東洋医学

潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis:通称 UC),過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome:通称 IBS)の治療方法

(7) 潰瘍性大腸炎(UC)の治療法(仮説)

腎陽虚を本とする病症は数多くあり、処方も数え切れないくらい存在する。UC症状はその内の一つに過ぎなく、四神丸加味は実際に潰瘍性大腸炎(UC)の特効薬であると筆者は考える。各種の教科書には、四神丸は五更瀉、大腸炎の処方であることが記載されている。東洋医学を修めた大抵の人は、そのことを知っているはずであるが、何故それが潰瘍性大腸炎、UCの特効薬であると認知されなかったのであろうか。

筆者はこう考える。四神丸は、腎陽虚によって非活性化した(陰陽共に衰えた、特に陽気が衰えた大腸の杯細胞の活性剤である。四神丸の投薬により、陰窩内の杯細胞は確かに回復し始める。ところが既に慢性化した潰瘍性大腸炎、UC病症にあっては、同時に代償活動を行なっている自由表面上の肥大化した杯細胞の活動をも活性化させる。その結果、一時的に下痢症状が悪化する。それに伴って、四神丸の効果が弱い場合、四神丸は、効かないか、むしろ潰瘍性大腸炎、UCの悪化剤のように見える。そこで、軽い大腸炎症や五更瀉には効果があったものの、慢性に到った潰瘍性大腸炎、UC治療には四神丸の効果は無いものと判断して投薬を中止してしまう。その期間は、上皮細胞が入れ替わる2週間である。2週間経つと少し処方が効き始めたことが分かってくる。4週間経つとはっきりその効果が分かる。筆者の場合、この期間を切り抜けられたのは、補腎陽剤を強化して補腎陽能率を高めたことと、腎陽虚水氾、痰火内動の治療のために、偶然、温胆湯加減加黄連を併用していたので、余分な粘液、即ち大腸上皮自由表面上の痰飲を除去し、自由表面上の杯細胞の代償活動を軽減したものと思われる。

即ち、潰瘍性大腸炎、UCの治療法は、本剤として、補腎陽剤である四神丸加減を使用し、標剤として、化痰利水剤を使用し熱性症状に応じて清熱剤黄連、黄、黄柏など)を適宜加えればよいと思う。本(腎陽虚)が正常になってくれば、標である自由表面上の杯細胞の代償作用は自然に消え、それと共に大腸上皮の潰瘍も自然に回復するはずである。潰瘍性大腸炎、UC、よりもっと進んだ症状に対しては、筆者は治療経験が無いので、何も言うことはできない。

[方剤] 四神丸加味(筆者):◎補骨脂8-6(脾・腎経),◎巴戟天6(腎経),◎胡盧巴3(肝・腎経),○五味子4(肺・腎経、固渋薬,渋腸止瀉),○肉豆蒄4(脾・胃・大腸経、固渋薬,渋腸止瀉),○訶子4-6(肺・大腸経,固渋薬,渋腸止瀉),□木香0〜4(脾・大腸経,腸の止痛,大腸の蠕動促進),◇生姜6(肺・脾・胃経,消化),◇大棗8(脾経,鎮静,鎮痙)。

補骨脂:補腎助陽、五更瀉、陰萎、遺精、尿意頻数、遺尿、腰膝冷痛、虚寒咳。燥性が強く一度に多量には用いない方がよいとなっている。

巴戟天:(脾・腎経)、補腎陽、強筋骨、祛寒湿、慢性腎陽虚症状、補骨脂の加勢。

胡盧巴:(腎経)、腎陽虚寒痛、腰痛、下腹部痛。補骨脂の加勢。ごく僅か(2〜3g)でも大変熱性が強いので、使わない方がよい。潰瘍性大腸炎、UCの症状が好転したら使用を止めること

五味子:(肺・腎経)、固渋薬。虚寒による咳、腎陽虚による下痢。

肉豆蒄:(脾・胃・大腸経)、固渋薬、大腸経にはあまり効くようには思えなかった。小毒があるとされる。

訶子:(肺・大腸経)、固渋薬。タンニンを含む。慢性の下痢に用いる。収斂作用と抗菌作用がある。慢性の咳に用いる。大腸の渋腸作用を強めるために訶子を加えたのがポイントである。前に、五倍子、芡実、石榴皮を使用したことがあるが、四神丸加味が弱かったせいなのか、効果は分からなかった。その外にも固渋薬(赤石脂、禹余粮、罌粟穀など)があるが、どうやって手に入れるのか分からなかったので、筆者は使用したことはない(筆者は、効いても効かなくても、1袋単位で購入しなければならない時が多かった:インターネット時代になってからは違う)。容易に手に入り、副作用がなく、もっと効く固渋薬があれば、もちろんその方がよい。固渋薬や清熱薬はあくまで、補腎陽剤の補助薬であって、UCの本を治すものではない。

木香:消化不良下痢の際の腸の張った痛みを止めるとされているが、腸の蠕動を促進する(大腸を興奮させて大腸の蠕動を活発化する)ともなっている。木香より効力の強い烏薬(うやく)も使ってみたが、確かに腸の蠕動を促進するようで、大腸下痢には具合が悪かった。木香は入れなくてもよい(入れないほうがよい?)ように思うが確かなことは言えない。追記:木香は確かに大腸の痛み止めには効果があるようである。

大棗は薬剤の調和補助薬と説明されているが,自律神経作用の調和剤(甘麦大棗湯の意)としての効果の方を期待しているのではないだろうか。なお大棗を入れると煎じ薬が甘くなり、おいしく感じる。成人の場合、病状にあった煎じ薬に出会うと、炎症を受けている細胞が本能的に欲求するせいか、大体において、おいしく、あるいは苦味などのまずさを弱く感じる。まずいと感じる場合は、何か体質に合わないか、症状に無関係の生薬を使っている可能性がある。

生姜の意味は、五味子(通常、乾姜とペア)とペアの意味か、あるいは胃腸の活性剤(通常、大棗とペア)の意味であろう。

呉茱茰:(肝・胃・脾・腎)筆者には効果が余りなかったので、使用しなかった。

なお、筆者が治療の対象としているUCとは、陰窩内部の杯細胞の存在が通常のサイズの1/2〜1/3に萎縮し、その結果、便は鶩泄(ぼくせつ,あひるの糞のような粘液混じりの軟便)で、日に数回以上の排便をするレベルのものをいうのであって、それに到らないレベルの炎症に対しては、もちろん適当な固渋薬、利水剤、清熱薬との組み合わせで小康状態となることもあるだろう。又、同一レベルの炎症に対しても、一時的に炎症を多少抑えることもできるだろう。

[方剤] 温胆湯加減(筆者)(加味温胆湯ではない):半夏6,胆南星(自家製)3,竹筎6,白朮6,茯苓6,生姜4,陳皮4,枳穀4,炙甘草2,黄連1〜3。黄連の量は大腸の熱症の程度によって日毎に変える。筆者が痰火動風の治療に用いていたものである。大腸経に関係する清熱剤には、黄連の他に、黄芩、黄柏、大黄、白頭翁(下記参照)などがあるが、大黄は下剤である。黄柏は腎経の熱症状を清熱するので筆者は使っていない。黄芩と黄連は似たような薬剤であり、自分の利用できるものがあるのかもしれない。

参考[方剤] 真人養臓湯:白朮、人参、肉豆蒄、訶子、罌粟殻、白芍、当帰、甘草、木香。下焦虚寒の大便濃血、慢性下痢(慢性の下痢が続いて陽気が消耗し、脾陽虚あるいは脾腎陽虚となって生じる)。潰瘍性大腸炎、UCでは、人参や、地黄、当帰が邪魔して症状を悪化させる。逆に、人参や地黄、当帰を処方しても下痢しなくなれば、潰瘍性大腸炎、UCは治ったともいえる。

参考 [方剤] 白頭翁湯:白頭翁(胃・大腸)、黄連、黄柏、秦皮(傷寒論)。大腸湿熱、中医処方解説参照。

参考 [方剤] 加味白頭翁湯:(温病条弁、中医学臨床大系、温病学、第三節、p.267)、白頭翁、秦皮、黄連、黄柏、白芍、芩。湿熱赤痢。[方論] 白頭翁の性味は苦寒で、清熱解毒・涼血止痢の作用があり、方剤中の君薬である。芩・黄連・黄柏の三薬を配合すれば、清熱燥湿して上・中・下三焦の邪を除く作用がある。秦皮を配合すれば、清熱・燥湿・止痢の効を増強することができる。白芍は養血止痛の作用がある。その治療効果は白頭翁湯単用するよりもさらによいようである。 [文献選録] 内虚して下陥し熱痢重く下る、腹痛む、脈左小右大なり、白頭翁湯之を主る(温病条弁)。[筆者見解] 標治において、血管が浮いているような熱性潰瘍状態には短期間だけだが、よいかもしれない。白頭翁は、急性の下痢には用いてよいが、下痢が長引いて消化機能が衰弱している場合には使用しない方がよいとされている。

参考 [方剤] 二妙散 [方剤] 黄柏、蒼朮。

祛湿熱剤は数多くあるが、滋陰薬を含まない涼性の利水剤は数少ない。四苓散+黄連でもよいのかもしれないが、筆者は使用したことはない。防己の使用も体質(肺経が弱く浮腫が生じやすい体質)によってはよいかもしれない。

補陽薬の2味配合(相須:性能が似ている2種類以上の薬物を同時に使用し、作用を互いに増強し合う関係)を監修・洪耀騰・根本光人、「漢方配合応用」、薬業時報社、昭和59年より紹介する。腎陽虚の人は、潰瘍性大腸炎、UC以外の腎陽虚特有の症状を持つことがあるので、下記を参照して必要な薬物を加えてもよい。

・補骨脂+菟絲子,杜仲+枸杞子:腎虚による陽萎、早泄、頻尿、腰膝冷痛

・補骨脂+桑寄生:腰膝冷痛

・補骨脂+肉豆蒄:五更瀉

・補骨脂+杜仲:腎虚腰痛、腎虚喘息

・山茱萸+補骨脂,山茱萸+白芍,山茱萸+五味子、山茱萸+熟地黄:山茱萸(肝、腎、微温)は、陰分の収斂作用とともに、腎陽を補養する働きがあるので、肝、腎の陰虚陽虚いずれの証にも効果がある。山茱萸は組み合わせの薬剤効果を高める。

・鹿茸+熟地黄:全ての腎陰陽両虚症

・鹿茸+人参:六味地黄丸に加えるとその効果を強める

・確かに鹿茸の補陽の力は強く、熟地黄(か生地黄)を加えないと陰陽のバランスがくずれて直に強い熱症が起きる。鹿茸はよほどの虚弱者か、どうしても必要な病因(強度の貧血、成長発育不良、筋骨痿軟、極度の性欲不振)か、老人でない限り使わない方がよいと思う。普通人は、せいぜい鹿茸酒を少し飲む程度にとどめる。通常、鹿角膠(筆者も使ってみたが本当に少量でよい(1〜2gr/日、毎回使う必要もない。使わないで済めば一番良い。)で十分と思われる。

●投薬の際の注意

@本文の対象は、大腸性下痢に限るものとする。最初に、その大腸性下痢は急性のものか、慢性のものかを区別する。急性下痢は、実邪(通常は、大小の精神的ショックによる自律神経の乱れ)による湿熱(自律神経が過亢進し、杯細胞と吸収細胞の粘液調節機能が乱れる)である。

潰瘍性大腸炎、UC慢性下痢は、@腎陽虚(腎陽虚による陰窩内部の杯細胞の萎縮)とA大腸部位の痰飲(実邪は、上皮表面杯細胞の代償作用に伴う副作用)との挟雑である。

急性下痢は、筆者の考えでは、心火旺(個人(主人)の精神を痛める精神的な原因で起きる自立神経の過亢進)によって起きる。軽い原因の場合は軽い症状であり、数日以内に治まる。重い原因の場合は重い症状となる。簡単には解決できない重い原因による場合は、下痢が何ケ月も続く。元々腎陽虚素質を持つ者は、潜在化していた腎陽虚が顕在化する。下痢が何ケ月も続くと、健康な者でも、杯細胞が弱ってきて、陰窩が萎縮してゆき、腎陽虚となる。どちらの場合も、もはや大腸の治療だけでは、治すことはできない。

急性の治療は、葛根芩黄連湯を用いて、自立神経の過亢進を素早く鎮める(1週間以内、日頃の冷え性にこだわることはない)。柴胡加竜骨牡蠣湯も選択薬の一つである。この段階では、清熱剤+大腸固渋剤でも治り得る。なお、腎陽虚素質が顕在化した者には、早い段階からでも慢性化した潰瘍性大腸炎、UC治療法が必要である。腎陽虚の者が芩、黄連などの清熱剤の投薬を長く続けてはならない。

A自由表面上の杯細胞の代償作用による副作用である下痢を2〜4週間、制御する処方とは、涼性の利水剤である。葛根芩黄連湯(清熱剤)は、急性の大腸下痢に使用するもので、本来腎陽虚を悪化させる薬剤であることに注意されたい。利水剤には、四苓散の他に、薏苡仁、車前子、蒼朮などが考えられる。清熱剤は黄連1味でよさそうに思う。各自良い処方を考えられたい。

B潰瘍性大腸炎、UCは、腎陽虚(虚症)+自由表面上の杯細胞の代償作用による粘液の継続的供給(実症)と割り切り、容態が小康状態となるまで脾・肺経の補気薬である人参、黄耆は使用しない方がよい。痰湿熱によって生じた浮腫は、人参を服用するとひどくなることが多い(漢薬の臨床応用)。

C慢性に至っている場合、最初の2週間は、下痢症状を見定めながら、四神丸と清熱利水剤を慎重に交互に投薬する。症状に応じて、四神丸加減を2日、清熱利水剤を1日、あるいはその逆のペースで投薬する。清熱利水剤中の清熱剤は、極端に言えば、一服ごとにその量と投薬間隔を加減すべきである(黄連末の加減などでよい)。

D補腎陽薬は、肝腎陰虚症の者(結局は肝腎の陰陽両虚者)には十分慎重に投薬すべきである。四神丸には慈陰剤が含まれていないので、陰虚症状を悪化させる場合がある。この場合でも、しばらくの間(2〜4週間)は、熟地黄(or生地黄)の使用は避けて、菟糸子+知母・黄柏+山茱茰を加えるくらいでよいのではないか。

E四神丸加減は大変熱性が強いので、治療に当たってはそのことに十分注意する。できれば、潰瘍性大腸炎、UCを秋から冬にかけて治療し、盛夏には治療を避けたい。四神丸加減で熱性症状が出てきた場合(就寝中に身体が熱くなる、あるいは日中でも体が熱く感じる(体温ではない)か脈がやや速くなる。舌が赤くなる、舌が黄色い分泌物で覆われる)には、服薬を中止し、投薬間隔を空ける。清熱薬で少し体を冷やしてもよい。1〜2ケ月で潰瘍性大腸炎、UC治療への効果が見られないないなら、四神丸加減(もちろん四神丸も)による治療は中止すべきである

潰瘍性大腸炎、UC症状が治まってきたときに、あるいは治ったときに、安心のために、四神丸加減を続けることは止めるほうがよい。潰瘍性大腸炎、UC症状がないのに四神丸加減を続けると急性の副作用(熱症状が出るとか便秘になる)が出る可能性がある。寒がりなど(に伴う背中のだるさ、朝方の体調不良、度々の小腸性下痢、夜中の尿意、手足の冷え、しびれ、寒さによる腹痛・腰痛、爪の凹凸・縦線状ひび割れ、爪の変色(枯草色)、低血圧、夜明けに決まって起きる下痢、冷房による体調不良、膝痛(固定部位の痛み)、頻尿、性欲不振、流産、不妊など。腎陽虚の人は休み無く働くと、精魂尽き果てて、疲労困ぱい型のうつ病になりやすい。)の腎陽虚を正常に持っていくには、右帰丸加減を薦める。なお、腎陽虚であるということで、このような症例が或る人に全て現れるということはない。腎陽虚の人には、このような症例が一つ、二つ現れがちであると考えた方がよい。それが病的である、耐え難く苦痛であるというときに、治療方針としての腎陽虚が存在するということになる。

右帰丸加減(胃腸が弱い人の場合):熟地黄(0〜4)、山薬(8)、山茱茰(4)、枸杞子(2〜4)、杜仲(8)、菟絲子(8)、附子(0〜4)、肉桂(4)、当帰(0〜2)、炙甘草(2)、白朮(6)、茯苓(6〜10)、黄耆(0〜6)。妊娠を望む時などは、鹿角膠を僅かに加えれば、効果が強まると思われる。大腸が多少過敏である場合には、補骨脂を少し(ごく僅か2〜3gr(1日))加えればよい。人参を使っても過湿にならなければ、黄耆よりも人参の方がよい(僅かでよい)。さらに、症状に応じて、上記その他の補腎陽剤を僅かに追加すればよい。

杜仲、菟絲子の組み合わせは、身体全体をゆっくりと温める。胃腸の弱い人は、熟地黄、当帰などは他の症状に合っているようでも、できれば、使わない方がよい。女性の場合など、地黄、当帰を使用したい場合は、使用量を減らして、蒼朮を適量(それらの1/3程度)加える。多少熱性を感じるようなら、しばらく中断するか、僅かに黄連や金銀花などを加える。なお、体の不調を長期間かけて治療する程度であれば、上記の処方を半量(1日)にして、1週2回程度の服薬でよい。追記:杜仲、菟絲子は、思ったより陰分が多いように感じる。右帰丸加減でも湿分が湧くようなら、もちろん熟地黄=0、当帰=0にして、杜仲、菟絲子に代えて、苓桂朮甘湯(or苓姜朮甘湯)などに、巴戟天、補骨脂などをごく僅かに加えるほうがよいのかもしれない。

便秘気味の場合は、あるいは便秘気味になった場合は、熟地黄を少しずつ増やしていき、さらにJを参考にする。そもそも、腎陽虚や血虚の人には、胃腸が生来弱い、あるいは弱くなっている人が多い。男女を問わず、過度の冷房、冷菓・果物(特に瓜・柑橘類)の食べすぎ、ビールなどは禁物である。なお、市販薬の生薬分量は上記分量の半分である。

妊婦には、腎陽薬であっても、使ってはならない(肉桂、その他など)ものがあるので、注意すること。

F病を患っている細胞(自律神経支配)は、本来、治りたいのであるから、効果ある薬剤に出会えば大喜びし、薬剤効果を第1に知ることになる。薬剤効果を知らない細胞は大脳神経細胞(特に大脳皮質)である。であるから、自分自身、大脳神経に治療効果の理屈を言葉で教えてやり、大脳神経と自律神経に治療の共同作業をさせる。そうすることによって、治療中の炎症部の僅かな細胞変化が大脳神経によって知覚される(ちょっと効いてきたとか、今日は清熱剤が多いとか少ないとか、運動の基本反復練習と同じ)ようになる。世界中で、今までの医学知識を総動員しても治らないとされている病気の治療なのであるから、潰瘍性大腸炎、UC患者の方でも、治療を処方者まかせではなく、処方者に協力して細かく薬剤の効果状況を報告するなどして、患者・処方者協力して治療に当たるべきである。

G注意しておくが、新旧細胞の入れ替えや生来の体質に関わる慢性病などではなく、かつ診断が適切であれば、漢方薬は即効性である(10分で効果が現れる場合がある)。即効性でないように見えるのは、既製品売薬では、誤診による副作用を避けるために、即効性を示すほどの薬剤量を通常使用しないからである。従って、漢方薬は、誤った診断処方で使えば即効性の毒薬になる。陰虚熱(実際は、痰湿挟雑が多い)と湿熱の区別などは、十分に勉強した者でなければ、専門家でも難しい(筆者はもちろんそのレベルには至っていない)。軽々しく素人判断はしないことである。

H筆者が40年以上、自身への漢方薬投与に関わってきたなかで感じるのは、日本の気候の問題である。特に湿度の影響が大きい(当地山形県では、1年中湿度60〜70%以上だろう)。日本人で普通程度の消化力の人が、中国原方分量による六味丸、八味丸、四物湯(八珍湯などでさえ)系統を服用すれば、適症であっても、まず間違いなく2、3日で胃腸を壊すか、気分が悪くなり副作用が起きるだろう。1/3処方(日本での普通の処方)でも、じきに体に湿分が湧き、長く服薬を続けられない。というよりも処方により新たな病気が発生する。であるから、それらの処方は利水薬との併用(利水薬を増量するとか、利水薬との交互投与)になる(併用にすべきである)。教科書通りの処方にしてはならない。地方風土に応じて処方構成は変えなければならない。もちろん、六味丸、四物湯類の処方でないと治らない場合もある。その場合でも、連続的な投薬ではなく、舌苔などを観察しながら、休薬したり、胃腸薬のみの日と組み合わせたい。

I針灸治療は腎陽虚治療には大変よいと思う。第1に、大腸炎症部位に捕らわれないで、腎陽虚による膝頭関節の寒痛治療法に近い方法で補す。何故なら、筆者の経験によると、潰瘍性大腸炎、UCの時の便意予告のような大腸の痛みが、膝頭関節の冷えによる痛みと同時に共鳴するからである。便意を催す自律神経の反応と自律神経による膝頭関節内部の疾患反応とが、近い関係にあるのかもしれない。次に、大腸部位に対して、大腸虚寒に捕らわれず、大腸自由表面上の杯細胞活動や炎症による熱症を抑制するように瀉す、あるいは利水作用を強めればよいと思う。なお、これは筆者による仮説であるので、さらに独自に研究されたい。

J本文では、IBS,潰瘍性大腸炎、UCに含まれる便秘症のことは取り上げなかった。それは、筆者の症状が下痢症のみだったからである。潰瘍性大腸炎、UCである便秘症の原因は、急性大腸熱症によるものを除けば、下痢症と同じく腎陽虚による杯細胞の萎縮による粘液供給減少と上皮表面における吸収細胞(粘液吸収)と杯細胞(粘液供給)の働きのバランスの乱れによるものと思れる。多分、四神丸加減に含まれる燥性の補腎陽薬と固渋薬を少し減らして、麻子仁、杏仁、柏子仁、当帰、熟地黄、何首烏、肉蓯蓉、午膝などを加えるのがよいと思うが、筆者の治療経験の無い症状をこれ以上論じることは控えたい。

K急性症状と慢性症状との中間状態もあるだろう。そのときには、症状に応じた中間的な方法を取ればよいだろう。なお、大腸蠕動無力による便秘は、原因が又別で治療法も違うようである。

以上、まとめた内容は全て筆者の仮説である。しかしながら、既述の処方が筆者のUCに効いたのも事実である(100%完治)。最後にもう一度繰り返すが、UCの治療は、東洋医学を修めたUC治療に実績のある医師、薬剤師から治療してもらうことを薦める。くれぐれも素人治療はしないように再度注意しておく。その理由は、既製品売薬で潰瘍性大腸炎、UCが全部治るものなら、潰瘍性大腸炎、UCは現在治療法が見つからない難病と言われていないはずであることと、誤診の修正の場合も含めて、潰瘍性大腸炎、UC治癒過程におけるUC病状の変化、薬方の効果に応じて、薬方を随時変化させるべきものであるからである。もちろん、潰瘍性大腸炎UCの症状が軽い場合は、本文で述べた潰瘍性大腸炎、UCの原因を理解して処方すれば、既製品売薬の組み合わせで治ることももちろんあるだろう。

残る課題

本文は、筆者が生来の腎陽虚であったということと、野上龍太郎,島田達生論文における@陰窩内部における杯細胞の萎縮とA大腸粘膜自由表面上の杯細胞の増加異変という観点から、潰瘍性大腸炎、UC治療の仮説を立てた。しかしながら、上記論文には、病位写真患者の体質が元々どうであったのか、又どういう経緯で潰瘍性大腸炎、UCに到ったのかという観点からの分類分析が見られない。従って、例えば、元々腎陽虚でなかった人が潰瘍性大腸炎、UCに到った場合には、杯細胞の異変状態は論文とは又違う可能性もある。例えば、何かの原因(例えば、大きなストレスにより、杯細胞の働きを調節するホルモンの分泌が乱れるなど)で、@陰窩内部とA大腸粘膜自由表面上の両方の部位における杯細胞の粘液分泌が過剰になるということはないのだろうか。その場合には、腎陽虚の治療を主にしたら、ますます症状を悪化させるだけであるということもありえる。

従って、全ての潰瘍性大腸炎、UCの完全治療法に至るには、この観点からの医学における補完研究が待たれるところである。

●追記(2012/12/22) その後、キーワード「潰瘍性大腸炎、UC、杯細胞、写真」によるインターネット検索で、数多くの潰瘍性大腸炎の症状写真があることを知った。ほとんど全ての資料において、上皮粘膜細胞と陰窩内部における杯細胞の異常現象を報告している。それらの現象は、筆者による仮説を裏付けていそうであるが、100%筆者の仮説が正しいとまでは断言できない。何故なら、全ての病状写真において、患者の体質との関係が不明であるからである。筆者による仮説において述べた患者の体質との関連から病状写真を分類し、かつ杯細胞異変に対する処方薬の効果の経過を写真で確認していけば、きっと潰瘍性大腸炎の100%の治癒方法が確立されると思う。

●追記(2013/5/1) 潰瘍性大腸炎は完全治癒しているが、寒冷刺激には相変わらず弱い。冬季や春秋期に少し寒さに会う(特に旅行中や風邪の最中で寒気を感じるとき)と大腸が痛くなり便意を感じる。この痛みは潰瘍性大腸炎の場合と同じであるが、便に粘液は全く混じっていないから、潰瘍性大腸炎によるものではなく、寒冷刺激に対する大腸反応(人によっては膝、腰、足首などの寒痛、冬季に限っての慢性咳、憂鬱感などもある)である。この症状は大建中湯の症(大腸虚寒)であり、当帰湯加減(当帰湯+烏薬,香附子)によりすぐに治まる。ここで、重要なのは、潰瘍性大腸炎の場合は、当帰、人参の投薬は禁忌であったが、現在は当帰、人参を投薬しても全く何でもないことである(むしろ大腸には便通が良くなり調子がよい)。この経験から、潰瘍性大腸炎の原因とは、本が大腸虚寒陰窩内部の杯細胞の衰微であり標が大腸上皮細胞の代償作用であるとほぼ間違いなく推定(断定ではない)できる。

●追記(2013/6/7) 同日アトピー性皮膚炎の原因に関するニュースが発表された。その原因とは、ヒトの皮膚の表面に広く付着しているカビの一種がアトピー性患者の汗の中で繁殖して特定のたんぱく質を生産し、そのたんぱく質が皮膚の中に吸収され、それがアレルギー反応(かゆみ)の元となっているというのである。そこで、潰瘍性大腸炎が大腸上皮細胞からの単なる大腸粘液分泌過剰状態から大腸上皮が全面的に潰瘍化する原因として、次の仮説が考えられる。[仮説3]杯細胞が陰窩内部で活性化しているときには、陰窩内部の大腸粘液の中では雑菌が繁殖できないように人体はできている。ところが陰窩内部の杯細胞が衰微し、その代りに大腸自由表面上皮の杯細胞が肥大化して粘液分泌の代償作用を行う。その肥大化した杯細胞の表面では雑菌が繁殖しやすい状態となり、雑菌がある種のたんぱく質を生産する。そのたんぱく質が大腸上皮(又は肥大化した杯細胞?)に吸収され、そのたんぱく質がアレルギー反応の元となり、内部から攻撃されて、大腸上皮が潰瘍化する。

●追記(2013/6/18) 潰瘍性大腸炎では、絶え間なく痰飲が体内で生産され続け、体内のどこかに蓄積されることがある。これが体内のどこかに痰濁瘀血組織を作る。[仮説4]大腸上皮が潰瘍化した状態は写真で見る限り瘀血状態である。大腸上皮細胞が痰濁瘀血状態となっているのかもしれない。その場合は、駆瘀血薬の処方も必要なのかもしれない。長年潰瘍性大腸炎を患うと、大腸以外の部分に瘀血特有の症状が現れる可能性がある。瘀血は潰瘍性大腸炎を治しても体内に残る。不眠、頭鳴とか、就寝中の熱症状・心臓動悸とか、体(頭)のゆれ、どこかの内臓の一部分が痛いとか、腰痛とかの原因となり得る。もちろん、潰瘍性大腸炎が長ければ、その症状と痰濁瘀血症状とが並存している。そのことを承知して治療に当たられたい。「瘀熱による不眠の治療」、丁元慶、「中医臨床」、2012/9、p.28〜35を参照されたい。

●追記(2013/7/15) 潰瘍性大腸炎は完治したのであるが、舌には相変わらず唾が湧き出るように出て、補脾腎陽虚剤や清熱性の化痰利水剤を処方してもまったく効かない。頭鳴も、もう一歩よくならなかった。2ケ月くらい前から、めまい、就寝中の熱感、不眠性状(寝つきは良いが一定時間後に眼が覚めてしばらく眠れない)がひどくなった。舌は脾腎陽虚内蘊&痰熱の症であるが、その処方をしても効かない。腎陰虚を表す舌のひびわれ、地図舌、舌色(暗)紅などは見られない。ただ気になるのは、舌の中心の1本の縦溝が深かったのであるが、これは陰虚に関係することは知ってはいたが、過剰痰湿のせいであると考えていた。大変苦しい思いを続けながら、針灸師(酒田市内の七福)を訪ね見解をきいたところ、脈症から腎の陰陽両虚、特に腎陰虚であるとのことであった。ここで、長年の疑問が氷解した。針灸により腎気強化をしてもらい、家では知柏地黄丸を処方した。一服で処方が効くのが分かった。数日かけて、知母を減らし、黄柏を減らしていき、最後に六味丸とし、売薬の六味丸に代えた。現在は六味丸単独+時折の駆水剤を併用しているが、全ての症状が少しずつ治りつつあることが分かる。知母地黄丸や六味丸で痰濁上擾が治まっていくなどとは思ってもみなかった。それまでは下痢がひどくなるので地黄や当帰には恐怖感を持っていたが、潰瘍性大腸炎の症状が消えてからは、地黄や当帰を使っても全く下痢しない。人参は腎陰虚症状には相変わらず禁忌のように思える。

●追記(2014/6/1)潰瘍性大腸炎は、完治したが、大腸は、相変わらず寒さには弱く時折痛む。頭鳴の原因は、痰湿分の過剰(誤薬)により脳神経を包む組織が瞬間的に攣縮したためであるという仮説を立て、帰脾湯加乳香、没薬+清熱剤少々の処方投薬中。鍼灸は同じ、見解により、心包経を和らげ、血行を良くする治療をしてもらっている。少しづつ効いているような気がする。もし、20年近くの猛烈な頭鳴がこの処方で完治するなら、頭鳴の治療法が新しく見つかったことになるだろう。

このような経過を踏まえて、もう一度潰瘍性大腸炎の原因と治療法を再考してみた。

潰瘍性大腸炎(少なくとも粘液混じりの便が日に何度も起きる場合)の本は、腎の陰陽両虚により生じた大腸上皮陰窩内部の杯細胞の衰微萎縮(大腸粘液の排出不足)、それに伴う大腸虚寒。標は大腸上皮陰窩外部上に散在する杯細胞の肥大化による代償作用としての粘液過剰排出、それに伴う痰飲による痰熱。実際の処方は、第1段階四神丸加味(筆者):補骨脂+巴戟天+(胡盧巴、使わなくてもよい)+五味子+肉豆蒄+訶子+木香+生姜+大棗。治療法の方意は八味丸=腎の陰陽両虚=六味丸(熟地黄+山茱茰+山薬+牡丹皮+茯苓+沢潟)+桂皮(又は桂枝)+附子が表す。熟地黄は本治のためには必須なのであるが、大腸上皮杯細胞の代償作用を抑えるために第1段階では使用しない。桂皮・附子の代わりに補骨脂+巴戟天+(胡盧巴少量)。山茱茰・山薬の代わりに五味子+肉豆蒄+訶子。茯苓・沢潟の代わり(そのまま増量してもよい)に適当な清熱性駆水剤。牡丹皮は清熱涼血性の駆瘀血剤であるから、四神丸加味の中に追加するほうがよい。プラス木香。木香は大腸経の理気剤であって、四神丸はよく考えられた処方である。第2段階四神丸は第1段階だけでの処方である。潰瘍性大腸炎が完治したら(あるいは症状が好転してきたら、四神丸と併用しながら )、腎陰虚を補すために六味丸を処方して腎気の陰陽のバランスをとる。熱症がひどいなら知柏地黄丸をしばらく使う。全体の方意を理解しないと、第1段階を終えた後に、新たな熱症が起きてきて大変苦しむ。なお、患者の年齢・体質、症状の強弱、地域の気候、季節、治療経過における病状反応に応じて、薬量や成分の加減を行うのは当然である。

腎の陰陽両虚が潰瘍性大腸炎を引き起こす原因。@生来、腎の気虚があり、若年にして何らかの原因で陰陽両虚に進む(舌症、脈症ではしかと分からないこともある)。A生来腎気不足とは関わり合いの無かった人が、何らかの原因で重大な心火上炎(精神上の痛手)のショックを受けて猛烈な大腸性下痢を引き起こし、それを消すことができずにいるうちに腎気が損なわれていき、腎の陰陽両虚となる。B生来腎気不足とは関わり合いが無かった人が、過剰冷暖房、生活リズムの乱れ、栄養の偏りなどにより腎気が衰え、次第に腎の陰陽両虚に至る。C生来腎気不足とは関わり合いが無かった人が過酷な勤務(勉学、研究、人付き合い、超過時間勤務)状態で休養が取れないことによる身心ストレスにより、知らず知らず腎気が消耗してゆき、一時的な腎の陰陽両虚となる。特に、最近はCの原因が多い。これを過酷な勤務・勉学による消耗性鬱病とでもいう。Cの原因による人は見かけ上頑健で、明朗豁達でありとても病気とは見えないことも多く、舌症、脈症において腎陰陽両虚の典型的な性状が見られず、診断が難しい。原因が分かれば治癒も速い。

潰瘍性大腸炎には、治療のために合い反する症状(大腸虚寒と大腸痰湿熱、腎陰虚(乾く)と腎陽虚(湿る)が重なり合って生じている。これを治療するに当たっては、病症の変化を注意意深く観察して3〜4日毎に処方を変えるような緻密な治療過程(3〜4週間)が必要である。なお、潰瘍性大腸炎を引き起こす腎の陰陽両虚とは、東洋医学に知識の無い人には分かり難いが、大腸における便排出のための粘液を適度に排出する細胞の働きを正常にコントロールする(活性化する)ホルモンが正常に分泌されず、大腸細胞の粘液排出の働きが衰えている、一方で代償作用としての粘液排出機能が暴走している状態と考えればよい。

なお、潰瘍性大腸炎は今のところ難病なのであるから長期間病んでいる人も多いであろう。長年の病気は瘀血を引き起こしている(舌の裏側で判断)ことが多い。腎陰虚と瘀血とが重なると、不眠症や原因不明の病気に悩まされることになる。このときも、六味丸+駆水剤(特に湿度の高い地域)+駆瘀血剤を用いるとよいと思う。消耗性鬱病の原因は、過剰なストレスの蓄積が腎の働き(仕事上のねばり・耐力、根気を持続させる)を衰微させたと捕らえる。腎気を高める(元に戻す)治療をするとともに、症状が治まったら、逍遥散や加味逍遥散で日常、気鬱が気分に溜まらないようにするとよい(時折思い出したときに服用する程度でよい)。もちろん薬に頼らず、勤務時間を離れたら意識して自分なりのリラックスした時間を過ごせる趣味・習慣を設けて、心身を休めるようにできたらそれが一番よい。後でわかったことだが、六味丸投与も長く続けてはならない。強い陰虚性状が治まったなら、六味丸は中止すべきである。

筆者の一見解であるが、社会生活(勉学等を含む)上のストレスが直接的に潰瘍性大腸炎を引き起こすのではなくて、腎気の虚損が潰瘍性大腸炎を引き起こす。だから、潰瘍性大腸炎が完治すれば、社会生活上誰にでも存在する程度のストレスは気にする必要はないし、症状が再発することもない。気をつけなければならないのは、肉体的なというよりは感情上の苦しみや辛さを持続的に耐え忍ぶことによって生じる知らず知らずの腎気の虚損(運動選手における過度の練習や、絶え間ないいじめなどによってもあり得る)である。これには、時折針灸で腎気を強化したり、六味丸や八味丸で腎を補気したり、上記のように日常の生活の中で鬱屈した気分を発散させるようにする。

2011年10月10日発表

(c) Dec. 2003, Yuichiro Hayashi