音楽室(1)




・はじめに

 先ずは手始めに何を取り上げるのが適当であろうか?。私はここでシェーンベルクを事実上の創始者とする、いわゆる”12音技法”を取り上げてみるのが妥当なのではないかと思う。なぜなら調性和声体系の膠着・崩壊後の段階にあたり、そこにさまざま現われた作曲技法の中にあって、後に及ぼした影響の大きさと、潜在的に保有していた技法的可能性からいって極めて重要であり、ひととおり現代の音楽を考えてみる場合にあっては、これを避けて通る事は出来ないであろうし、この技法がどのようなものであったのかを知る事は、音楽への視界を広げる事を欲する精神にあっては、これはまた有益な事であろうと思われるからである。

 また、私にも経験があるのだが、この12音技法あるいは12音音楽というものは、その存在自体は割合広く知られたものであろうと思われるのだが、しかしながら、この技法の実際面に関する資料というものは意外と少なく、せっかくそれを学びたいと思っても、その資料の少なさ故に思うようにならない事が多いというのが実情ではなかろうか?。もしそのような方がおられ、この音楽室においてその内容が少しでも参考になればと思い、いつも進まぬ重い腰を上げ、筆を取った次第である。しかしながら、私自身の時間的制約から一度に多くを掲載する事は不可能である。よって必然的に、この事を成すがためには数回に分割しての掲載になるであろう(もっとも、この事は当項目に限った事ではないのだが・・・)。




2003.3.11




[ 12音技法=”相互の間でのみ関係付けられた12の音による作曲技法”・第1回 ]


・概略

 20世紀のかつてない全く新しい作曲の歩みは事実上、シェーンベルクの音列技法と共に開始されたといってもいいだろう。シェーンベルクにやや先んじてヨーゼフ・マティアス・ハウアーが12の半音による技法的原理を見出してはいたものの、その実際的、効果的な用法と音楽史的に与えた影響力(断固とした意思表示も含めて)、そしてその後の展開のされ方からすれば、この技法におけるシェーンベルクの存在はやはり決定的であろう。

 音列技法における根本的な素材は、伝統的音階に含まれる全ての半音、すなわち等間隔12等分されたオクターヴ内の12の半音である。しかしながらこの12半音階は、膨大なる可能性を内に孕んでいるとはいえ、未だ単なる素材要素に過ぎないのであって、これがそのまま作品を成立させるものではない。この素材をまさに音楽作品の素材として用いる事、それを成すためにはこれら12の半音を何らかの仕方で、勿論、伝統的手法による事なく秩序だてる操作=新しい作曲法が必要となる。

 ヨーロッパ音楽においては数世紀の長きにわたって、主音を中心に配しての確固たる階級的序列を内包した全音階というものが、ひとつの方法的原理としてそれまでの音楽構造を保証してきた。しかし19世紀末期以降、この旧来の秩序というものに対しては、次第に疑念が持たれるようになってきた。そのような流れにあって、それまでの伝統的な堅固な秩序に取って代わる、新しい音楽的秩序というものの可能性が、作曲家それぞれにおいて探求され、そしてまた見出されてきたのである。その中にあって、特にそのような方向性を革新的に志向したのはシェーンベルクを中心とした、いわゆる新ヴィーン楽派などと呼ばれる一派であった。

 その一派にあっては、それまでにない作曲上のさまざまな探求や、模索が求められたのであるが、その中からひとつの方法的帰結として、今日12音技法と呼ばれているところの音列技法が、かつての音楽秩序やその解体後の過渡的な作曲法に取って代わる、新しい音楽の可能性を開くべく秩序としての位置付けを担うものとして登場する事となる。そしてこの段階においてようやく全ての半音における、その個々の音との一貫した関係付けの方法、すなわち、音楽の組織構造の秩序を保証するものとしての、新しい方法的理念へと向けられた欲求が、ほぼ満足される事となったのである。


・音列の諸形態

 12音技法における音列とは、12半音階という一定間隔に並ぶ無性格な素材から、それぞれの音は作者によって自由に配置され、そしてその事によって生じた音程関係によっての独自な性格を持った12音からなる音の配列である。

 ここで支配的なのは、個々の音の取り得る音高なのではなく、音列を構成する音と音との間の音程関係における独自な順列によって生じる特性であり、性格である。音列とはまた、その音列を性格づける音程関係の配列であるといえる。先ずこの点に注目しつつ、以下の例を見てみたい。


1.基本形

 先ず12音技法にあっては、12種類の半音が作者の意図に基づいて選ばれ、ある特性をもった音列として成立しなければならない。この場合、ある同一の音名を持つ音を重複して配置する事は出来ない。音列内で使用可能な音高はただ1回のみである。それ以外の諸音が全て提示されるまでは同一音が音列内に再び現れる事はない。そして、注意深く12それぞれの音を配置した結果、以下のような音列が出来たとしよう(あまり注意深いとはいえないが)。この音列はこれから具体化されるであろう作曲において、その原型足りえるものとしての意味から”基本形”と呼ぶ。この項目ではこの音列を例題として取り扱ってみよう。全てはここから始まる。




2.反行形(転回形)

 さて次に、上記の基本形から音程関係を上下方向に反転した音列を導き出す事が出来る。下記の音列がそれで、基本形音列との音程順序の度数は全く同じではあるが、音程を取る方向が反行しているのが確認されよう(赤矢印の向きに注意)。

 共にEsから出発してはいるが、これは別にEsが古典和声的な”主音”であるという事ではない。大事な事は、音列を特徴付ける一貫した音程の順列であり、いずれの音列もそれぞれの順列関係を守るかぎり、12半音階上のいかなる音高からでも出発し得る。




3.逆行形

 続いて基本形からの派生形として、基本形音列を基礎付ける音程順列を逆の順列方向から、すなわち1〜12ではなく、12〜1へと向かう方向へと音程関係を配置する事が出来る。この事はつまり、開始する音を基本形の12番目の音から順次、1番目の音に向けて並べ替える事によって現われる音列として構成する事が出来るという事である。




4.反行逆行形(転回逆行形)


 そしてさらには、基本形の音程関係を反行(転回)させる事により得られた”反行形”を上記と同じく、”反行形の逆行形”として導き出す事が出来よう。これはまた、”逆行形の反行形”とも等しい。




 基本形より派生するそれぞれの音列の基本位置は以下の通りである。ここで改めてじっくりと観察していただければ一目瞭然であるが、逆行形は基本形の12番目の音から1番目の音に向かってそのまま並んでいるのが分かると思う。また、反行形に対する反行逆行形の関係も同様である。






 以上述べたところの4種類の音列は、その各々の音程関係の順列を確保しつつ、音列全体をいかなる音高にも移高することが出来る(古典的な言い方で言えば”移調”)。すなわち、ひとつの型の音列につき12種類の移高形をとり得るという事であり、総じて48種類の音列が導き出せる(ただし、音列の内部構造によってはそうならない場合もある)。そして、それぞれの音列は作者の意図するところのものにしたがって、多様に組み合わされ、用いられるであろう。どのように用いるかは作者の意図に関わる問題である。

 また、これらの音列は実際に用いられる上において、その個々の構成音は任意にオクターヴ移高する事が出来る。例えば以下に示すような用い方も出来よう。音列はこのような場合にあっても全く同等に扱われる。




・音列の4つの型の略記について

 以上のような12音技法における4つの型の音列は、実際の作曲にあたっては、そのそれぞれの型の区別と用法上の混同を避けるためにも何らかの略記的な表現を用いる事が望ましい。この方法にあってはいくつかのものがあるが、当音楽室においてはとりあえず、よく知られたものであるクシェネックの表記を援用する事にしよう。

音列の型 記号 意味 原位置〜移高型
基本形 O Original O1〜O12
逆行形 R Retrograde R1〜R12
反行形 I Inversion I1〜I12
反行逆行形 IR Inversion+Retrograde IR1〜IR12


 移高形の略号の横にある小さな数字は1を基本位置として、音列を半音づつ上方へ移高し、長7度上の位置、すなわち半音12個分までのそれぞれの位置を示す。例えば”O8”ならば、基本形音列を完全5度上に移高した音列である、というように。勿論、音列内の音程関係は保持されている事は言うまでもない。

 尚、音列の略記法については、これまで標準化・定式化されたものがあるという訳ではない。これは便宜であり、私なども自分独自の仕方で、例えば矢印記号と数字を組み合わせたものを用いる事が専らである。




・音列の用法上の通則1

 12音による作曲技法にあたっては、古典的調性和声における諸規則に比べ、作曲家においては比べるべくもない程の自由度がもたらされた。しかしながらそうとはいえども、やはり独自の仕方で作品に統一的な秩序を与えるものである以上、この作曲法を成立させるべく前提としての基本的原則は守られなければならないであろう。

 先ずは基本的に単一の音列においては、その音列を構成するそれぞれの音(音程)は、旋律的、和声的にも、また順逆共にその決定された順序に従って現われて来なければならない。例えば3番目の音から4、5番目の音を通りすごして6番目の音が現われるような事はない。(一部例外を除く)

 以下のつまらぬ譜例は基本形・単旋律の場合である。尚、譜例のを押せばその響きを実際に聴く事が出来るように仕込んである。形式はMP3である。(以下、同様)



再生 


 また、ただひとつの音列を、複数の声部(例えば下記の例のように二つの声部)で共有する事も出来る。勿論、それぞれの声部に異なる音列をあてがう事も出来る。



再生 


 音の順列を保ったまま、以下のように和音として配置する事も可能である。構成音には制限はない。用いた音列は上記のものと全く同じである。この場合、和声構成音の堆積は旧来の和声法と同じく転回可能であり、構成音は作者の意図に基づき如何なるポジションも取り得るであろう。そして、音列よりこのように生じた和声にあっては、協和音程と不協和音程は区別なく扱われ、継続する和音との連結にあっても、従来の禁則は適用されない。大事な事は作者が音列固有の特性を抽出し、それをまた如何に扱うのかであり、さらには音列に先んじてある作者自身の音楽的な”ねらい”である。


再生 


 音列とはまた、水平的(旋律)、垂直的(和声的)要素の二つを同時に含ませる事も出来る。勿論この場合も、単一の音列であっても複数の音列であっても可能である。


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[ 第1回・終了 ] 2003.3.25/2003.7.18 一部改訂





参考文献
 20世紀の作曲 現代音楽の理論的展望 ヴァルター・ギーゼラー著 音楽之友社 (理論)
 新訂・近代和声学 近代及び現代の技法 松平頼則著 音楽之友社 (理論)
 新ウィーン楽派 音楽之友社 (楽曲分析)
 和声の変貌 エドモン・コステール著 音楽之友社 (理論)
 その他。

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