熟年夫婦の東海道五十三次テクテク日記 |
熟年夫婦の
東海道五十三次テクテク日記 |
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(箱根宿から三島宿へ) |
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歩くことで 見えてくるものは何か?
江戸時代の宿場と街道に往時の面影を求めて
東海道五拾三次を東京日本橋から京都三条大橋まで
夫婦で、ゆっくり、ゆったり 歩いた記録である。 |
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熟年夫婦の東海道五十三次テクテク日記 |
2006年11月、日本橋を出発し、2008年3月、三条大橋に到着した。その間、延べ30日を要しての旧東海道完全踏破の記録である。 |
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東海道五十三次 |
天下分け目の関ヶ原を征した、徳川家康は、慶長6年(1601年)江戸日本橋から京・三条大橋を結ぶ街道、東海道を制定し、伝馬制を敷いた。街道には五十三の宿場が設けられ、大名たちが宿泊する、本陣、脇本陣、一般庶民が泊まる旅籠などの宿泊施設や人馬の継ぎ立てを行う、問屋場が設置された。また、街道には、並木や一里塚が設けられ、旅の利便性が図られた。
東海道は、参勤交代の大名や公家、幕府役人が利用するほか、18世紀末には、伊勢参宮や京都・奈良などへの参詣・見学などで多くの庶民が利用した。新居関所史料館のボランティアの話によると、1800年代には、年間、参勤交代など4万人、庶民の参詣など6万人の計10万人が東海道を歩いたという。しかも江戸から京までの約500Kmを通常12〜15日で歩いたというから、その健脚ぶりには驚かされる。 |
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Last Update : 2007.12.20
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