春日神社末社 諏訪社(春日)

 春日神社拝殿の向かって左側に諏訪社がある。江戸時代末以降に他の場所から移されたと思われるが、由緒は不明である。中に鍬大明神を合祀してある。

 直径10cm強の御柱2本が立てられていた。実は、この社での御柱奉納は今回で2回目だそうで、原治幸さんたちが「面白そうだで、うちでもやらまいか」と、始めたそうだ。神坂神社より木が細いのは、ちょうどいい木のある山が近くにあるかないかの差だそうです。
  (撮影:2004.5.8) 
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御柱2004
阿智の産土神 阿智の御祭神
村内諏訪社の ミニ御柱2004
〜 さんまの メモ書き 〜
春日神社末社 諏訪社
神坂神社正面
神坂神社(園原)

 神坂神社は住吉3神を祀る神社だが、何時の頃からか、お諏訪様が合祀されている。昭和18年発行の「伊那の御祭神」にも、神坂神社の祭神に健御名方命は見えない。地元の方のお話では、中御山神社(大正元年に合祀)からお迎えしたのではないかという。

 神坂神社の御柱は2本あるが、向かって右側の1本が新たに奉納された。直径20cm程度だろうか。
 ちなみに、御柱に手をついているのは、愛郷探史録筆者の原隆夫(父)です。
 (撮影:2004.5.23)
諏訪社(駒場市の沢)

 駒場村上町有志によって祀られたという諏訪社にも、2本御柱があった。実は社殿の裏側に立っているため、前回訪れた時には見逃していた。さすがに真新しい御柱は色が鮮やかで目につく。直径20cm位、高さ5m位だろうか。こちらの御柱は、裏手の山から切り出してきたそうだ。
 すぐ近くの畑で作業をしていた方に、「前から御柱はありましたか?」と聞くと、前からあったという。おかしいなー。と思って足元を見ると、古い御柱が2セット横たえてあった(写真では社殿の右横)。さすがに根本が朽ちていて、再利用はできそうもない。

 尚、この社は長岳寺の管轄になっているようだが、お祭りも仏式で行ったのだろうか?
 (撮影:2004.5.30)
諏訪大明神(智里中平)

 御柱はありませんでした。社の前の御神木に注連縄が張ってありましたが、御柱という訳ではないようです。
 (撮影:2004.5.30)
阿智神社前宮(昼神)

 こちらも御柱はありませんでした。主神が思兼命や表春命であって、お諏訪様は相殿なので、遠慮したのでしょう。
 (撮影:2004.5.30)
(番外)山本 七久里神社

 これは、隣村である山本村(現 飯田市山本)の七久里神社の御柱です。
 七久里神社の祭神は誉田別八幡神で、相殿が健御名方諏訪神健速素戔男津島神です(境内の由緒書による)。

 この神社は「裸祭り」でも有名ですが、御柱祭りも盛んで、半日がかりで御柱を引き回して大騒ぎします。
 細い道の曲がり角を通る時など大変ですが、道中で何回も酒盛りをし、田んぼの土手を落として引き上げたりと、6年に一度来る大人の楽しみだそうです。

 御柱はとても立派なもので、写真の左側が直径50cm位、右側が40cm位です。高さは見上げるほどで、10m位ありそうです。今回はクレーン車を使って立てました。
秋葉社(伍和寺尾)

 秋葉社は、江戸幕府から火薬調合を許可された当地の園原直作が勧請したと伝えられる火の神である。他に、健御名方命と住吉神が合祀されている。

 御柱の事など念頭になく秋葉社を訪ねたところ、蚕玉様の石碑の後ろに2本の御柱があって驚かされた。高さは5m程度、直径は20cm位だろうか。周囲の森から調達したのだろう。
 (撮影:2004.11.28)