音楽室(8)




[ 全面的セリ−主義音楽=トータル・セリエリスム 第1回 ]


 かつてシェーンベルクが12音技法を開発し、それにおいて実現しようとしたのは、音楽の構造をあるひとつの理念に基づいて統一的に組織化し、もはや形骸化したヨーロッパ音楽の伝統による事無く、それとは違う全く新しい方法によって音楽に秩序を与える事であった。シェーンベルクにおいては和声と旋律の領域において革新的な成果をあげたにしても、音楽の時間構造や形式等に関しては未だ伝統的な領域内に踏み止まっているとみなされた。

 ヴェーベルンは師であるシェーンベルクとは違った思考に基づき、12音音列による作曲の意義を拡張しようとしたが、まさにこの点において後に興る”全面的セリ−主義”、”トータル・セリエリスム”、あるいは”セリ−・アンテグラル”(シュトックハウゼン)などと呼ばれる思考に基づく音楽の先鋭的な理念を準備するものであった。その間にあって、メシアンによる一撃(1949年のダルムシュタット夏季音楽講習会におけるピアノのための”音価と強度のモード”の完成と発表)は重要な影響を与えずにはおかなかった。この作品において最も重要な事は、例えば”音価”に関していえば、”音高”の12の半音階からなるモードに対して、12の”音価”の半音階的モードが用意され、それを意識的に互いに関連付け、ひとつの作品として実現させた事である。そしてその成果をうけて、モードによる手法の底辺にある音楽思想はメシアンの門下生であったブーレーズやシュトックハウゼン等を中心に”セリエル”な方法による作曲として、より明確に具体化されることとなるのである。


・モードからセリ−へ

 セリー(Serie)とはもともと”列”や”順列・配列”などを意味しており、12音技法での音列そのものとは区別される。しかし、音列とはもとより12の半音を音高の次元で配列化したものであり、それによってある特徴的な音程の配列を露わにしたものである。その意味からすれば12音による音列も音高、あるいは音程のひとつの”セリ−”といえるものである。とはいえ音列は音高、あるいは音程を”セリエル”に構成したものとして解釈できるにしても、12音技法における音列はそれ自身をすべての基底部とするとはいえ、例えば音価や強度などの他の要素は、音列の在り方にしたがって統一的に関係付けられているものではない(もちろん、ヴェーベルンはその端緒にあるのであるが)。よって、ここではセリ−と音列とを一応は区別して考える事とする。全面的セリ−主義、トータル・セリエリスム(ミュージック・セリエルなどともいう)は音楽のあらゆる要素に対してただひとつの理念、すなわち”セリエル”な思考に基づく統一的な方法によって音高や音程、つまり和声や旋律のみならず、音価や強度、拍子、奏法、音色、アタック等、ありとあらゆる素材要素を各々セリ−として、しかも同一の領域でまとめあげる。

 ともあれ12音技法の孕んでいた論理はメシアンのモードによる成果を経て、セリエルな思考へと拡大された。この新しい音楽の思考はまずカレル・ヘイヴァールツによる”2台のピアノのためのソナタ(1950/51年)”によって提示され、ピエール・ブーレーズは1952年に2台のピアノのための”ストリュクチュール”において、このセリエルな思考をより明確なかたちで実現させている。

 ここで全面的セリ−主義における方法を取り上げるにあたって、はじめにボグスラフ・シェッフェルによるセリエルな作曲の初歩的な一例を参照したい。これはセリ−に基づく作曲のごく単純な輪郭を示したものである。


・実習例T

 シェッフェルの例によると、そこでは音高、音価、強度、アタックの4つの要素をセリエルなパラメーターとして規定し、それぞれのセリ−が組み合わされて全体が構成されている。

 以下のセリーは音高・音価・アタック・強度のそれぞれのパラメーターを4つのグループに分類したものである。


 


 そして、これらのセリ−はいずれも任意に組み合わせる事ができる。例えば以下のように組み合わせる事ができよう。


 


 譜例の冒頭に付記されている数字は、4つのパラメーターの次元をそれぞれ上から順に指示するものである。例えば”1111”であるならば、上記のグループ分けされたセリ−の表から音高=1、音価=1、アタック=1、強度=1のセリ−を組み合わせるという事であり、”1322”であるのならば、音高=1、音価=3、アタック=2、強度=2のセリ−を組み合わせるという事である。以下の数字についても同様である。

 しかしながら、このようなシェッフェルの一例とてセリエルの端緒を示すものであるにしても、すでに出来上がったものを単に組み合わせるに留まるのであるならば、未だ”モード”的発想の領域に踏み留まるものであるといわざるを得ない。セリエルの手法がその効力を発揮するのは、固定された素材のグループから出発するのではなく、セリ−の4つの基本形態(O、 I、 R、 IR)や、それらの内部的な置き換え、またローテーションなどの方法から用いられ得る”音列”から出発する場合においてである(音楽室(4)を参照のこと)。この事を端的にいえば、セリエルの手法とは楽曲を単層的にではなく、異なる要素を統一的な思考の上で、いわば多層的な仕方で如何に作り得るのかということを問題にするのである。


・実習例U

 続いて、もう一段進んだ実習を取り上げてみよう
(*)。ここでは素材として、すでに取り上げた”総音程音列”(音楽室(4)を参照)から出発してみる事にしよう。これはいうまでもなく音高、または音程のセリ−である。
(*20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 P82、83より引用)


  


 この音列の特徴は全ての音程を含んであるという事であった。下段に付記された数字は半音を単位として、隣り合う音同士の音程を量的に示したものである。

 次に、音価について考えてみたいが、まず音価をセリ−として配置させるためにはどのような方法があるであろうか?。例えば以下のような仕方で考える事もできよう。


  


 これは前回、メシアンの”音価のモード”で取り上げた、最小音価(ここでは16分音符)を乗法によって拡大したものであるが、もちろんここでは音価のモードとして用いるのではなく、音価のセリ−の素材として用いるのである。

 さて、上記の音価をセリエルに扱うにあたって、音高・音程のセリ−に密接に関係するような仕方で配置する事にしたい。ここでは総音程音列の音程関係を示す下段の数字と、音価の量を示す数字とを対応させる事にする(もちろん、他の仕方も考えられよう)。しかし、11種類しかない音程に12個の音価を対応させるために便宜上、どこかに”12”という数字を挿入しなければならないであろう。ここでは補足的に先頭に置くことにしよう。すると以下のような”音価のセリ−”を作る事ができる。また、これを基本形と定義すれば即座に逆行形も導き出されよう。ちなみに、ここでの量的な総計は16分音符=1とすれば78である。


  



 続いて”オクターブ位置のセリー”を作る事にしよう。まず7つのオクターブを並べ、下記のような要領で1〜12の番号を割り当てる(もちろんこの場合も、これがセリエルにおける定式であるという事ではない。他の仕方も有り得る)。


  


 このように7オクターブにわたる音域にそれぞれ数字を割り当てた。この割り当てられた数字を先述の数値のセリ−に対応させると以下のような”オクターブのセリ−”が得られる。


 ・数値のセリ−:  12  1  9  4  7  2  6  10  5  8  3  11

 ・オクターブ位置: 2’ Kon gr 1’ 4’ gr  3’  kl  2’ Kon kl  1’



 この段階で”音高・音程のセリ−”、”音価のセリ−”、”オクターブのセリ−”が選び出された。ここではさらに、それぞれ交替する”拍子”を用意し、以下のように”拍子のセリ−”として配置してみた。総計は音価のセリ−と同じく16分音符=78である。ここでのセリ−の後半は前半の逆行形となっており、前半と後半は均等に配分されている。もちろんここでも他の配置の仕方を考えることもできよう。


 



 以上のような多層的なセリ−を用意する事によって、以下のようなセリエルな作曲の過程を進める事ができよう。






 上記の譜例は”拍子のセリ−”に”音価のセリ−”を対応させたものであるが、この場合拍子のセリ−のあり方によっては音価のセリ−を記譜の便宜上、書き改めなければならない事がしばしば発生する。下段はオリジナルの音価のセリ−である。


 そしてさらに”音高”および”オクターブのセリ−”の組織と対応させることによって、以下のように構造化する事ができる。


  


 上記の例では扱われていない休符に関しては、例えばメシアンの”モード”の例のように、ある音価より”切り抜いて”挿入する事も考えられるであろうし、また音符との等価物として、それと同様にセリエルに配置する事もできるであろう。


 ここでは音高・音程、音価、オクターブ、拍子の4つの層についてのセリエルな処理を扱う例を取り上げてみたが、何もこれらの要素のみがセリエルの対象なのではない。これらの要素以外にも、例えば強弱やアタック、楽器や音色、奏法や配置上の位置等、その他のあらゆる要素がセリエルの技法により組織立って扱い得る可能性を持っているのである。それはつまり、作品の全体をなす構造と、あらゆる層における部分構造とが、多層的な”セリ−”(=配列・順列)という思考においての意味深い関連のもとに導き出される手法が具体化されたという事なのである。



[ 音楽室(8)・終了 ] 2003.9.14


 

 少々の疲労・・・しかし、まだまだ続く。


参考文献・出典
 20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 (理論)
 新訂・近代和声学 近代及び現代の技法 松平頼則著 音楽之友社 (理論)
 シュトックハウゼン音楽論集 カールハインツ・シュトックハウゼン著 現代思潮新社 (理論)
 その他。

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