音楽室(6)




[ 12音技法=”相互の間でのみ関係付けられた12の音による作曲技法”・第6回 ]


 12音技法において核となっているのは12の半音から組織される音列であった。これまでにシェーンベルクやその弟子であったベルクやヴェーベルン等からの用例に即して、その音列構造や用法等について紹介してきたが、ここではヨーゼフ・マティアス・ハウアーによる音列への思考を取り上げたい。

・ハウアーにおける音列の分析

 これまでに取り上げた音列の取り得るすべての形態は479.001.600通りあるという。また総音程音列に関しては3856通りの形態を取り得る。そしてハウアーは1925年に、およそ全ての音列というものは”トローぺ”という44種類の音列タイプのみで、しかもこれらのトローぺはその構造においてただ4つのカテゴリーに還元できるのである、という事を報告している。

 まずはこのトローぺという思考における音列の還元の過程をみてみよう。例えば下記の3種類の音列(1A, 2A, 3A)は、それぞれ何の関連性の無い別個ものである。(緑色のカッコは増4度音程である。後に重要)


 


 この3種類の音列を各々前半、後半の6音づつに分け、これらの音群に含まれる音の順序を並べ替え、音階のように再構成すると以下のようになる(1A=1B, 2A=2B, 3A=3B)。


 


 このような仕方でそれぞれの音列を比較してみると、もとはなんら関連性の無い音列と思われたにもかかわらず、結果として得られた音程の構造は全く同じである事が見てとれよう。つまり、このような仕方で例にあげた3つの異なる音列がただひとつのトローぺに還元されたという事である。

 トローぺの特徴は、増4度音程に特別の配慮を払いながら12音よりなる音列を半分づつ(6対6)に分割するという点にある。12平均率半音階においては6つの半音、つまり増4度によって1つの音階を2つに分割する事が可能である。この12半音による音階では常に6組の増4度音程のペア(c-fis, cis-g, d-gis, dis-a, e-b, f-h)が含まれる。したがってこの事から12音からなる音列=トローぺを6音づつ半分に分けると、その音群の中には最高で3組の増4度音程のペアを含み、以下、2組、1組、無し、という事になる。

 例えば音列1Aを1Bのように解釈した場合にあっても、いずれも6音づつの音群においては1組の増4度音程のみが含まれている。前半の音群はa-esであり、後半はb-eである。それ以外の増4度は前半、後半の音群にまたがって存在しており、この場合c-fis, gis-d, f-h, g-cisがある。

 このようにトローぺ(=音列)は44種類が可能であるが、その構造的特性からただ4種類のカテゴリーに還元されるのである。


 ・第1カテゴリー
 


 このタイプは前半・後半の音階で3対3の割合で増4度=3全音(ハウアーは”3全音張力”と呼ぶ。以下、同様であるが、ハウアーの協力者であったヘルマン・ハイスは”対立音張力”と呼んでいる)を含んでいる。このカテゴリーでは3種類のトローぺが存在する。


 ・第2カテゴリー
 


 このカテゴリーでは2対2の3全音張力が含まれる。15種類のトローぺが存在する。


 ・第3カテゴリー
 


 このカテゴリーでは1対1の3全音張力が含まれる。このタイプでは20種類のトローぺが存在する。


 ・第4カテゴリー
 


 このカテゴリーでは前半・後半の音群には全く3全音張力が含まれていない。ただ2つの音群にまたがって存在するのみである。このタイプでは6種類のトローぺが存在する。



 以上のようなハウアーの音列分析というものは、たんに数字的な解釈による音列構造の分類化と、秩序付けのための図式にしか過ぎないとみなされるかも知れない。ましてやそれが実際の音列技法においての作曲という場面に際して、いかなる音楽上の成果を上げ得るのかについては慎重にならざるを得ないが、しかしながらハウアーはハイスとともに、トローぺを構成要素そのものとして、その音列の特性より考え得るかぎりの主題法をしめしつつ、同時に表現形態としての構造をも示している事は見のがせないであろう(この件に関しては現在のところ詳細な資料がないので具体的な譜例等で示す事はできないのであるが)。

 ハウアーのこのような音列思考における作曲への援用については、音列の移高形はわずかにしか用いられず、対して音列全体、あるいはそれをトローぺに応じて前後に立て分けた音群に対してのローテーションによる作曲上、構成上の操作が中心的に行われている。そしてハウアーは音列というものを円環性をもつ閉じた体系とみなしていたようである。例えばそれは基本形とその逆行形とを連結して用いる事(最初の音に始まり他の音列構成音を経て、再び最初の音に戻る)により、その性質を強める事ができるであろう。それはシェーンベルクとは全く異なる仕方での音列による作曲であったが、後に影響を及ぼすほどの一般化はなされなかった(ハウアーはシェーンベルクに先んじて12音音列による作曲を思い立っていたのではあるが)。





・ひとまずの結びとして

 以上、6回にわたって連載してきた”12音技法=相互の間でのみ関係付けられた12の音による作曲技法”についての記事は今回をもってひとまず筆を置きたいと思う。つとめて概略的なものではあるけれども、この作曲法についての理解の一端にでもなれば幸いである(ここで全て終わるのではなく、この先も続く)。

 この連載にあたっては12音技法というものを実際の作曲法としてよりも(そして、その表面的な既成事実の羅列としてよりも)、この作曲技法の根幹をなす音列の内部的な特性の方に重きを置いてきたつもりであるが、それはひとえに、この12音技法という作曲法はその方法において(古典的和声学や対位法などのような)統一的な作曲様式を厳格に確立し得るようなものではあり得ず、そこに保証されるのはこの作曲法を用いる作曲家個人に帰属する音楽的理念や感性でしかないと思われるからである。12音技法とはいえども、それは12の音をまとめあげるひとつの方途(しかし、最も有効な)でしかない。

 今後ともこの連載内容における不備や誤謬等、また語り足りなかった記事や資料の追加に関しては、改めて加筆・訂正等の改定を講ずるつもりである。そして今すでにその必要を感じている次第である(もっとも、それはこの連載に限った事ではないのであるが・・・)。



[ 第6回・終了 ] 2003.8.21






参考文献
 20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 (理論)
 新音楽辞典(楽語) 音楽之友社
 その他。

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