天空の星、井の中を知らず。されど大海の広さを知る。

スタープラチナ STAR PLATINUM:星の白金
Tarot-No.17

2006/09/14改訂

本体名:空条承太郎<クウジョウ・ジョウタロウ>

プロフィール14巻P111、のちに海洋学者となる

能力:無能力にして最強の人型スタンド

スタンド形成法射程距離パワー射程・パワー増加法
身体同形体 2m 単化(下記参照)

タロット解説

宇宙・人類・個人といった存在における、その生涯や一時的に行う計画などを、成長する一つの「生命」、範囲を持った一つの「世界」と捉え、これら「生命世界」が進化や目的の実現へ向かう際に起こる変化の、普遍的な共通性を図像化したものである『生命の樹』。「セフィロトの樹」とも呼ばれるそれは、「状態」を表す10個の球体「セフィラ」と、それを結び「変化」を表す22本の小径「パス」から成る。そのパスに対応する22枚の「タロットカード」のうち、「解明せしもの」を暗示する「トト」のセフィラと、「総括せしもの」を暗示する「アトゥム」のセフィラを結ぶ「星」は、「構成要素の浄化」を暗示するカードである。

生命世界が成長へ向かうためには、数多の可能性を試行錯誤し、その結果得られた大半を占める不要な要素の中から、一握りの必要な要素を見つけ出す過程を必ず辿らねばならない。そしてその際、不要とされた要素はそのまま生命世界の中に残り、それらは散らかった部屋のように物理的に、無駄についた贅肉のようにエネルギー的に、その生命世界の円滑な活動を妨げてしまう。それら不要な要素を除去する行いが「浄化」である。この浄化によってその生命世界は、星の輝きを遮り陰らせる暗雲が強風に払われた空のように、不要な要素の弊害から開放され、必要な要素はその存在を際立たせられることになる。(また、「星」から「世界」までのタロットから成る「更新段階」に属するこの「浄化」は、「生命の樹」の始まりへと戻る生命世界に「円滑性」を取り戻す、概念的な「風」の元素の役割を担うこととなる) 

ただし、要素の必要と不要とはそう単純に分けられるものでもない。例えば最終的に不要となる要素でも、ビル建築時に組まれる足場や、ある理論を固める際に頭の片隅に置かれる幾つもの仮説のように、最終的に必要な要素を得るための過程で一時的に必要となる要素もある。また、一見不要と思われる要素でも時として偶然役立つことも少なからずあるため、邪魔にならない程度の不要な要素は余剰として確保しておいた方が、結果として生命世界の成長を効率的に行える。以上のことを踏まえて浄化は、小規模で逐次的なものは生命世界が最低限の円滑性を保てる程度に「浅め」に、大規模で一括的なものは次の浄化の機会まで間が空いてしまうため、必要要素を多少巻き込んででも不要要素を徹底的に除去できるよう「深め」に行われる傾向になるのが普通である。

また、浄化にはもう一つ重要な側面がある。それは、浄化によって除去される不要な要素は、その生命世界の「個性」や「自己」というものに深く結びついているということである。不要な要素は一握りの必要な要素より遥かに多いがために、その生命世界に大きな影響を及ぼし、それがどの方向を目指し進んでいくか、どの活動に適しているかなどといった「個性」を大きく左右する。またその生命世界に「精神」がある場合それは、自他における個性の差異が大きいほどに、「自己」を強く意識することになる。つまり浄化とはそれが深く行われるほどに、その生命世界の「個性」や「自己」の大半をも消し去ってしまうのである。

人は生きる中で出会っていく新しい事柄をどんどん記憶して蓄え、それと引き換えに過去の記憶をどんどん忘れていく。それは人間の肉体が代謝によって少しずつ入れ替わり、いつのまにか体質を変えてしまうように、自分が自分と認識するものを少しずつ入れ替え、いつのまにか自分の趣味や感性・信念さえも大きく変えてしまう。反面、無意識下にどんどん積もっていく消去できない記憶、自分が意識的に忘れまいとする記憶は、重しのように自分の感性や能力を固定していく。そしてそれは、一方では移り変わる世界の中で必要とされる感性や能力も移り変わっていくこととの「ずれ」を生み、時が経つほどに自分が世界に対して有益な何かを提供する力を奪い、世界での自分の居場所を失わせていく。また固定された感性や能力は他方では、自分が世界に対して有益な何かを提供するごとに、自分にまだ提供できる事の残量を減らし、自分が世界に存在し続ける意味を失わせていく。

人間の限界として「自分」というものは、不変なる「絶対」にも、世界に追随し続ける「永遠」にもなり得ず、いつか終わりを迎える宿命から逃れることはできない。しかし代わりに、自分の生を通じて培い獲得したものの中から価値や意味のあるものだけを選び出し集約した、「自分の生の結晶」とでも呼べるものは、自分の終わりを超えて未来へと残すことができる。価値ある何かを生み出すこと、意味ある何かを伝えること、希望となる何かを守ることを力の限り行い、そうして残せたものが、夜空に輝き続ける星のように世界の中で受け継がれていくことを確信できたなら自分は、朽ちていく体と錆びついていく心が世界に不要とされていく絶望や悲痛に圧し潰されることなく、それ以上に満ち足りた想いの中で終わりを受け入れ、自分を押し流す風と共に消えていけるのだろう。自分が生きた意味を世界に残すための「継承」の意志。それが人に対して「星」のタロットが示す重要な意味である。

スタンド解説

■「ジョジョ」のストーリー展開上における「最初のスタンド」にして「最強のスタンド」。その姿は本体の空条承太郎と同じ身長・体格・顔を持つ完全な人間型で、そのスマートながらもがっしりとした骨格を覆う筋肉は隆々として逞しく、荒々しく逆立つ髪・体表を彩る装飾・両手のグローブの甲に散りばめられた鋲が際立つ外観は、古代の戦士を思わせる。「スタープラチナ」は以降に登場する数多の人型スタンドたちと違い、「能力」と呼べるものは一切持たず、「スタンドの肉体の動作によって行えること」しかできない。だがそれを起因としてそのスタンド体は、通常の人型スタンドを遥かに超えた力を持つことになる。

■いわゆる「精神エネルギー体」であるスタンド体は、「物質」として物理法則に縛られる本体肉体に比べ、流動性や自在さに長け、「純粋化」「理想化」されるという性質を持っている。このため人型スタンドが形成される際には、本体肉体の全ての要素がただ写し取られるわけではなく、肉体内の不要な要素を極力除外するように形成され、本体肉体より純粋性が高められる。そして、除外されたそこそこの量の不要な要素は、「単化」によって解体・エネルギー化されて、必要な要素で形成されたスタンド体へと還元され、そのパワーの増幅に寄与する。「スタープラチナ」は無能力の純粋な人型スタンドであるためか、この性質が極限まで徹底されるという特徴を持っており、そのスタンド体は本体肉体の全身に散在する不要な要素を、塵のように微小なものに至るまで完全に除去して形成されている。またそうして徹底的に除去された不要な要素を集積した総量は、当然通常の人型スタンドのそれを大きく上回り、これの解体・エネルギー化によって「スタープラチナ」は、他の人型スタンドを大きく上回るパワーを有することになる。

■また、スタンド体が持つ理想化の性質は、スタンド体に生じた問題箇所を補助し、理想的状態を維持するという方向にも発揮される。このため例えば本体肉体が負傷している場合、スタンド体側では本体肉体の負傷箇所に対応する自身の欠損箇所に、不要な要素の解体で得られた余剰のスタンドパワーを流し込んである程度ではあるが補い、スタンド体の性能低下を最低限に抑えることができる。(ただしこの場合、欠損箇所の補助にパワーが割かれるため、スタンドの動作性能は維持されても、発揮できるパワーは負傷度合いが高まるほどに通常時より落ちる。また、負傷箇所を力任せに補うこの手法はエネルギー効率が非常に悪いため、負傷の度合いがあまりに酷くなると、余剰のパワーでも補い切れなくなってしまう) 「スタープラチナ」はこの性質においても他の人型スタンドに抜きん出ており、本体肉体の骨折すらもスタンド体側では圧倒的な余剰のパワーで補強し補われ、本体がよほど酷く負傷していない限り100%の動作性能を維持できる。

■以上の性質と本体承太郎の恵まれた肉体的資質とを以って「スタープラチナ」は、人型スタンドの限界といえるほどの性能を発揮できる。そのスタンド肉体のパワーは余剰のパワーに満ち溢れるがゆえに突進してくるトラックを受け止めるほど強く、その拳を繰り出すスピードは不要な要素に一切妨げられないがゆえに閃光のごとく速く鋭く、且つその指先は肉体の柔軟さと機械並の精密さを併せ持った動作を可能とする。また、濁りなく澄みきったその眼は精神エネルギー体としての無際限に近い分解能と併せて、望遠鏡か顕微鏡のように風景や物体を精細に捉え、さらには眼に写し捉えた情報の取捨によって、コンピューター解析のようなことまで行える。無論これらの性能を基盤とするその戦闘力も、他の人型スタンドの比にならないほど高く、特に両拳による連打(通称「オラオラのラッシュ」)の威力は凄まじい。そしてさらに承太郎は第3部の最終決戦、DIOの「ザ・ワールド」との戦いで、この「究極のスタンド肉体」により可能となる「更なる能力」を自覚し、獲得することになる。

■この世界の万物は、世界という絶対的な存在と絶対的な物理法則を基盤として、それに依存する形で存在している。しかしその中において「スタープラチナ」は、「ザ・ワールド」に比肩する強大なエネルギーとその高い統一性、それに加えて物理法則の束縛がゆるい精神エネルギー体であるという性質もあいまって、世界からの非常に高い独立性を宿している。そしてこの独立性による『限界突破』能力としてこのスタンドは、自らを本物の世界から解放された「独立した世界」として活動させることができ、仮に本物の世界に何らかの問題が生じその稼動が停止したとしても、その状況下で通常どおりに動くことを可能とする。ただし、絶対的な存在と物理法則の基に動く本物の世界において、その稼動がわずかたりとも狂うことはまず有り得ないため、通常この面での効果が発揮される機会は無い。代わりにこの能力は、時間を限りなく細かく見ていった果てにある「ゼロに等しい時間の狭間」、本物の世界が仮想的にその稼動を停止したのと同じ状態になる世界、「静止した時の世界」において発揮される。

■「スタープラチナ」の「静止した時の世界」での活動能力は、承太郎が「静止した時の世界」を認識し、その中で動こうとすることで発動される。「静止した時の世界」では、物体の運動から生物の精神まで世界の全ては「時が止まった」かのように静止した状態となり、その中で「スタープラチナ」(とその能力効果が及ぶ承太郎)だけが自由に移動・動作を行え、敵に対しても一方的な攻撃が可能となる。なお、「スタープラチナ」のこの能力は、DIOとの戦いの最中にそれを自覚した直後においては、「ザ・ワールド」が作り出す「静止した時の世界」を認識し、その中でその能力に食らい付いて動けるだけであった。だがその最終局面において承太郎は臨界を超えた「怒り」の爆発によって、ビッグバンによる宇宙誕生のごとく、「ザ・ワールド」と同等の「独立した世界」の解放を行い、自らの力で時を止めることに成功する。そして、第4部の序盤に10年ぶりに時を止めることに成功した承太郎は、以降の戦いではこの自らの力による時止めを常態的に使用することになる。

■「スタープラチナ」の「静止した時の世界」での活動持続時間は、第3部最終決戦で最大3秒、第4部で0.5〜1秒、第6部序盤で2秒、第6部最終決戦で5秒、と登場時期ごとにかなりの増減がある。(その理由は不明) ただしいずれにしろ、本来「ゼロ」である時間内で承太郎が「余分に」動くと、世界と承太郎との間には「時間経過のずれ」が生じ、ずれが大きくなるほど承太郎の身には強力な「反発力」が働く。このため「スタープラチナ」が「静止した時の世界」で動ける時間は、上記における最長の「5秒」が限界と思われる。また、当然この能力は間髪入れず連続使用することはできず、一度使用した後に再度使用するには最低でも数拍の間を置かねばならない。

■なお、「静止した時の世界」では時間的な「因果」も停止しているため、「スタープラチナ」のような「動ける者」の動作によって間接的に起こった事象の「結果」は、時が動き出すまでは保留されるという性質を持っている。例えば「動ける者」が止まった時の中でマッチを擦っても時が動き出すまでは「火が点く」事は無く、紙を水に浸しても時が動き出すまでは「水が染み込む」事も無い。また、「動ける者」が例えばナイフを「手にしたまま」物を刺すことは普通にできるが、ナイフを投げて「手から離れる」と、それは標的に刺さる前にいったん止まってしまい、時が動き出すと同時にスピードを取り戻し、標的に刺さる事になる。(ちなみに「磁石」のような「力場」を発生させている物質の場合、「静止した時の世界」で「動ける者」がそれを動かすと力場も動いて、見た目に離れていても直接触れた場合と同様に、周囲の鉄を引き寄せたりできるようである) 

■使用技■

◆スターフィンガー(流星指刺)◆
スタンド体全身のパワーを左右どちらかの手の人差指・中指に集中し、その指を瞬間的に3倍強の長さに伸ばし、流星のように撃ち出す技。この2本指は鋭いナイフのように敵を貫き、切り裂く。
 →14巻「ダークブルームーン」戦、同巻「ストレングス」戦

超越者

第3部の主人公空条承太郎は、生まれ持った「素質」・育った「環境」・そして素質と環境から得た「実力」において、あらゆる人間の中で「最も恵まれた者」である。これらから得られた彼の「完全に近い力」は、人の身でありながら神に比肩する力を持って悪神と戦った神話の英雄のごとく、神にも等しい力を以って世界を支配せんとするDIOに対抗し得る唯一の力となって、人々をその魔の手から守り救うことになる。しかしその力が故に承太郎は、人でありながら人としての性質から遠ざかった存在として生きる宿命を背負うことになる。彼の「全てを高度にこなす完全さ」は、不完全な者たちがまだるっこしく生きる世の中に対する抑えようの無い苛立ちとなって彼をいわゆる「不良」へと成長させる。しかし反面彼は、自分の苛立ちが「たまたま恵まれていただけの者の身勝手な感情」であることも自覚し、その相反する感情と理性の堂々巡りに苛まれることになる。

「恵まれた者」である彼には、「恵まれない者」が生きるための辛さや成長するための努力を、頭で理解することはできても心で実感することができない。彼は「恵まれない者」が努力に努力を重ねてやっと乗り越えられるような事を当たり前に行えるが、それは彼が「恵まれた者」だからであり、もしも彼自身が「恵まれない者」だったとしたらそれを乗り越えられるか、知ることはできないし、自信も持てない。なぜなら今の自分の全てはその実力はもとより心の強さに至るまで「恵まれていた」が故にあるのであり、そんな自分に「恵まれていなかった自分」のことなど想像もつかないからである。

だから彼は、「恵まれない者」が自らの境遇にくさることなく「強くまっすぐ生きる姿」に心を打たれ、渇望にも似た憧れを覚える。恵まれない環境でエネルギッシュに人々が生きるインドを「気に入った」(15巻P151)と言い、チビで怖がりだがいざという時には恐怖を克服できる勇気を持つ広瀬康一を「尊敬する」(39巻P65)・「君と知り合えて本当に良かった」(47巻P23)と言ったのも、そこに「自分には決して手に入れられないもの」を見出したからであろう。そして彼が「学者」という「未開の知識と知恵を切り拓く」道へと進んだのは、それが完全なる自分の実力をもってしてもなお困難で、手応えと充実感を得られる道だったからであろう。

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