ある日のこと、突如として現れた「ネット検番・薊」なるもの。
私自身が何がなんだか分かんないうちに、私は「芸者・うふふッ」になって、その検番に身を置き、モノを書き始めることとなりました。
「芸者・うふふッ」は江戸っ子で、これまたナンデカワカンナイのですが、ギリシャはアテナイにあるプラトン先生の「アカデメイア」に留学中という、なんともはやな設定でした。
まぁ初めのうちは、こんなものを書いていたんです。

でそのうち、こんなことなんかがあったりして、ちょいとの間、鬱々な日々。

そして、2003年の春一番が吹いたその日の深夜、眠れぬままに、2年ちょっと住んでいたLAでのことを中心にした、雑文書きを再開しました。
まずは、LAシリーズを書き始めるにあたって、ちょっと『必要かなぁと考えたもの』を書きました。

次に、結構長めなんですが、『楽しそうな人達』と題した章を書きあげました。

そして『それぞれの事情』と題したものの、第一弾を書き終えたところで、ちょっと私は考えました。
う〜ん、いつまでもハンパなお気楽しててはいけないなぁ…、どうせならカゲキにお気楽やらなくちゃあ…。
う〜んう〜ん。そうだ!掘っ立て小屋でイイから、自分の家を建てちまおう!!
で、こんなHPを作ることを決めたのです。

『それぞれの事情』は、時間をみつけては、ちょこちょこと書いている状態なので不定期にはなりますが、まだまだ続きます。

ぜひ、読んでくださいネ。
そして、御感想などがございましたら、是非「Chiroの小部屋」の方にでも書き込んでくださると、とっても嬉しいです。

Not Fade Away
それぞれの事情 4
ドイツ人フェビアンのことを、この章に書くのはもしかしたら、ちょっと、そぐわないのかもしれない。
なぜなら、「それぞれの事情」というタイトルからは、それぞれの人の背負ってしまった、何か複雑な背景の匂いが漂って来ているかもしれない、そう思うからだ。

彼には複雑な事情というようなものは、多分、何も無い。カルフォルニアにやって来たのは、彼の人生には欠かせないらしい毎度の長旅の一つだったし、サウスベイ・アダルト・スクールのESLコースに登録したのだって、どうせ長期滞在するのなら、遊ぶだけではなくて、少し米語を勉強するのもイイかもしれないと、かつてこの学校に在籍したことのある知人のドイツ人女性が推薦したこの学校に、ふらりと現れただけなのだから。


フェビアンと初めて会話したのは、秋学期が始まってすぐのある日のことだった。
陽射しは強いけれど、吹いてくる風は妙に冷たい昼休み、日本人留学生ANNと中庭のテーブルでランチをとっていた時のことである。
「ハーイ!」と私たちに近づいて来たのが、本日の新入生フェビアンだった。
彼はクラスの皆に向かって簡単な自己紹介をしたけれど、私たちそれぞれのソレは未だだったので、まずは握手をしあって自己紹介。
それが終わると、彼は椅子にドカッと座ったが、長い手足を持て余しているかのように、どことなくぎこちない座り方だ。

ゲルマンの血が濃いことを思わせるのは、美しいブロンドの髪だが、くっきりした二重瞼のクルンと大きな目の瞳の色は濃い茶色で、それが、何かいたずらを仕掛けようと獲物を狙っている子供のように、光を帯びてキラキラと輝いている。
そのせいなのだろうか、整った顔立ちなのに、なんとなく顔全体のバランスをきっちりとは整えず、愛嬌のある雰囲気を醸し出しているのだ。

足下に置いた、よく破れないものだと呆れるほどにクシャクシャの、どこかのスーパー・マーケットの紙袋に片手を突っ込み、彼が取り出したのは、これまたクッシャクシャになった新聞だった。
それをテーブルの上に置くと、力を入れて皺を延ばしながら私たちの方に向け、
「車を買いたいんだけど、どれがイイと思う?」。

新聞の「売ります欄」の中古車コーナーのところには、赤色で何ヶ所かが丸で囲まれていた。
安くて動けばイイと云うフェビアンに、車に詳しいANNがそれを見ながら、色々とアドヴァイスをする。彼が予定している購入金額の上限は1000ドルだが、探せばそれなりの物は手に入るはずだ。
「ヤッ、ヤーッ」とANNの意見に真剣に耳を傾け、時々、エンジンはどうの車種はどうのと、結構な我が儘を云っている。
車選びの様々の話を終えると、次に彼が口にしたのは、
「部屋を探しているんだけど、どこかイイトコ知ってる?」だった。

私たち二人は彼に、普通アパートは、最低半年か一年住むことが条件付けられていること、一月単位で契約可能な短期滞在用アパートはあるけれど、そこはどこもが馬鹿高いことなどを話し、彼の持ってる新聞をめくって、「ルームメイト募集欄」を示して説明する。

「ほら、一軒家もアパートもあるよ。それに、ここは当方女性、ここが当方男性で、男性求む、があるじゃない。ちゃんと読めば、その男性が、単に女性ではなく男性と部屋をシェアしたいのか、ゲイの相手としての同居人を見つけてるのか、判ると思うよ。ちゃんと書いてあるから」と教えた。
そして、レストランやレンタルビデオ店、CDショップなどの中に無造作に置いてあったり、歩道沿いやスーパーマーケットの外に置かれた新聞販売のボックスに並んで、必ずと云って良いほどある新聞販売ボックスと同様のものに、幾種類かの「フリー・ペーパー」が入っていること、そしてそれにはこういう情報が一杯あることも付け加えた。

そこに通りかかったのが、グッド・ルッキングの若い男性には、非常に目ざといベッキーだった。
自ら手を差し伸べて自己紹介をする彼女に、私は云った。
「彼、部屋を探してるんだけど、ホームステイさせて呉れるような所、ないかしらね?」。
「幾つか心あたりがあるから訊いてみるわ。明日、私の所に来なさいね」と軽快に彼に云うと、オフィスに消えた。

そろそろ午後の授業が始まる時間になったので、教室に向かう私たちに付いてくる格好となったフェビアンに訊ねた。
「今はホテルにいるの?」
「いや、ロサンゼルスに着いたその日から、車の中で寝泊まりしている」と答え、
「ホラ、あの車。レンタカーは高いから、早く車を買わなきゃならないのさ」と、駐車場にある一台のステーション・ワゴンを指さした。

確かにその車のウィンドウを通して、座席を占領しているらしい、衣類がはみ出したダンボール箱や紙袋、スーツケース、毛布といった物が容易に見て取れる。
でもあの色付きの板のように見える物は何?と、不思議に思って目を凝らすと、なんとそれは、サーフボードだった。
ドイツ人のサーファー!?

「フェビアン、あなたここに来て1週間位になるって云ったよね。車の中で寝てるのよね。その間シャワーを使ってないの?」と、私。
「問題ないさ。ビーチにはシャワーが幾つも並んでいるし、綺麗な建物の中にはトイレやシャワーが完備してるからね。知ってる?」
勿論、知ってはいますが、一年中どのシャワーも水しか出ない。夏、真っ盛りだって、浜辺は朝晩はとても冷え込むのに、大丈夫なんだろうか。
「そろそろ、熱いシャワーを浴びたいよね」と云うと、その自分の言葉に勝手に一人受けて、大笑いしている。
変な奴だ。

フェビアンは、ベッキーが手早くあちらこちらに電話をかけてくれたおかげで、その二日後には、もう浜辺の冷たいシャワーを浴びなくて済むことになった。
ベッキー行きつけの美容院のオーナー一家の一室を、借りることが出来たからだった。
ベッキーが云うには、一家はベトナム難民で、まず初めはバーベキューのような物を売る商売をしてお金を貯め、近年、彼女の家の近くに、念願の美容院をオープンしたそうだ。美容院開店と前後して一戸建てを購入。
両方のローン返済が大変そうだから、きっと部屋を貸すだろうと踏んだうえでの、電話だったらしい。
 
月350ドルと云うのを、ただベッドとシャワーを使わせてもらうだけ、寝に帰ってくるだけだからと300ドルに値切り、住み始めて直ぐ、早朝5時から騒ぎ出す子供のことに触れたら、申し訳ないと、また50ドル値下げしてくれたそうだ。
フェビアンによると、リビングルームのソファとテレビ以外は、家の中には家具らしい家具は見当たらず、借りたその部屋にもフロアスタンドが無いから、いつも薄暗く、なんだか物悲しい。
それに彼が使用の部屋もベッドも、家主の子供が明け渡したものだとか。
そして、夜遅く寝に戻った時には、いつも点けっ放しのテレビがリビング・ルームを照らし出しており、この部屋が涼しいからと、床の上でゴロゴロ寝ているその家族達の姿と相まって、なんとも云えない感じに、毎晩のように襲われる彼だった。

さて、彼のことをドイツ人のサーファー!?と、一瞬怪しんだ私でしたが、立派にサーファーでした。
後に知ることになったのですが、スポーツメーカーからスノウボードを提供して貰ってるほどの、セミプロのスノウボーダーでもあったのです。
サーフィンに適したビーチが点在するここへ来て、この学校に在籍したことのある知人の情報から、迷うことなくこの学校を選び、趣味と実益を兼ねた、ちょっと長めのバケーションという訳だったのですね。
医学部に何年在籍しているのかは知らないけれど、将来的には東洋医学も学びたいと、結構真面目なことを云う、彼でもあった。

私が日本人だと判ったらしく、ある朝、笑顔で突然に「ドモドモ」と云いながら、上半身を何度も小刻みに折り曲げた。
ああ、挨拶のつもりなのだ、とは解ったが、どうも気にくわない。長身の彼が見おろすようにするから、なんだか余計に馬鹿にされたような気分になる。
そこで、あなたが挨拶のつもりでそれをしているなら、大きな間違いである、と云うと、キョトンとした顔をしたが、彼は素早く態勢を整え、
「この挨拶は正しい。日本人は皆やっている」と、胸を張って云い張った。

皆とは誰か、私はやらない。あなたは日本人ではないが、私は日本人だ。その日本人の私がそう云うのだから、間違いはない。それは日本では、いい加減で曖昧な、行儀の悪い言い方である、と強く云った。
ならば正しい挨拶を教えよ、と云うので「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」を教えると、翌朝、顔を会わせると直ぐさま、笑いながら大声で「おはよう!」と云った。
「グーテンモルゲン! フェビアン」。

こういう些細なことから、お互いの国の簡単な言葉やちょっとした知識を得て、それがきっかけとなって、なんとなく親しく口をきくようになり、友人になっていく。
そして、云いたいことがあったら、例え親しい友人同士と云える関係であっても、はっきりと自分の意見を表明する。
勿論、それぞれの今までの背景があるから、衝突はする。しかし、それはそれ、なにも相手を非難否定してる訳ではない。ただの、意見の相違であり、その相違をお互いに認め合って行くうちに、どんどん友情は深まって行くのだ。


フェビアンは帰国後も、まだカルフォルニアに滞在していた私に、ミュンヘンから電話やファクシミリ・レターを何度もくれた。
私の帰国後は、季節のグリーティング・カードとEメールでのやり取りが続いている。
時に彼からのEメールは、まるで小論文のようだ。
そしてそういう時には必ず、最後にそれについての私の意見を求める質問事項があるので、返事を書くには一日仕事になることもあるけれど、様々な世界の状況を憂うだけでなく、キチンとそれに対する活動をしている彼は、本当に素敵だし頭が下がることも度々である。
今年になって初めてのEメールには、同居を始めた恋人と一緒の写真が貼付されており、クリスマス休暇は南国アジアの海でサーフィン三昧だったことが書かれていた。
医大も卒業した彼は仕事の傍ら、今、東洋的な整体療法を学んでいる。
 

いつも何時も、早くドイツへおいで、と云ってくれて、本当にありがとう、フェビアン。何時かきっと行きますね。あなたが何度も自慢していた、ドイツで飲むドイツビールの美味しさを堪能させてもらうためにね。
でもねフェビアン、旅先での案内はあなたの地元ミュンヘンだけでイイからね。あとは一人でゆっくり、あなたの母国を歩きます。
遠慮しているのではありませんよ。なぜかというと、私たちの共通の友人がドイツを訪れた時のこと、私、全部知っているからです。
彼女がそちらから私に送ってくれた、美しい絵葉書が届くよりも数日早く、帰国した彼女から電話がありました。電話の内容は、次の通りです。
 

フェビアンはやっぱりイイ奴でした。彼の家族もとてもいい人達で、心から歓待してくれました。でもね、やっぱりフェビアンは、ヘンな奴でした。
こっちでのことは俺に任せろ、案内するし、必要なことは全て手配する、と云ってくれてましたが、その約束通り、、空港に迎えに来てくれました。
そしてフェビアンは、俺、時間を作ったから、こっちにいる間ずっと付き合えると云ったのです。ちょうど、日本のゴールデン・ウィークのような時期だったみたい、ドイツ。
で、その日は彼の家に泊まらせて貰って、翌日、私をバンに乗せ、それから一週間、何処を案内してくれたと思いますか? イタリア、です。
私、気がついたらイタリアに居て、それからずーっとイタリアよ、イタリア。
それに、毎日キャンプ地を探しての、キャンプ生活。
それはそれで楽しかったけど、寝袋ばかりではなく、たまにはベッドにも寝たかったんです、私。お願いだから今夜はキャンプは止めようよ、そう云っても、きかないんだもの、こういう機会は滅多にないぞ、って。
それに話すことといったら、ドイツの政治や世界情勢が殆どなの。あなた、知ってるでしょ? 私はそういうことに疎いってこと。でさ、どう思うどう思うって訊くのよ、例の調子で、しつこく。
最後には、今は休暇だ難しいことは考えたくない、って云って、ビールをガンガン呑んで、無視して寝ました。
私ドイツに旅行に行ったはずなのに、ドイツは空港と彼の家、友達に会わせるからと連れて行かれた、帰国前夜のミュンヘンのクラブだけです。
そこで、彼の友人達から、ビールの泡の上手な作り方を、しっかり教えてもらいました。あの例の作り方ですが、フェビアンの方法と少しだけ違っていました。
キャンプ生活のせいで疲れていたし眠たかったし、明日の出発時間も気になったけど、楽しい彼らと、ほとんど徹夜で飲んで話して、踊りました。結構、自棄だったかも知れません。
それと、彼の家で御馳走になったお母さん手作りのドイツ家庭料理は素晴らしかった。旬だった白いアスパラガスの美味しさは忘れられないし、是非もう一度食べてみたいです。
でもね、私はドイツを旅行したかったの、そのために行ったんです。
あーぁ、ちゃんとドイツを観光したかった。 




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