東人の出戻り浜生活近隣散策

近隣散策



習志野市
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船橋市内
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道祖神社 【新着】(2004/07/12)       日枝神社 【新着】(2004/07/16)
了源寺 【新着】(2004/07/28)      
喜翁閣 【更新】(2004/05/04)      
     
海老川 長津川十二福十二支巡り
1番 子カッパ昇竜の像 【新着】(2004/05/12)
2番 丑乙女弁天像【新着】(2004/05/19)
3番 寅かっぱとシーラカンスの像 【新着】(2004/05/23)
4番 卯 清水弁天像 【新着】(2004/06/05)
5番 辰 ほていあおいの命像 【新着】(2004/06/13)
12番 亥 手長海老寿老人像    【新着】(2004/06/27)
11番 戌 毘沙蛙門天像    【新着】(2004/08/15)
6番 巳 とんぼ大黒像 【新着】(2004/06/19)
7番 午  福禄樹像 【新着】(2004/07/06)

道祖神社

 船橋の街中に道祖神社があるが、東船橋駅に近い所にも道祖神社という小さな祠があり、その近くに大きな銀杏の木があった。

船橋市指定樹木標識

 指定樹木  いちょう
 指定番号 第116号
 指定年月日 昭和50年4月24日
 
船橋市長
 


船橋市の名木
(道祖神社のイチョウ)

 このイチョウは船橋市の名木10選に選定されています。
   樹の高さ  18.3m
   幹回り    4.40m
 
イチョウ(イチョウ科)

 実は悪臭を放ちますが、外種皮をとりのぞくと、おいしい銀杏があらわれます。
 分布=北海道・本州・四国・九州・沖縄
 
財団法人  船橋市緑の基金
 

日枝神社

 船橋の本町通り西側に日枝神社があるが、東船橋寄りの所にも日枝神社という神社がある。

船橋市指定樹木標識

 指定樹木  いちょう、けやき
 指定番号 第128号
 指定年月日 昭和50年5月31日
 
船橋市長
 

了源寺

   船橋大神宮の東側に了源寺というお寺があった。
 入り口に説明の看板があり、江戸時代には、ここの鐘楼の場所に大砲の射撃場があったとのこと。


市指定文化財(史跡)
鐘楼堂跡 附 和時計蜀山人筆
1966年(昭和41)2月22日指定

 
 江戸時代、徳川幕府は船橋に大砲試射場を設けた。享保年間(1716〜1720)にはこの了源寺の脇に射撃の小屋が建てられ、谷津・藤崎方面へ向かって大砲射撃を行った。
 射撃場を廃止した後、砲台の台座のあった場所に鐘楼堂が建てられ、幕府から「時の鐘」として公許された。その後、明治4年(1871)に廃止されるまで船橋一帯に時を告げていた。
 その「時」の基準といわれるのが等寺に保存されている和時計である。この和時計は真鍮製で、江戸時代中期1780年より前に作られたものと推定されている。
 蜀山人大田南畝(1749〜1823)は江戸時代を代表する狂歌・洒落本・滑稽本の作者で船橋宿で時の鐘の音を聞いて詠んだ狂歌入りの掛け軸が、当寺に残されている。

 煩悩の眠りをさます時のかね
   きくやわたりに船橋の寺

 1992年3月    
船橋市教育委員会
 

覚王寺

   本町通りの南側にはお寺が多く見られるが、その中に覚王寺というお寺があった。 


 入り口に難陀龍王堂(なんだりゅうおうどう)の説明があったが、屋根が設けられて保存されているこの小さなお堂のことのようだ。
 


市指定文化財(有形・建造物)
難陀龍王堂

1995年(平成7)3月28日指定

 
 覚王寺は真言宗豊山派の寺院で、室町時代後期の開創と伝えられ、江戸時代寛文〜元禄頃から隆盛したといわれる。
 龍王堂の本尊難陀龍王は海上守護の神で、竜神様として船橋漁師町の人々の信仰を集めてきた。
 覚王寺年中行事記によれば、毎年4月3日には海上安全・豊漁祈願のための難陀龍王護摩供が修され、護符が配られたという。
 現在の堂は嘉永3年(1850)に再建された。その時の棟札が遺されており、大工棟梁は船橋九日市の芝谷兼吉平政保である。
 寺伝によれば、江戸時代末期には津波の被害により伽藍が荒廃していたが、その当時の住職が本堂再建を企画し、難陀龍王堂も再建したという。 
 総欅造、形式は一間社流造である。全体を覆う彫刻がこの堂を特徴づけている。彫刻師は江戸長谷川町の松田乙次郎藤原一元である。正面(南)の彫刻は龍、北・東・西面は仙人や仙女であり、彫りが深く立体感のある表現で、躍動感にあふれており見事である。

船橋市教育委員会

喜翁閣

   船橋市の大きなショッピングセンターであるララポートの近くにはホテルや温泉施設などがある。
 ここは、昔はFヘルスセンターであった場所であると聞いているが、ホテルの近くに古い木造二階建ての建物がある。
 今は使われていない建物のようであるが、この建物が何であったのかは分からなかった。
 
 その後、再訪した時に、この建物がホテルの敷地にあり、玄関に「喜翁閣」と書かれていることを確認した。
 
 この喜翁閣は、ホテルオークラに象徴される大倉財閥の創設者、大倉八郎向島別邸の一部であり、東京墨田区にあった建物を移築したものであった。