音楽室(4)




[ 12音技法=”相互の間でのみ関係付けられた12の音による作曲技法”・第4回 ]


 前回、12音技法における音列の内部的構成、その在り方というものを作者が意図的に、あらかじめその音列独自の性格を持たせ、その特性にしたがいつつそれを利用し、楽曲が構成される事をシェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンという12音技法の代表格の音列を引き合いに出して概観してみた。そこにおいては単に12の半音からなる音列(4つの形態と48種類の移置形を含めて)を、すでに固定されたものとして用いるのではなく、むしろさらに12音音列を分割し、6音、4音、3音などからなる音群をひとつの単位とみなして、各々の音群と他の音群との間において密接な関係性を持たせることによって、作者の意にしたがって、より有機的に組織化し得るものとして用いられていたのを見て取る事が出来たのではないだろうか。

 このような仕方で音列を扱う事は、楽曲においては音列の内包するある特性を色濃く反映させ、それにおいて統一的性格を楽曲そのものに持たせる事、その場合の手段としては全く有用な発想である。

 12の半音からなる音列全体をさらに分割し、密接な連関のもとに構造化するという事。後にこのような思考は分割し得る音列の在り方として、いくつかのバリエーションとしての方法的な音列操作の展開をみるのである。この事はひとえに12音からなる音列の、またその作曲の可能性の拡大を求める事である。しかしながら大事な事は、そのような求めにおいて拡大された量的な可能性の中で、作者が如何なる見通しに基づいて質的な選択をするのかである。まさにこの点に大家とそうでない者とを分け隔てる一線がある。

 以下、その後に現われた音列の構成上の操作をみてみたい。


・ローテーション(規則的な音の入れ替え)

 すでに作者によって構成された音列の可能性を拡大するひとつの方法として”ローテーション”という音列操作が考えられる。これは音列を組織する12の音の順列にしたがって、ある規則性に基づき音を入れ替える事によって為される。まず以下のような単純な操作として与える事が出来よう。


 


 上記の例では、まず基本となる音列Aの1番目の音を最後の12番目の音の位置に置き換える。すると2番目の音は1番目に、というように音の順列がひとつずつ前方へ移動したかたちで新しい音列が現われる(B)。この音列Bを同様に操作すれば音列Cが得られる。以下、同じ操作を繰り返してゆけば12回目には元の基本音列に戻る事になる。音列とは本質的に最後の音と最初の音とは断絶されているのではなく、他の音と同じく連結される(そのように見えるのは譜面の上での事に過ぎない)。したがってこの場合、12音音列とは円環する閉じた体系であるとすれば、その体系内での開始音をひとつずつ後方へもずらしていく事による結果であるとも解釈できよう(もちろん、前方へ移動させる事も可能であろう)。

 しかし、このような操作は音列全体に限ってのみ用いられるのではなく、例えば以下のように音列を2つの音群からなるものとした場合にもそのまま援用する事が出来よう。この場合、ローテーションは各々の音群に対して行われる。そして2つの音群は各々6音からなっているので、ローテーションは6回のみ可能であり、7回目には元の基礎音列に戻る事となる。


 


 以下のように12音音列を4分割した場合の3音からなる音群についても事態は同じである。この場合は各々の音群に対しては3回のローテーションが可能である。また、4音単位で3つの音群に分割した場合にあっては、それぞれ4回の音の入れ替えが出来る。


 


 このように、12の半音によって構成された音列をいくつかの音群単位で規則的に音の入れ替えを行った場合、分割する音群を細分化すればするほど、元の基礎音列の持っていた独自の特性とは大きく異なるものとなるであろう。




 さて次に、すでに示したローテーション、規則的な音の入れ替えとはまた違った仕方で基礎とする音列よりさらなる可能性を拡大する操作をアルバン・ベルクの歌劇”ルル”において見てみたいと思う。この場合、音列における音の入れ替えというよりは、ある規則的な仕方で音列から”音を抽出”し、それを再構成する事により、この作品におけるいくつかの重要な楽句を導き出している。まずはこの作品における基礎音列を以下に示そう。


  


 例えば、この音列を3音からなる音群に分割し、各々の音群を集約する事によって以下のような4つの3和音を得る事が出来る。音列の典型的な断片化である(このような事が可能なのは、このシリーズの第1回目において紹介した)。


  


 この音列の規則的な断片化から、以下のような音列を導き出す事が出来るであろう。まず最初の1小節目における4音は、上記の4種類の3和音の上声部、Es-G-Fis(Ges)-Gis(As)の再配置であり、2小節目は中声部、B-C-E-Cis(Des)であり、最後の4音は下声部のD-G-A-Hによるものである。


  


 このような仕方で抽出された音群からなる12音音列より、”ルル”における最も重要な主題のひとつが編成される。


  


 さらにベルクはこの”ルル”において、以下に述べるような仕方で基礎音列より新たな音列を導き出し、そこからそれぞれに異なった性格を持つ主題を得ている。

 例えば、12音より構成される基礎音列を円環する音の連鎖とみなして、開始音から1-8-15-22・・・という具合に7音ごとに音列を循環して、そこに抽出された音を再構成することによって以下のような音列を導き出す事が出来る。


 


 このような操作によって、次のような音列を現す事が出来る。この音列によって”ルル”に登場するアルヴァという悲劇的人物に対する短調的性格を持つ特徴的な主題を生み出す。


  


  


 上記の7音ごとに音を取ってゆく音列操作は、機能和声における5度圏の発想に基づいていると解釈できる。すなわち、ある音に基づく半音階、例えば主音をC音とすれば、6音おきの最初の音はGであり、これはCに対する完全5度の関係にある。さらに続けるとGに対するD,Dに対してのA・・・・というように最終的には全ての半音を経由して元のC音に戻ってくる。ベルクはこのような循環性を自らの音列に応用したのである。

 また、ベルクは同作品において上記の方法と同じ仕方で、基礎音列の開始音から今度は5音ごとに(この場合、機能和声体系における4度圏に対応した発想といえる)音を抽出し、上記の音列と同じ仕方であるにもかかわらず、全く違った性格を持つ音列を生み出している。この音列はそれに含まれる特長的な5度音程を利用する事により、エキゾチックな雰囲気を漂わせる主題を編成するのに用いられている。


  


 さらにベルクは以下のように1-2-3・3-2-1・1-2-3・・・・というような規則的な数の音を挟んで音列内の音を順にとる事によって(ここまで来ると、もはや順列のお遊びであると思われてしまうかも知れないが・・・)、”ルル”の登場人物であるドクトル・シェ−ンの主題を引き出す。ベルクはこの音列の持つ特性から長調的な性格をこの主題に持たせている。


  


  


 拡大された12音技法の扱い方を巡ってベルクにおける作品から一部引用したが、彼はこのような仕方でもって12音技法の可能性を拡大し、自らの作品に反映させた。しかし、その作品の形式や構造については依然として伝統的な様式を踏襲したものであって、たしかにこのような12音を操作する事による音列のバリエーションを有効に活用したが、それは調性的色彩さえ含ませつつ、明瞭に区別し得る性格をもたせた楽曲の核となる主題、あるいは副主題を編成し、かかる楽想を中心に楽曲を構成するということは、たとえその響きが斬新なものであったにせよ、音列の用い方それ自体の発想は紛れもなく伝統的なものである(もちろん歌劇という音楽形式の性格もあるが)。しかしながら、良くも悪くもその事についてどのように評価するのかは、評価する側の音楽的立場における価値基準と判断とに関わるべき問題である。




・音列総体としての音の置き換え/置換操作


 12音音列をローテーションによって規則的に音の順列を入れ替える場合、程度の差こそあれ、未だある程度の音程の順列は保たれるといえる。しかし次にみる置換操作においては、この音程の順列は大幅にくずされる事となる。

 以下、この操作の一例をみてみたい(この他にも様々な仕方で操作し得るであろう)。


 


 まず基礎音列Aという音列が与えられている場合、各音に割り当てられた番号(上段の数字。いうまでもなく、この音列内の音の順番を表す)にしたがって、はじめに奇数番号を順に置き換え、続く後半は偶数番号を折り返して(逆行して)置き換える。するとBという音列が導き出される。下段の緑色の数字は元の(A)音列にあった時の順列番号である。続いてBの音列を同様な操作によって音を置き換えると、Cの音列が現われる。


 また上記の仕方と同じ方法で、今度は奇数番号と偶数番号とのグループの順序を置き換えてみると、基礎音列Aに対してDの音列が作られる。そのD自体もまた同じ置き換え操作を適用する事が出来よう。その場合、Eの音列が現われるであろう。


 


 このような12音音列全体について構成音を置き換えるような仕方は、ある一定の規則性に基づくものであれば他にも種々考えられよう。しかしながら、もしこのような構成音の置換が度を超して行われるのであるならば、12音音列の原理そのものが破壊される事態を招く事となるであろう。なぜならば、そもそも特徴的な音程関係において成り立っていた基礎音列が、もはや全く偶発的なものとして解釈されてしまう事となり、その基礎音列がそれとして機能する固有の独自性を失ってしまうからである。

 たしかに音の順序と音程関係とは数字の上でのつながりによって規定されてはいるが、このようなつながりは音列それ自体からすれば、たんに便宜上、外面的に与えられたものに過ぎない。過度の音の置換操作にあっては、その音列自体による作曲は、必然的な拘束力の根拠を失う事になるであろう。もとより音列の構成とは、このような音列の解体への傾向性に対立するものであって、それは個々の構成音をつなぎ止めるのみならず、全ての音程をも緊密に関係付けようとするものであった。したがって、音列は全ての12の音と音程とを、それにおいて成立している音列自身の内に収めるという欲求を満足させねばならない、という思考の方向へと向かう要求も当然、出て来るのである。




・総音程音列

 ローテーションや音の抽出、置き換えなどによって元の音列を構造的に操作するという事は、音列による作曲の可能性を拡大する方向へと探求の目を向けた場合の結果といえる。しかし、それを過度に適用した場合、12音音楽における根本的理念である音列による作曲の発想それ自体の解体に向かう事も意味していた。しかしながら音列の可能性はまた、いかなる外面的拡大に求める事無く、音列そのものへと集中する方向へと向かう事も可能であった。

 音列それ自体への集中。その指向性にあっては、ある音列の中に含まれる12の音によって、11種類の全ての音程要素をその音列に集約させ、関係付けるという事が求められた。このような全ての音程関係を含む音列を”総音程音列”というが、このような発想はすでに1921年に具体化されている(フリッツ・ハインリッヒ・クラインによる)。また、前回すでに引用したベルクの”叙情組曲”の音列もこの種類のものである。

 この総音程音列はヘルベルト・アイマートによってさらに探求されるのであるが、ここではアイマートによる1964年の報告に準じて、このような音列の特徴をみてみたいと思う。

 まず、以下の音列(A、B、C)の下段にある緑色の数字は平均率半音階の全ての音程に対応している。すなわち、ある音程に含まれる半音程の数を表している。


1=短2度 7=完全5度
2=長2度 8=短6度
3=短3度 9=長6度
4=長3度 10=短7度
5=完全4度 11=長7度
6=3全音/増4度 12=オクターブ


 上記の対応表は全て上行音程として数えられるので、下行音程の場合は必ず上行する音程に転回されなければならない。

 アイマートによると総音程音列の型は”非対称型”、”左右対称型”、”上下対称型”の3種類のタイプがある。音列Aは非対称型の総音程音列である。この型の特徴は3全音(増4度=減5度。数字でいえば”6”)が音列のどの場所にも起こり得るという点である。

 左右対称型(音列B)と上下対称型(音列C)とでは、増4度音程は音列の中央(第6音と第7音による)に現われる。


 


 以下の音列は左右対称型の例であるが、このタイプの音列は中央の増4度音程をはさんで前半と後半の音群に分割される。そして後半の音群は前半の音群の逆行形である。さらに中央を中心に左右対称の位置にある音程関係を表す数字を足すと、いずれも12(1オクターブ)となり、対象位置関係にある音同士(例えば1-12、2-11、3-10・・・)の音程関係は増4度となる。


 


 続いて上下対称型の音列であるが、こちらも左右対称型と同じく中央の増4度音程をはさんで前半と後半とに音群を分割できるが、上下対称型の場合、後半の音群は前半の音群の反行形となっている。それぞれの音群の先頭(前半はC、後半はF)から順方向に現われる音程に対応する数字を足すといずれも12となる。


 


 アイマートによると、このような特別の性格を持つ音列の可能な数は3856通りであるというが、これは通常の12音音列が取り得る可能性に比べれば、はるかに限定されたものである。そして、ローテ−ションや置換などによる音列操作と、音列内の音程順列を決して侵してはならない総音程音列との要求とは、おのずと対立するものであるという事は明白である。すなわち前者が音列の可能性の量的な拡大であるのに対し、後者はむしろ拡大への制限における音列構造の特性に向けての集中である。そこでは単に音高についての興味だけではなく、音列内に組織される音の相互関係=そこにいかなる音程関係の構造を持つのかが決定的に重要である。

 ヴェーベルンが自ら求め、努力したもの。(点としての)音高のみを規定するだけの論理ではなく、さらに音列そのものとそれによる具体的な作曲において、音程関係の規則的な連続をも含めて打ち立てようとした事は、ようやくここにおいてひとつの集約をみたといえる。しかしながら、この総音程音列による作曲が特別な意味を獲得するに至るには1950年代の半ばまで待たねばならなかった。



[ 第4回・終了 ] 2003.8.5




 第5回へ続く。 (本当か?)


参考文献
 20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 (理論)
 新訂・近代和声学 近代及び現代の技法 松平頼則著 音楽之友社 (理論)
 新ヴィーン楽派 音楽之友社 (楽曲分析)
 和声の変貌 エドモン・コステール著 音楽之友社 (理論)
 その他。

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