音楽室(9)




[ 全面的セリ−主義音楽=トータル・セリエリスム 第2回 ]


 前回に引き続き今回も、全面的セリ−主義に基づくセリエルな作曲の手法について取り上げてみたい。今回はこの手の手法による代表的な作品(実際、セリエルの技法の解説にはよく引き合いに出される)である、ブーレーズの2台のピアノのための”ストリュクテュ−ル 第1番”におけるセリエルな思考と処理とを参照してみる事とする。しかしながら、ここで取り上げるブーレーズの手法がトータル・セリエリスムの標準的な方法であるという事ではない。


・ブーレーズにおけるセリエルな手法

 ブーレーズは”ストリュクチュール”を作曲するにあたって、音高のセリ−としてメシアンの”音価と強度のモード”における”モードT”をそのまま用いている。そして、それに基づく12音技法における音列の原則、すなわち”基本形(O)”、”反行系(I)”、”逆行形(R)”、”反行逆行形(IR)”の4つの形態のセリ−を用意している。また、それら4つの形態にくわえて移高形も用意されるのであるが、ブーレーズの場合、12音技法のように基本となる音列を半音づつ移高(つまり基本形ならO
1〜O12)させるのではなく、以下のような方法で移高形を導き出す。

 最上段の音列は基本形(O
1)であるが、まずその順列にしたがって1〜12の数字を各々の音に割り当てる。この段階で12の音にはその音に固有の数字が割り振られる。次に”O2”における最初の音は”O”の2番目の音である。そしてその音を基準に”O1”と同じ音程関係を維持しつつ、12の音を配置する。以下、同様な仕方でO12までの音高のセリ−を用意する。つまり、O1〜O12までのセリ−の最初の音はO1の構成音の順番に等しいわけであり、そしていかなる移高形においても同一の音高は、絶対値としてつねに同じ数字を割り振られているのである。


 


 そして上記の音高のセリ−の一覧から、各音に割り振られた固有の数字を抜き出して配置すると、以下のような数値のマトリクスが得られる。縦方向の数字はO
1〜O12のセリ−のn番目に固有の数値であり、横方向の数字は各々のセリ−の構成音を表している。また、マトリクスの各行を左から右方向へ読めば、それは基本形であり、右から左へと読めば逆行形である。


 [表1]
    



 また、上記の基本形によるマトリクスと全く同様に、基本形の”反行形(I)”によるマトリクスを作る事もできる。以下は基本形セリ−の反行形であるが、各音に割り振られている数字は基本形のものと対応している。ここでもそれぞれの音高は固有の数字を持っている。


 


 そしてこの場合、以下のようなセリ−のマトリクスが得られるであろう。逆方向から読めば当然、反行形
の逆行形(IR1〜IR12)のセリ−を導き出せる。


 [表2]
    



 さて次に、ブーレーズは以下のような”音価のセリ−”によるマトリクスを用意する。これは最小音価を32分音符とし、それを乗法によって(メシアンと同じく)12種類の音価として選び出している。それを音高のセリーに割り当てられた数字の代わりに基本形セリ−どうしを対応させる。この事により音高に固有の数字と同じく、ある音高に固有の音価として組み合わせられる。だから、ある長さの音価は必ず12の音高のいずれかに(オクターブ位置に関わらず)対応しているのである。


 [表3]

    



 音高と音価という要素はセリ−という次元において、その双方が同等のパラメーターとして緊密に関係するものとしての位置付けがなされた。またさらに”強度”と”アタック”という要素についても全く同様に定量化することが可能である。ブーレーズは以下の要素をセリエルなパラメーターとして用意する。これらの要素は音高や音価と同様に、それに関係する数値によるマトリクス化が可能である。


  



 以下の譜例は”ストリュクチュール”の冒頭の部分である。2つのピアノのうち、第1ピアノは上記の[表1]のマトリクスにおける第1行目のセリ−(すなわち基本形・1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,12=O
1)の音高を用いている。そして第2ピアノは[表2]の同じく第1行目のセリ−(すなわち基本形の反行形・1,7,3,10,12,9,2,11,6,4,8,5=I1)を用いている。

 またブーレーズは音価に関して、第1ピアノは[表2]の第12行目の逆行形(12,11,9,10,3,6,7,1,2,8,4,5=IR
12)を用い、第2ピアノは[表1]の同じく12行目の逆行形(5,8,6,4,3,9,2,1,7,11,10,12=R12)を厳格に用いている。



 



 強度とアタックに関してブーレーズは、以下に示すように[表4]・基本形のマトリクスと、[表5]・反行形のマトリクスの対角線上の数字をそれぞれのセリ−としている。


 [表4]
 


 [表5]
 



 しかし”ストリュクチュール”の冒頭部分での強度とアタックに関しての処理は、それぞれのセリ−の第1番目のパラメーターしか適用されていない。第1ピアノの強度はセリ−の数値でいえば”12”であり、パラメーターでいえば”ffff”である。第2ピアノはセリ−数値”5”であり、強度は”quasi p”である。また、アタックに関しては第1ピアノの場合、セリ−数値”12”ではじまり、第2ピアノの場合はセリ−数値”5”であり、これは何の指定もない通常の奏法が割り当てられている。


・セリ−それ自体の多層化

 多様な要素を配列化し、セリエルに作曲する場合、ただ単にそれぞれのセリ−を関連付け、組み合わせるに留まらない。このセリエルの技法において最も興味深いのは、あるパラメーターを規制するセリ−それ自体を統御する、いわば”セリ−のセリ−”あるいは”上位のセリ−”が存在し得ることであり、さらにその上位のセリ−の振る舞いを制御するための、さらなる上位のセリ−を置くことも可能である。つまり、セリ−の構造的な多層化である。これはセリエルな作曲法の大きな特徴である。

 ここで取り上げた”ストリュクチュール”においてもセリ−の多層化をみることが出来る。例えば第1ピアノの音高のセリ−はあらかじめ[表1]のマトリクス(つまり基本形、または逆行形のセリ−)からとられたものであるが、そのセリ−を制御する上位のセリーは[表2]のマトリクス(つまり反行形、または反行逆行形のセリ−)に基づくものである。この場合、上位のセリ−は”I
1”からとられており、その数値は”1,7,3,10,12,9,2,11,6,4,8,5”である。音高のセリ−はこの上位のセリ−にしたがうので、つまり音高のセリ−は”1”行目のO1で開始され、続いて”7”行目の移高形O7が現われ、次いで”3”行目の移高形であるO3のセリ−が現われる。以下、O10、O12、O9・・・・O5の順番で順次、現われる。したがって、[表1]・[表2]のマトリクスは単に平板なセリ−の一覧表なのではなく、セリ−構造のマトリクスとしても多層的に機能するのである。



[ 音楽室(9)・終了 ] 2003.9.18


 

 まだ続く。


参考文献・出典
 20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 (理論)
 新訂・近代和声学 近代及び現代の技法 松平頼則著 音楽之友社 (理論)
 シュトックハウゼン音楽論集 カールハインツ・シュトックハウゼン著 現代思潮新社 (理論)
 その他。

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