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NO.099 ラッカー4

「…今、言ってたヤツの、名前」
楓に突然腕を掴まれた中学生は、楓が重ねて名前を尋ねた時、ようやく意味は分かったのだが、どう反応していいか分からなかった。
「なんだよ、お前。いきなり」
「もしかして、知ってるヤツなのか?」
腕を掴まれた中学生がいぶかしんでいると、側にいた別の一人が口をはさんできた。
楓は少し考えて、
「わかんねー」と答える。
楓の様子を見て、知ってるヤツかどうか、分からないので名前を聞いてきた、と踏んだ 中学生達は、興味を持った。
「おめーの知ってるヤツって、赤い髪してんのか?」
「ねんしょー入ってたんか?」
分からないので、楓は首を振って、答えた。
「…赤色、気にしてるみてー」
「…そいつが?」
楓はこくんとうなずく。
「ふーん」
少年達はよく分からなかったが、なんとなく納得顔で、言葉を継いだ。
「えーと、ハナミチってたよな、確か」
「そーそー、桜田ハナミチだっけ?」
「違うよ、桜木花道ってんだよ。で、兄貴がヨウヘーってったっけな」
「そーだ、よーへーだ。そいつが親殺したんだよな」
「ああ、そいつ今、ム所入ってんだろ?」
「一生入ってて欲しいよな」
「…で、お前の知ってるヤツか?」
少年の一人が、じっと話を聞いている楓に尋ねた。
楓は首を振った。
「違うヤツだったんか」
また楓は首を振る。
「あ?やっぱりそいつなんかよ?」
楓はまた首を振った。
楓の態度に流石に3人はイラついた。
「お前、ナメてんのか」
「…名前、しんねーから」
「あぁ?」
「名前しんねーから、わかんねー」
「おいー、今教えてやっただろーが。お前、ボケてんの?」
「…ひょっとして、お前の知ってるヤツの、名前を知らねーって ことか?」
声を荒げた少年を気に止めた風もなく、別の少年の言葉に、 楓は無表情にこくんとうなづいた。
「なんだそりゃ」、と呆れた声があがる。
「なら名前訊いたってしょーがないだろ。肝心の知り合いの名前を知らないんじゃ、 そいつかどうかワカンネーんだし。 訊く意味ねーじゃん」
「……」
意味は大いにある。名前を知らないから、知りたかったのだ。
楓はそう思ったが、今までのやりとりで、自分としてはかなり喋って疲れたので、 説明するのが億劫になり、
「…教えてくれて、ありがとー」とだけ、ポソッと言った。
一応、へこりとおじぎをし、リングに向かう。
あっけにとられた3人を尻目に、今までのことを忘れたかの様に、楓はボールとリングに意識を集中した様子で、ドリブルに乱れもなく、黙々とシュート練習をし始めた。
少年達は、「なんだあいつ」などとぼやき、拍子ぬけした顔をしていたが、やがてその場を離れて行った。

周囲の音は、既に楓の耳には入っていない。
機械的に、繰り返し繰り返し、シュートを続ける。
それはいつものことだったが、頭の中は、一人の名前がグルグルと渦巻いて、 ガンガンとうるさいほどだった。
『さくらぎ はなみち…』
『はな、みち』
あいつの、名前だ。
胸が高鳴る。
リングに意識を集中しなければ、自分がどうにかなりそうだった。
赤い飛沫が飛び散ったリングボードを、吸い込まれる様に見つめ、身体の奥に溜まった熱を、 溜息と共に吐き出す。
「赤い髪」と聞いた時から、楓は直感していた。
赤い髪のそいつが、母親達が探している人物で、ラッカーをここに投げ入れているヤツなんだと。

『会い…てぇ…』

ふいに浮ぶ、心のつぶやき。
楓は、多分、最初にラッカーを見た時から、自分がずっと望んでいた、その想いに、ようやく 気づいた。


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ラッカー4/2003.7.22