NO.099 ラッカー2
4日目の朝、楓は5時半に公園に来た。
かなり眠い。
夕べは母親の言葉が気になって、くるくると考え事をしていて寝るのが遅くなったので
尚更だ。
これより早くには、多分起きられないだろう。
ラッカーは、既にリング下に落ちていた。
母親が言っていた、いたずら描きの犯人は、このラッカーを捨てている人間と同じ人物だろう。
だが楓は、母親にそのことを告げなかった。
このことは何故か、誰にも言う気がしなかった。
ラッカーをゴミ箱に捨て、しばらくシュートの練習をしていたが、集中出来ず、何度も外す。
何度目かのシュートを外した後、楓は練習を止めてしまった。
持ってきたボールを袋に詰め、公園を出て付近を歩く。
気になって仕方がなかったものを探すと、それはすぐに見つかった。
赤い殴り書き。
文字でもなく、絵でもなく、無造作にラッカーを振りまわして吹きつけた様な落書きが、
家の塀ごとに続いていた。
赤い落書きをされたのは塀だけではなく、電柱も、停めてある車や自転車も、例外ではない。
被害を恐れてか、塀一面を、建設用の青いビニールカバーで覆っている家もあった。
落書きをたどってしばらく歩いていたが、ある家の塀の真中で、赤い跡が途切れていた。
恐らくここでラッカーが空になったのだろう。
ここから公園の入り口は、目と鼻の先だった。
「……」
しばらく公園の入り口を見やり、楓は家に帰ることにした。
今朝は練習をする気になれなかった。
こんなことは、バスケをし出して初めてだった。
家に帰って手を洗おうとして手を見ると、手のひらに赤い跡が付いていた。
恐らくさっき空のラッカーを捨てる時に、少し液が噴出した様な気がするので、その時付いてしまったのだろう。
ぼんやりしていて、今まで気が付かなかった。
赤い跡は既に乾いていて、洗っても中々落ちない。
楓は汚れを落とすのをあきらめて、自室に戻った。
時計を見ると、まだ6時半だった。
母親は既に起き出して、食事の支度をしている様だが、朝食まであと一時間ぐらいあるだろう。
楓は自室のベットに腰掛け、赤い跡が付いた手の平を見つめている内に、いつのまにか眠ってしまった。
母親に叩き起こされて、気が付いたら8時を過ぎていた。
朝早く起き過ぎたせいで、熟睡してしまったのだ。
慌ててカバンに教科書を詰め、下に降りて、朝食もそこそこに家を飛び出そうとしたら、
突然母親に腕を捉まれた。
「ちょっと待って楓、血が出てるわよ」
「……?」
「あら? これ、血じゃないのかしら」
「……あ」
咄嗟に捉まれた腕をひっこめ、手の平の赤い跡を見つめる母親の視線から、隠すように手を腰の後ろに持って行く。
「何よ。どうしたの、それ」
「……なんでもない」
「何でもないなら、何で隠すのよ」
「…………。汚したから、怒られると思った」
母親は呆れ顔で楓を見る。
「……もう、何処で付けたか知らないけど、怪我したかと思ってびっくりするじゃないの。ボーッとしてないで、ちゃんと洗っておきなさいよ」
「…言ってきます」
母親から目をそらし、コクリとうなずきながら、家を出る。
少し早足で歩きながら、楓は何故か、母親に、この手の平を見られたことに腹を立てていた。
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ラッカー2/2003.5.04