第2章 レオンチェフ産業連関表解析法に代わる新しいキャッシュフロー行列解析法の提案

概要

工博  林有一郎

2003年12月(発表)、2010年4月(再編集)

  

 本理論は、レオンチェフによる産業連関表解析(IO解析)手法の誤りを指摘し、筆者がCF行列解析と名付けて、同手法をさらに発展させたものである。その結果は、(1)生産基本式だけを使う限りは、レオンチェフ逆行列解析は誤りである、(2)価格モデル解析は全くの誤りである、(3)その結果、レオンチェフ逆行列計算解は、i産業の最終財貨増ΔYi(GDPの増分)過程において、その産出に関与する他産業との取引の広がりを表すだけのものである。(4)投入過程を表す新しい式により、ΔYiはΔVi(GVAの増分)に帰する。(5)従って、IO解析には賃金増による経済への2次波及効果は含まれていない。(6)CF行列解析における基本式(15)は、将来、金融解析、それ以上に、金融フローと実物財貨フローを含む統一理論構築のための最も重要な式の一つになるであろう、ということを示す。

 i=j=3の場合のレオンチェフ産業連関表を図1に示す。

図1 レオンチェフ産業連関表

ここに、$P_{ij}$=中間投入、又は他部門への中間売上(金額、j部門からi部門への入金)、$Y_{i}$=最終生産物(最終需要者からの入金)+輸出+在庫増分、$V_{i}$= i部門へ供給される総付加価値+輸入、$X_{i}$=中間生産物と$Y_{i}$を含むi部門の合計売上。輸入品とは外国より供給される付加価値であり、輸出品とは外国への付加価値の売上であることに注意する。全ての記号は金額表示である

 輸入=輸出 =在庫増分=0と仮定する。輸入、輸出が0でない場合の解析は、後で正式の論文で改めて行う。「本解析で使用される数値や記号は会計勘定を満足するものでなければならない」という以外の仮定は必要ない。勘定を満足しない経済理論は存在しないから、実際上は、一切の仮定は不要である。

  よく知られているレオンチェフ産業連関表解析手法により次式を得る。

MATH

(1)

 行列MATH、ここにMATH、を式(2)に示すように定義すると式(3)を得る。

MATH (2)

$\QTR{bf}{A}$は対称行列ではないことに注意する。

MATH

(3)

 もし式(1)が会計勘定により導かれたのであれば、式(3)は、$P_{ij}$$Y_{i}$$V_{i}$$X_{i}$が線形であろうと非線形であろうと、内生変数であろうと、外生変数であろうと、増分を含んでいようといまいと、動的であろうと静的であろうと、人間の意志決定作用があろうとなかろうと、恒等的に成り立つことに注意する。

 式(3)は行列の演算式(4)に変換され、さらに式(5)と式(6)を得る。

MATH (4)
MATH (5)
MATH (6)

 ここに、$\QTR{bf}{Y}$=最終財ベクトル=MATH$\QTR{bf}{E}$=単位行列、X=総投入ベクトル。図1の中間財行列の部分をP行列と名付ける。

[筆者による新しい誘導の始まり]

 鉛直方向の演算により次式を得る。

MATH (7)

 行列MATH、ここにMATHを式(8)に示すように定義すると、式(9)を得る。

MATH (8)
MATH (9)

 総付加価値ベクトルを$\QTR{bf}{V}$=MATHのように定義すると、式(10)を得る。

MATH (10)

 式(10)より、式(11)と式(12)を得る。

MATH (11)
MATH (12)

  式(6)と式(12)より次式を得る。

MATH (13)

 行列$\QTR{bf}{H}$を式(14)のように定義すると、式(15)と式(16)で示されるように、総付加価値ベクトル$\QTR{bf}{V}$と最終生産物ベクトル$\QTR{bf}{Y}$を直接的に結びつける行列関係式(15)と(16)を得る。

MATH (14)
MATH (15)
MATH (16)

 一見すると、式(2)と式(8)は、MATHであるように見えるが、実際は、MATHである。式(15)はレオンチェフ価格モデル解析とは無関係であることを確認されたい。

[新しい誘導の終わり]

 $\QTR{bf}{H}$行列は、何れ、移転や信用取引を含む商取引や経済解析におけるキャッシュフロ-解析に使用されることになるので、本文では仮に、$\QTR{bf}{H}$行列を「キャッシュフロー行列( Cash flow matrix)」、又は「CF行列」と名づける。

 ここでは詳細を記述していないが、$\QTR{bf}{H}$行列は生産過程に当たっての中間取引の形態を示しているだけのものである。$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{V}$とを外生変数として固定しつつ、例え$\QTR{bf}{H}$行列の成分をどのように変えてやっても、式(15)の行列演算の結果は変わらない。式(15)は恒等式であるので、$\Delta\QTR{bf}{Y}$$\Delta\QTR{bf}{V}$との間でも成立する。数値計算例2によれば、$\QTR{bf}{A}$行列と$\QTR{bf}{B}$行列は、$\Delta\QTR{bf}{Y}$$\Delta\QTR{bf}{V}$とは独立である。従って、レオンチェフ産業連関表解析の中には、レオンチェフ逆行列計算による乗数効果(経済波及効果)概念は全く含まれていないことが分る。

 数値計算例1

 図2は、産業1の付加価値項を負値である-50としたもので、現実の経済では起こりそうもない例をあえて採用したものである。この例題で、MATHであることを確認することができる。

図2  付加価値が負の場合

数値計算例2

 この例は、行列$\QTR{bf}{P}$=[P$_{ij}$](i,j=1,2,...)は、ベクトル$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{V}$とは全く独立の関係にあり、$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{V}$の条件を満たす$\QTR{bf}{P}$の解は無数にある、即ち$\QTR{bf}{P}$の解は不定であることを示す例である。図3は、日本の或る年の13部門産業連関表を4部門産業連関表に筆者が集計しなおしたものである。




図3  日本の或る年の産業連関表

 図3において、$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{V}$を定数として保ったままで、Pの要素が任意の組み合わせで容易に作成可能なことを図4に示す。即ち、図3の$\QTR{bf}{P}$は、GVA=GDPを保ったままでの取引の姿の1例として、現実の取引の形が置かれたものである。図3の中には、多数の経済価値が存在しているように見えるが$\QTR{bf}{X}$内部の全価値は$\QTR{bf}{V}$(=$\QTR{bf}{Y}$、要素和)である。その理由はこうである。各企業の勘定においては、借方、貸方の双方に前段階の企業の売上が含まれている。それらの中間段階の売上高P行列と最終需要者への最終生産物の売上高$\QTR{bf}{Y}$の合計が$\QTR{bf}{X}$なのである。P$\QTR{bf}{V}$$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{X}$間の関係は、VベクトルをYベクトルに写像する正則アフイン変換である。それらの行列、ベクトルにおいて、何かの要素が正値であろうと、負値であろうと、元の勘定体系が現実的である限り何も問題はない。

図4  $\QTR{bf}{P}$の要素の任意変形

 レオンチェフ開放型システムの場合、$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{V}$$\QTR{bf}{P}$行列の外に置かれているので、$\QTR{bf}{Y}$$\QTR{bf}{V}$にGVAの全価値を持たせなければならない。表3の中で、全体価値$\QTR{bf}{V}$(=$\QTR{bf}{Y}$)が増大したり減少したりしているわけではない。そうであれば、$\QTR{bf}{P}$には価値が含まれていないので、$\QTR{bf}{P}$は生産における取引の1形態を示しているだけである。

 レオンチェフ閉鎖型システムの場合でも、事情は開放型の場合と同じである。生産要素GVA(賃金等)が行列内部で財貨$\QTR{bf}{P}$と別個に存在している限り、同じく行列内部に移動した$\QTR{bf}{Y}$はGDPの全価値を持つ。従って、$\QTR{bf}{P}$には生産価値は含まれていない。二つのケースにおいて、$\QTR{bf}{P}$に中間財の交換価値という価値を含ませてもよいが、$\QTR{bf}{P}$$\QTR{bf}{V}$(=$\QTR{bf}{Y}$)は互いに独立であること$\QTR{bf}{P}$は不定解の中から取り出された1解であることを理解する。

 もう一つのモデルとして、$\QTR{bf}{P}$$\QTR{bf}{Y}$中の全ての財貨に各産業内や各産業間の取引経由のときに、すなわち中間財生産を含む各生産段階で$\QTR{bf}{V}$の1部分として加えられた付加価値を含ませることができる。しかしながら、このモデルでは、定義により$\QTR{bf}{V}$$\QTR{bf}{P}$から抽出することはできないし、レオンチェフもこのモデルを採用していない。

  要するに、産業連関表は、生産解析のための解析モデルなのであって、生産価値$\QTR{bf}{V}$を最終財$\QTR{bf}{Y}$集約すれば$\QTR{bf}{P}$には生産価値が含まれず、$\QTR{bf}{P}$に生産価値$\QTR{bf}{V}$を集約すれば$\QTR{bf}{Y}$には生産価値が含まれない。実際には、中間財と最終産財からなる総生産財には、各生産過程で付加された総付加価値が少しずつ含まれている。その総生産価値が、$\QTR{bf}{Y}$(=$\QTR{bf}{V}$、要素和)なのである。

数値計算例3

 図5に2次元モデルを、図6にそのアフィン変換関係を示す。

図5  2次元モデル

 

図6  アフィン変換

レオンチェフ価格モデル解析の誤り

 図1を価格×数量表示に改めれば、図7のようになる。

図7 図1の価格×数量表示

ここに、wqVj=Vjであり、例えば、Vjをj産業の総労働賃金(付加価値)と仮定した場合に、qVjは投入労働員数、wは単位人数当たりの賃金、即ち労働価格である。

 レオンチェフ価格モデル式は、図7における縦列の演算で得られる。縦列をqiで割れば図8を得る。図8では各産業の総産出数量=1と解釈できる。qij/qは拡張された数量である。

図8 qi=1とした数量変換

 図8における縦列の演算より次式を得る。

(q11/q1)p1+(q21/q1)p2+(q31/q1)p3+wα1=p

(q12/q2)p1+(q22/q2)p2+(q32/q2)p3+wα2=p

(q13/q3)p1+(q23/q3)p2+(q33/q3)p3+wα3=p

(17)

ここに、αi=qVi/qi

 式(17)において、式(18)の記号を定義すると、式(19)を得る。

bij=qji/qi

(18)

b11p1+b12p2+b13p3+wα1=p

b21p1+b22p2+b23p3+wα2=p

b31p1+b32p2+p33p3+wα3=p

(19)




式(8)、(9)で定義された記号Bを使えば次式を得る。

Bp+wα=p

(20)

ここに、価格ベクトルp=[p1,p2,p3]Tα=123]T。式(20)より次式を得る。

p=w[E-B]-1α

(21)

 レオンチェフは、式(17)から式(20)に到る行列変換において、式(4)中のA行列を列方向に使ったのである。BATであるから、これは明らかに誤りである。

AT+wα=p

(22)

 式(20)を得たからという理由で、式(21)を価格モデル解析の正解とすることはできない。結局、図1に示す産業連関表の解は式(15)1式なのであって、式(21)を解として単独で使用すれば、乗数効果を含むような誤った解を得ることになるからである。 

  レオンチェフ産業連関表解析の誤りの根本原因は、結局のところ、式の誘導過程そのものにある。産業連関表は、例えば第1産業においては、借方=P11+P21+P31+V1、貸方=P11+P12+P13+Y1、借方合計=貸方合計=X、の勘定を表している。各記号要素の値は非対称性であるが、各記号要素の配列は対称性である。式の誘導に当たっては、式(3)と式(9)の操作のように、行方向と列方向に記号の対称性を保って行われなければならない。そして、式(4)と式(10)のように同じ形の式が導かれ、記号要素の値の非対称性から、式(2)と式(8)のようにABのように記号表現しなければならないことになるのである。レオンチェフ産業連関表解析は、行方向と列方向で式の誘導過程における対称性が保たれておらず、式(22)の代わりに正しい式(20)を使用しても、産業連関表解析の誤りは解消されない。     

 以上の解析により、各財貨に関する価格と数量の関係は、自明の解として与えられる。一つは、ΣVi(=数量×価格)=ΣYi(=数量×価格)である。産業連関表を満足する価格pi(=数量×価格)の組み合わせは無数にあるので、もう一つのpijに関する数量と価格の解は、不定という解である。

 結論として、 (1)ケインズ乗数効果が数学的に存在しないことを加え合わせれば、経済現象に如何なる乗数効果も存在しない。(2)産業連関表自体は大変有用であるが、産業連関表理論による従来の経済解析結果は全て誤りである。その理由は、開放型生産モデル式と価格モデル式の正解は、式(15)1式で与えられるからである。しかしながら、レオンチェフ産業連関表理論は、その独創的な解析方法論、即ち産業連関表の提供という事実によって、その功績が少しでも損なわれるものではない。

 なお、或る投資資金Fが或る産業セクター(実物資産の生産)に供給される場合において、式(6)で示される資金Fの他産業セクターへの生産波及効果は、資金F以上の波及効果はないという限りにおいて、当然に存在する(F=GVAは他産業へも分配される)。この場合においても、資金F×限界消費性向分は必ず消費財に供給される(資金Fが消費財の購入に充てられても、資本財の購入に充てられても、結局は限界消費性向は一定である)というのが§6、項目(25)の主張である。(2010/6/29)

 注意 中間財行列P(金額単位)と投入係数行列ABP行列要素とXベクトル要素から作られた産出又は投入係数要素からなる行列、無次元単位)と価格ベクトルp(価格単位)とは、まぎらわしいので注意のこと。(2010/7/26記号法修正、現在論文様式で執筆中)

参考文献

W.W.レオンチエフ、山田勇、家本秀太郎訳、アメリカ経済の構造、東洋経済新報社、1965.

宮沢健一編、産業連関分析入門、日本経済新聞社、1998.

井出眞弘、Excelによる産業連関分析入門、産能大学出版部、2003.

CF行列解析の進行状況(H25年10月)

筆者によるキャッシュフロー行列解析理論(Cash Flow Matrix Analysis、以下、CF行列解析と呼ぶの進行状況を報告する。CF行列解析とは、筆者によるレオンチェフ産業連関表理論の誤りを修正した新しい概念の下での経済における実物資産と金融資産(貸借関係)を含むキャッシュフローを解析するための行列解析手法である。CF行列解析は、今までの経済学解析手法には存在しなかった手法である。CF行列解析は、一見するとレオンチェフによるIO解析(行列解析)に似ているが、つきつめていくうちに、レオンチェフ行列・ベクトルの中身が違ってきており、レオンチェフIO解析とはほとんど違った解析法となりつつある。CF行列解析による経済解析結果の一端を紹介すれば、次のようである。

(a) CF行列解析とは関係ないが、最初に生産と消費の両者を含む一般均衡理論手法は誤りであり、従って、その解析結果を基にした経済現象の説明には誤りの可能性があることを簡単に証明しておく。

経済解析の数値は、会計数値の加減算により与えられる。生産において、省略を含んで、X(生産)=P(材料)+W(賃金)+De(資本財減耗)+π(営業利益)+純間接税(省略)である。この式はY(GVA,所得面)=W+De+π=C(消費財)+I(投資財)=GDP(支出面)であることと等価である。会計学によれば、W=WC(固定費賃金)+WV(変動費賃金)である。WCは企業経営者の意志で決まる変数ではあるが、GDPの量に比例する変数ではない。従って、GDPとWは逆関数関係が与えられていない関数関係にあり、GDPとWは一意の関係にない。即ち、ΔC+ΔI=ΔWC+ΔWV+Δπであり、ΔWC/ΔY≠0である。

次に、会計学によれば、損益分岐点図により、企業の大小に関係ぜず、πには明らかに極値が存在しなく、常にlimΔπ/ΔY≠0である。従って、或る組の関数の極値を満足する経済変数を条件付極値解析問題の解として求めることはできない。但し、ワルラスによる消費財間の純粋交換モデル解析手法とその結果については、概ね賛同する。

なお、筆者は、規模に関する収穫逓減の法則を次のように解釈している。この法則は生産に対するGVA投入量に関する経験則であり、或る一定の所与資源(労働力、土地を含む各種資本財)の下における生産量は、固定費としての投入間接費(あるいは経済効果を得ないという意味で同質の各種投資活動)を増大させていってもどこかで生産量が逓減し、場合によっては付加価値としての生産量が減少することもある(皆が貧しくなる。旧社会主義国や独裁国、一部の経済危機国などの例)。

(b) 経済取引には、債権、債務で表される信用が存在する。信用とは、人間の欲望を求めて為す行為の将来の成就を期待して為す手段である手段とは、取引2者の間の約束である。経済には、完全金本位制度の場合のように、信用の現金化が時間経過の中で必ず保証される経済が概念的ではあるが存在する。これを信用の空集合φを持たない経済と名付ける。人間の欲望が大きすぎると、欲望の成就が期待されない空集合としての信用が生まれる。

(c) GVA-GDP流とは、GVA(総付加価値)とGDP(財貨)をめぐらすCashと信用の流れである。GVA-GDP流には、(A)産業(消費財と資本財の生産産業)内部間の生産取引循環と、(B)生産者と最終生産物購入者(生産産業、家計、政府、銀行、外国など)との間の取引循環がある。(A)に関する産業主体間の取引を表すベクトル空間式が得られるが、その他に、(B)の取引に関する経済主体間のベクトル空間式が得られる。(A)とは、レオンチェフInput-Output Tableにおける経済要素に、現金と信用を加えた行列である。

(d)消費財に関する取引循環と投資財に関する取引循環は、各セクター間を結ぶそれぞれ閉じた固有の連関関係を持つ。この連関関係の違いが貿易において仮に輸出額=輸入額であっても、失業増加の原因の一因を生み出しているようである(研究中)。

(e) 経済循環には、定常流非定常流とがある。 定常流とは、GVAとGDPが互いに相手を後押しして安定的に流れる自立運動としての経済循環である。定常流においては、基本的に信用が破綻することがなく流れるので、空集合が存在しない。もちろんながら、消費意欲(あるいは投資意欲)が減少すれば、それに応じて定常流の大きさも減少する。

(f) 非定常流(Non-Autonomous Cash  Flow)とは、例として、回収の見込みがないのに定常流システムを超えて現金が流れるような場合、あるいは、所得よりも消費が多いような家計に資金を常時貸し出すような場合(ストック貯蓄を費やすことができない場合)の非自立的な運動としての現金の流れのシステムである。非定常流を強制流、あるいは部分流と名付けてもよい。現実の経済は、定常流+非定常流で流れており、政府や金融機関の回収の見込みのない負債を統計値から把握できる場合を除き、一般人は、定常流と非定常流を分離して認識できない。非定常流の後には一般には定常流が続くが、定常流の中に居る人々は、非定常流が前にあることを意識することはない。例えば、輸出も、輸入もそれ単独では非定常流である。輸出が止まれば、同時に後流としての定常流も止まる。

(g)定常流とは、Y=GVA(所得面)=GDP(支出面)を維持して、定常流-定常流-定常流と続いていく流れである。定常流、非定常流において、もちろんケインズ3勘定式は満足されているが、今まで見たことがなかったような形のGVA-GDP関係式が得られる。定常流、非定常流を問わず、ΔIの投資でΔI/(1-k)の所得を得るようなことは起きない。

(h)経済活動とは、GVA(W+De+π+純間接税)と信用(貸借)の加減算である。Wとは単に現金としての賃金に尽きるものではなく、人間同士間で交換に耐え得る人間の働きである。特に、現代では、Wの中身は、高付加価値製品を生み出す頭脳と、高能率生産と多数の顧客を獲得する技術を含む経営頭脳の価値が大きい。Deとは旧に生産された設備の老朽量を原価の中で回収する行為であり、πとは人間社会の生存環境の広がり、又は縮小であり、本来触れないものである。例えば、家がある、自動車、PC、宝石がある。これらを形作っている基礎物質とは本来天然自然資源であり、通常は無価値である(原油などの場合、営業余剰の中にその価値が含まれていると考えてもよい)。又サービスも単に人間の動きにすぎない。現金も単なる情報記号であり、無価値である。証券も単なる信用実現の内容を記した情報記号である。なお、CF解析を進めるにつれて、営業余剰やその他の利益、損失の概念に対して今までとは別の見解を抱くようになったがいづれ説明する。

人間は、GVAを人間生活における欲望に適う、眼に見える造形物に変換して、それらを現金(と信用)という溶媒を通じて交換し合っているとともに、現に成就していない人間の未来に対する欲望をあたかも実現しているかのように観て(信じて)、将来も含めて現在に生きているのである。この中で、現在のところ真理として取り扱われている各種法則、解析結果も信用対象の一部である。

(i) CF行列解析によれば、人口や世界各国を例えば、資本財製造グループと消費財製造グループ、輸出産業利得グループと輸入産業利得グループ、高賃金グループと低賃金グループ、生産従事グループと年金受給グル−プ、労働分配率の高い産業グループと低い産業グループ、金融商品取引グループとその他の産業グループなどに分け、それらのグループ特有の経済行動(生産と処分)を反映させながら財貨取引、金融資産取引を含めて経済解析できるので、今まで解析できなかった経済現象に対して新たな知見が生まれる可能性がある。

(j) まだ思いつきの段階であるが、1国の中で観察しても、GDP増加への際限の無い欲求、寿命の延びによる年金基金の増大、寿命尊重による医療費移転の増大(赤字側)、貸借関係に自己無責任である選挙民から選ばれる政治家の行動などにより、歴史上経験の無いほどの投資資金量が積みあがっていく。債務返済の問題は別にして、それらの増大した保留資金量を回収すべき投資先に、収穫逓減の法則が現れて来ないのだろうか。なお、債務増大セクターにおいて、同一セクター内部で、支払利子≒受取利子であると奇妙なことに倒産騒ぎはすぐには起きない。借り手も、貸し手も、仲介業もその或る日まで無風状態なのである。

(k) CF理論構築のために、国民経済計算における各諸表の計算過程を追検証していて気づいた。衆知のように、統合勘定である資本調達勘定において、資本勘定経由で与えられる国内余剰資金額と海外勘定経由で与えられる海外への債権額との間で統計上の不突合(合計額)が生じる。そのことは統計作成上、止むを得ないものとしても、各セクターごとに分解された不突合額を修正された各正味資産額と比較して眺めると、とても不突合額とは言えないほど各数値が大きいのである。国民経済計算数値のとりまとめのための作業労力には感嘆するが、これらの諸数値間の整合(各セクターにおいて不突合額が限りなく0)のためには何か新しい理論的進展が必要なのではなかろうか。

(l)何故、ここまで書いたかというと、筆者の年齢のために、意図しないどこかの時点で、正式の発表が突然中断されてしまうことを恐れているからである。研究の進行状況に応じ、本項を随時加筆訂正し、最後には正式の論文で発表する。(2013/6/7