30分に出発。
 この日も雨。毎日雨だ。
 雨の国道4号線をただ南下するのみ。
 栃木県宇都宮市を通過し,小山市に向かって歩いていたが,雨は相変わらず降っている。
 こんなに雨が続くと野宿する場所を探すのに苦労する。
 雨に濡れないで野宿が出来る適当な場所はないか探しながら歩いていたら,国道沿いに建築中の家があった。窓やドアはまだ付いていないが,既に屋根が完成していて,雨をしのげそうだ。
 時間は午後7時15分。小山市まであと10km弱の所だ。
 無断でここに泊まるのは気が引けるが,外は雨が降り続いており,他に適当な場所がある様子もなく,これじゃあ致し方ないと思って,勝手ながら泊まらさせてもらうことにした。
 ただし,汚すといけないので靴を脱いで上がった。
 そして,まだ板がむき出しの床に横になって,懐中電灯の灯りを頼りにその日のことをノートに書いていたら,突然「そこにいるのは誰だ!」と外から怒鳴ってきた。
 もしや家主では,と思って「すみません。旅行中の者です。」と名乗った。
 怒鳴ってきたのは3人だった。直ぐにここから出て行くように言ったので,重ねて謝罪しながら出て行く準備をしていたら,今度はその中の一人が
    「おおっ,お前は!」
と言いながら私の顔をライトで照らし,
    「やっぱりお前じゃないか!」 
と大きな声で言ってきた。大声ではあるが,先ほどの敵意は消え,明らかに友好的な声に変わって,しかも聞き覚えのある声である。
 えっ,と思ってその声の主をよく見てみたら,ナント,東京の寮のS先輩ではないか。大学をその年の春卒業し,地元の小山市に就職した先輩であった。
 
 話によれば,その家は新築工事中の先輩の実家であり,国道沿いにあるものだから,これまで度々ホームレスが勝手に入り込んで寝泊まりし,中にはタバコの吸い殻を残していく者もいるとのこと。
 そのため,新築中の家が火事になったらいけないということで,毎晩,監視をしていたそうだ。
 そして,そこに私が入り込んだ,ということだった(笑)
 
 現在住んでいる家は,新築中の家の隣りにあった。
 この夜は,S先輩の好意で現在住んでいる家に泊めてもらうことになった。
 それにしても,3,000kmもの縦断中の途中で,このように先輩と会うなんてビックリであった。
















【埼玉県 8月18日:30日目】

 午前6時30分にS先輩の家を出発。
 この日も雨。ず〜と雨が続いている。
 それに普通の雨ではない。集中豪雨とも言えるような土砂降りで,道路が川になっていた。
 
 そんな雨の国道4号線を更に南下し,昼頃に利根川を渡って埼玉県に入る。
 利根川は連日の大雨で濁流になって音をたてて流れ,今にも堤防を越えそうな水かさに,利根川橋を渡るときは怖かったほどである。
 この雨によって大きな水害が発生していることを食堂で見た新聞で知った。

 午後8時45分,埼玉県春日部市から5kmほど東京に進んだところにある国道沿いの幼稚園の庭にテントを張って野宿。















【東京@スタートして一ヶ月 8月19日(金):31日目】

 この日も大雨。
 野宿した所を午前6時30分に出発。
 東京まで32kmの表示が近くにあった。
 
 国道4号線の南下を続け,埼玉県の越谷市,草加市を通過して,やっと東京に入った。
 ゴミゴミした東京ではあるが,それでも今住んでいる街である。
 何となく懐かしいし,ほっとする。
 そして,東京まで来きたことで,この先,何とかやっていけそうな気がしてきた。

 午後3時15分,東京都庁着。
 現在の都庁は新宿にあるが,当時は東京駅の近くにあった。

 東京では,原宿にある叔父の家に泊まることにしていたので,都庁から青山通り(国道246号線)を進み,午後4時50分,原宿の叔父宅に着いた。
 
 













【神奈川県@にーよんろく 8月20日(土):32日目】

 原宿の叔父宅を12時30分に出発。
 この日は雨が止み曇り空。
 
 東京から沼津までは,国道1号線を通るルートと国道246号線を通るルートがある。
 どちらを歩くか迷ったが,「にーよんろく」と呼ばれる国道246号線の方が少し距離が短かったので,「にーよんろく」を歩くことにした。

 叔父の家は,原宿の竹下通りの明治通り側にあるので,叔父宅を出て直ぐに明治通りに出て渋谷方向に進むことになる。
 そして,後は,渋谷駅の横を東西に延びる「にーよんろく」を西側に進むだけだ。
 今までは「南下」であったが,東京から九州までは「西」に進む。
 
 国道246号線は,都心から用賀インターまで,国道の上を首都高速が走っていて,国道を歩いているのか,首都高速の下を歩いているのか,分からなくなる。
 用賀を過ぎたら,直ぐに多摩川が現れ,ここを渡ると今度は神奈川県だ。

 横浜市緑区の青葉台に友人が住んでいたので,そこに立ち寄ることに。
 ちなみに,叔父宅から青葉台までは,1回も休憩を取らずに5時間20分を一気に歩いてきた。 
 友人と2時間半も話をして,午後8時30分にそこを出発。
 
 午後9時30分,青葉台から5kmほど進んだ所にあった工場の軒下にテントを張って野宿。

 
 














【静岡県 8月21日(日):33日目】

 小雨のち曇り。
 テントを撤収して午前6時15分に出発。
 国道246号線を西へ西へと進む。
 大和市,厚木市,伊勢原市,秦野市,松田町と次々に通過。
 松田を過ぎる頃から,それまで緩やかなアップダウンだった国道が,急な坂に変わってきた。
 長い長い坂をひぃひぃ言いながら登っていたら,いつの間にか神奈川県と静岡県の県境に来ていた。
 時間は午後8時。

 県境にあったドライブインで夕食を済ませ後,ドライブインの直ぐ近くにあった工場の敷地で野宿。

















【沼津 8月22日(月):34日目】

雨。
 県境を午前7時50分発。
 出発が遅れたのは,体が疲れていて起きることが出来なかったため。
 スタートしてからほぼ毎日歩きづめなので,疲労が蓄積されているのだろうか。
 体が鉛のように重い。

 御殿場市,裾野市を通り,午後6時に沼津に到着。
 沼津には海水浴や花火を見に来たことがあったので,覚えのある街の景色がちょっと懐かしかった。

 沼津市からは国道1号線を歩き,午後7時15分,沼津市を少し西に行ったところで,廃工場の中に野宿。

 
















【1日6食 8月23日(火):35日目】

 雨のち曇り
 沼津を午前7時に出発。
 富士市,清水市を通過して,東海道を西へ進む。
 
 この日は6回食事をした。1日6食である。
 もっと食べたいが,金がないのでガマンなのだ。

 午後8時30分,静岡市の手前約5kmのところにあった小さな工場の軒下に野宿。


















【台風接近 8月24日(水):36日目】

 工場の軒下を午前5時30分に出発。
 近づいている台風の影響で風が強い。縦断コースを直撃するようなことは避けて欲しいと思いつつ,朝の静岡市街地を抜ける。
 
 藤枝市,島田市を抜け,大井川を渡る。

 午後7時,掛川市の7〜8km手前の本所にあった市場の駐車場で野宿。 
 
 今日はとても脚が痛んだ。そして,今日も良く食った。
















【今日も6食 8月25日(木):37日目】

 小雨後曇り
 午前5時に市場を出発。
 国道1号線を,掛川市,磐田市,浜松市と進み,午後7時30分,浜松湖を過ぎた新居町にあった建築中のビルで野宿。
 
 1日中歩いていると兎に角腹が減る。今日も6食だった。
 
















【愛知県 8月26日(金):38日目】

 新居町を午前6時に出発。
 この日は,新居町を出て愛知県に入り,豊橋市を通過して,岡崎市まで歩いた。

 国道1号線を歩いていたら,トラックが止まって「乗ってけ〜」と言ってくれた。
 徒歩で縦断中であることを話したら,「そうか,じゃ,頑張れよ〜」と言って走り出した瞬間にガッシャーン。後ろから来た車に追突されてしまった。
 幸い,トラックの方はバンパーがへこんだ程度で済んだ。
 
 その後,今度は別のトラックが「乗れよ〜」と言ってくれたが,この運転手さんにも歩いて鹿児島まで行く途中であることを話した。
 するとその人は「そうか!しっかりやれよ」と言って,トラックの積み荷の中から大きな業務用のウズラの缶詰を持ってきて私にくれた。
 ただ,この缶詰,業務用であるためかなり大きくて重い。
 これを抱いて歩くのだが,とても疲れる。

 疲れたて休憩をしていたら,そこの前の家の人が出てきて,「家に寄って休んでいきなさい。」と勧めてくれた。
 そこの人は,夕ご飯まで出してくれた。そして,「途中で食べなさい。」と言って,お菓子やら何やら色々なものを持たせてくれた。
 お礼に,トラックの運転手さんに貰ったうずらの缶詰を渡した。
 この缶詰,どうしようかと思っていたが,その日のうちに役にたった。
 世の中,うまい具合に回っているんだな〜。

            
             夕ご飯をご馳走になったお宅で。私の日焼けの色の凄いことと言ったら無い(笑)

 愛知県岡崎市の岡崎公園に午後8時30分着。ここで野宿。

















【名古屋市 8月27日(土):39日目】

 岡崎公園を午前5時50分出発。
 午後,国道1号線を通って名古屋市を通過。

 午後8時,木曽川の名古屋寄りにある弥富町で野宿(大きな建物の渡り廊下の下)
 明日,木曽川を越えれば三重県だ。

















【三重県@M警部 8月28日(日):40日目】

 弥富町を午前6時50分に出発。
 出発して直ぐに木曽川を渡って三重県に入り,今度は長良川を渡る。

 桑名市を過ぎて,四日市に到着。
 この日は日曜日で,通過証明をもうらう予定の市役所は休み。
 そこで,警察署なら日曜日もやっているだろうと思って,四日市南警察署に立ち寄り,通過証明を書いてくれるようにお願いした。
 どこでもいきなりこのようなお願いをするのだが,この時も同じであった。しかし,忙しい中にもかかわらず,この日の責任者であったM警部が快く通過証明を書いてくれた。
 その上,M警部は,私が歩いて日本を縦断していることに感動し,新聞記者まで呼び出して取材をさせ,食事代まで持たせてくれた。
 このM警部は,私が大学を卒業して就職が決まったとき,とても喜んでくれた。

 この日の日記にこう書いてある。
 「四日市南警察署の人達は親切で男らしかった。自分も男らしくなりたい。」と。
 
 午後8時30分,亀山市を10kmほど進んだところにある関町の工場敷地にテントを張って野宿。 












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    第3章 あんなこと,こんなこと
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