音楽室(7)




[ O・メシアンの旋法(モード)、そしてセリエルな作曲にむけての発端 ]


 前回までの12音技法に関する連載では、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンの、いわゆる”新ヴィーン楽派”と呼ばれるグループの音楽の作曲法について概略的にではあるものの、大方の部分は紹介できたと思う。この12音技法という新しい作曲法が後の世代の作曲家に与えた影響についていえば、はなはだ大きなものがあったといえるのであるが(これについてはシェーンベルク流の12音技法を継承する範囲内での展開と、12音技法が暗示する論理的帰着へと向かう2つの方向性が考えられよう)、しかしながらその及ぼした影響力についていえば、12音技法の事実上の創始者とされるシェーンベルクではなく、むしろヴェーベルンによる部分が大きかったとみた方がいいであろう。後の世代の革新的な音楽家からすれば、たしかにシェーンベルクは全く新しい仕方での作曲法を提示したけれども、結局それは和声と旋律という音楽の一要素について適用されたものに過ぎず、その他の部分においては依然として古典的な様式に踏み止まっているかのように捉えられていたし、後にこのような部分は様々なかたちで批判にさらされる事となった。過去の音楽様式からのより抜本的な脱却を渇望し、模索していた若い世代の革新的音楽家たちはまさにヴェーベルンの音楽の中に自分たちの思索を解きほぐす手がかりを見出す事となるのである(もちろん全ての音楽家たちが同様に、という訳ではないが)。

 しかし、ヴェーベルンの音楽が直接的に、後に興る前衛的な音楽運動に連結されていたという訳ではなかった。その中間にあって、そのような方向性をより強力に指し示したのはパリ音楽院で教鞭をとっていたオリヴィエ・メシアンによるとみた方がいいであろう。だが、それは直接的には12音技法におけるものではなく、音価や強度などに関する”モード(旋法)”というかたちでの彼の音楽上の成果に端を発するものであったといえる。

 このメシアンの”モード”という思考は後にヨーロッパにおける前衛的音楽運動において精力的に活躍する事となる作曲家たち、とりわけピエール・ブーレーズなどには示唆的な影響を与えずにはおかなかったであろうと思われる。なぜなら彼はパリ音楽院においてメシアンに師事していたのであるし(また、シュトックハウゼンなども)、彼自身も含めて何よりも多くの若い世代の音楽家たちは新しい音楽の糸口を模索していたのだ。ここからまさに、後に”全面的セリー主義”などと呼ばれる音楽様式へと繋がっていく事となるのである。そして、それはまた12音技法の論理的な帰着点へと向かう事にもなるのである。

 今回はこのような音楽の一連の流れに強力な一撃を加えたであろう、オリヴィエ・メシアンの”モード(旋法)”という発想と用法について少々取り上げてみたいと思う。


・旋法

 まずはメシアンにおける”旋法”についてふれておかなければならないであろう。ここでいうメシアンの旋法とはギリシア旋法や教会旋法などの類ではなく、”移調の限られた旋法”のことであり、もちろん彼独自のものである(これは著書・”我が音楽語法”の中で詳説されている)。

 ところで、西洋の伝統的な7音からなる音階は、半音単位で11回の移調が可能である(例えば、長音階は12種類のそれぞれ独立した音階として存在し得る等)。この事は、その音階における音程関係が全て等しい音階として、しかも異なる構成音のもと、12種類の同じタイプの音階として存在するという事である(それはまた12種類の”調”として)。しかし、メシアンの旋法はある限られた回数しか移調する事が出来ない制限がかけられている。それはすでに解体された調性体系から散逸した音の取り得る無数の可能性を独自な方法で新たに秩序立てることである。以下、メシアンの7種類の旋法を示す。

 下記の表は各旋法の内部的音程関係の特徴をみるための便宜として、音程を記号化したものである。


   



 旋法1 : 移調2回 (6音)

  


 旋法2 : 移調3回 (8音)

  


 旋法3 : 移調4回 (9音)

  


 旋法4 : 移調6回 (8音)

  


 旋法5 : 移調6回 (6音)

  


 旋法6 : 移調6回 (8音)

  


 旋法7 : 移調6回 (10音)

  



 ”旋法1”はいわゆる全音音階と同じものである。この旋法は2種類の形態しか持っていない。したがって、2回の移調のみ可能である(メシアンは基準となる、もとの旋法をすでに第1移調形として数えている。よってここでもその数え方に準ずる事にする)。”旋法2”は3回の移調に制限されている(この旋法はメシアンにおいて最も多く用いられたものである)。例えば、上記の第1移調形を半音上に移調すると”Cis - D - E -F - G - Gis - Ais - H - Cis”となり、さらに半音上のDからの音階に移調すれば、”D - Es - F - Fis - Gis - A - H - C - D”となる。しかし、さらに半音上に移調してEsから開始すると、”Es - E - Fis - G - A - Ais - C - Cis - Es”となり、再び第1移調形が現われる。このような移調をオクターブにわたり繰り返していくと、結局3種類の移調形しかない事が分かる。この事において移調が限られているのである。この事は他の旋法についても全く同様である。ただ、他の旋法はそれぞれ構造が異なるので、その独自の特長において移調の可能な回数が違ってくる。

 例えばメシアンは1939年の作品、オルガンのための”栄光の身体”などで、このような移調の限られた旋法を用いている。この作品の第3曲”芳香をもつ天使”においては、その声部構造である上声部・中声部・下声部にそれぞれ異なる旋法を割り当てている。すなわち、上声部は旋法2により構成し、中声部は旋法3の第3移調形を、下声部には旋法1の第2移調形(メシアン自身、この旋法1はまれにしか使わなかった)を用いている。

 このような旋法という理念と、それを複数組み合わせて用いるという”複旋法”的な用法への発想は、実のところ1920年代頃の音楽(まさにフランス・パリにおいては)にすでに現われていたのであり、いくつかの調(例えばC durとFis durなどの音階)を組み合わせて用いる”複調”的、あるいは”多調”的な作曲方法からの影響という面もうかがわせる。しかし、そのような音楽と比較してメシアンの複旋法的手法による作曲ははるかに多様であり、豊かな着想に富んでいる。彼は旋法における非常に不協和な響きと、強烈な色彩的効果とを結び付けようとする。そしてその複旋法的手法には、例えば拡大と縮小を伴う平行と逆行とのリズム・カノンがポリリズム的に用いられる。

 上記の移調の限られた旋法は、メシアン自身すでに1920年代後半には用いていたのであるが(例えば1928年のピアノのための”8つのプレリュード”など)、この旋法という思考はその後、その時折に現われた音楽上の成果(シェーンベルクの音列技法など)や、彼自身の探求の求めるところの成果として1940年代後半においては、より徹底されたものとして提示される事となるのである。


・音価・強度・アタック・音高のモード化

 メシアンは1949年、ドイツのダルムシュタット夏期音楽講習会で、ピアノのための”音価と強度のモード”を完成させ公表した(これは”4つのリズム・エチュード”の中の1曲である)。この作品でメシアンは、音高や音価などの素材をある一定の列(音列ではなくモード=旋法)として組織化し、それを用いている。そしてその用法においては確かに後のセリエルな作曲の発端として位置付けられよう。しかしながら、それは12音技法における音列としての用法ではなく、それらのものはモードとして定位され、その概念に基づいて実際に作曲という場面にて用いられている。

 以下、この作品において用いられている素材としての”モード”をみてみたい。


 以下のモードは”打法=アタックのモード”に用いられる打法の要素である。


  


 メシアンは12種類のアタック(記号の付かない通常の奏法をふくむ)を選び出し、アタックのモードを構成した。


 以下のモードは”強度のモード”で用いられる強弱の要素である。


  


 強度のモードではpppからfffまで7種類の強度が組み合わされ用いられている。


 以下のモードは”音価のモード”である。


  

  


 音価のモードにおいては24種類の音価が用いられている。ここでは3種類の最小音価の倍数によってモード化されている。上記のモードの1〜12までの音価は32分音符を掛けたもので(乗法による音価のモード化)、同様に最小音価を16分音符とすれば2・4・6・8・10・12・13・14・15・16・17・18となり、8分音符なら4・8・12・14・16・18・19・20・21・22・23・24の音価が各々12個づつ得られ、これら3種類、36音からなる音価はその重複するものをひとつにまとめ合わせていくと全部で24種類の音価にまとめる事が出来る。このようにして得られたのが上記の音価のモードである。


 以下の3種類のモードは”音高のモード”である。メシアンはこの作品においてはT〜Vのようなそれぞれ12音からなる音列を用いているが、しかし各々の音列は12音技法における原則(例えば4種類の形態など)の上に用いられる事はなく、あくまでもモードとして用いられる。


 


 そして、アタック・強度・音価・音高のそれぞれの次元のモードを合成すると、以下のような3種類の複合的モードを得る事ができる。Tの音価のモードには最小音価を32分音符とする音価のモードがあてがわれ、Uのモードには最小音価が16分音符、Vのモードには最小音価を8分音符とする音価のモードが対応している。また、アタックと強度については各々のモードに対して異なった配置の仕方であてがわれている。


 


 メシアンはこれらのモードを、ピアノのための”音価と強度のモード”を作曲するにあたっては比較的自由に扱っている。例えば、音高の順番はモードの順番どおりに従おうが、いくつかの音を飛び越そうが、またいくつかの音を反復させようが、それは作曲者の決定にゆだねられる問題なのだ。ただし、各種モードの相互の組み合わせ方だけは厳格に固定されている。

 ピアノのための”音価と強度のモード”は上声部、中声部、下声部の3つの声部からなる構造になっている。そして上記の3種類のモードはTのモードを上声部、Uのモードは中声部、Vのモードは下声部にそれぞれ割り振られている。そして、T・U・Vのモードはそれぞれに何オクターブかにわたっており、それぞれの声部は互いに交差している。その中にあってT〜Vの全ての音高はアタック・強度・音価のモードと厳格に結びついている。3種類の音高のモードにおける各々同一の音高は重複する事なく、それぞれのモードにおいて異なったオクターブ位置を持ち、また独自のアタック・強度・音価を持っている。

 以下の譜例は、このような各種モードによって作曲された作品である”音価と強度のモード”の冒頭の部分である。拍子は2/4である。ここでは各種モードの決められた組み合わせにしたがって書き進められているが、ただ音価のモードに関しては本来の音価のしめる範囲はそのままにしつつ、任意に休符をはさむなどして音価を切り詰めるような一部例外的な用い方をしている(例えば第1小節目の上声部でのAとAsなど。Aは本来なら付点16分音符、Asは8分音符である)。





 このような”モード”という発想は、シェーンベルクやヴェーベルンなどの12音技法におけるセリエルな作曲法の原則、またインド音楽でのリズム法におけるモードの原則、そしてメシアン独自のグレゴリア聖歌における記譜法の解釈等を合わせての研究の成果として結実された。それは音価・音高・アタック・強度といった異なる次元のパラメーターを”モード”という統一的な発想でもって堅固な関係のもとに作曲する事であり、それは作品全体とその部分構造とが、あらゆるパラメーターの次元においても統一的に、より緊密なものとして扱い得ることをうかがわせるものである。まさにこのような点にこそ後の世代の革新的な音楽家たちを刺激せずにはおかない要素があったといえるのである。しかし、その後1950年代以降のメシアンは全く個人的な音楽様式に沈潜してゆく事となるのであるが。



[ 第7回・終了 ] 2003.9.3




 第8回へ・・・まだまだ続く。 (もうそろそろ限界?)


参考文献
 20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 (理論)
 新訂・近代和声学 近代及び現代の技法 松平頼則著 音楽之友社 (理論)
 音楽の新しい地平―現代〈1〉西洋の音楽と社会 音楽之友社 (音楽史)
 その他。

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