「スティーブ・マックイーン」について

スティーブ・マックイーンは、監督やプロデューサーの言うことを聞かずに、 人を嫌っていたと言われています。

父親は、スティーブ・マックイーンが生後6ヶ月に家族を捨て、母親は酒に溺れて、新しいボーイフレンドを作り、 スティーブ・マックイーンは両親の愛情を知らないまま、ミズーリ州に住む酪農家の親戚に預けられたそうです。
その後、再婚した母に引き取られますが、新しい父親に暴力を振るわれ非行に走り、 14歳の時少年院に入れられました。

そこで、ある先生から「君には、何かすばらしい才能を感じる。」と、温かい言葉を掛けられました。
誰からもそんなことを言われたことのなかったスティーブ・マックイーンは、やる気になったそうです。

そして、1年半後に少年院を出所し、17歳で海兵隊に入隊。除隊後は、バーテンダーやタクシードライバー等、 職を転々としますが、21歳の時にガールフレンドの勧めで俳優の道を選び、『荒野の七人』 『大脱走』等大ヒットし、 映画スターの仲間入りを果たしました。

しかし、スティーブ・マックイーンは、スターとして頂点を極めると、アクション映画の出演をことごとく断り、 新たに熱中したのは、空を飛ぶことでした。
そして、穏やかな性格の飛行教官サミー・メイソン氏とサミー・メイソン一家と教会に通うようになり、 イエス様の贖いを知り、スティーブ・マックイーンの人生観は大きく変わりました。

スティーブ・マックイーンは、『トム・ホーン』の撮影中、アスベストが原因の中皮腫(ちゅうひしゅ)肺ガンを 発症していることが見つかり、翌1980年に『ハンター』で主演するものの、余命が数ヶ月と宣告されていました。

中皮腫(ちゅうひしゅ)肺ガンの原因は、海兵隊時代に乗務した戦艦の船室の内装や、 趣味のレースで当時使われていたアスベスト製の耐火・耐熱フェイスマスクから長期にわたり、 アスベスト繊維を吸引したのが原因ではないかと言われています。

また荒野や砂漠の光景として使われる撮影場所が軍の核実験で汚染されていたのが、 体調をさらに悪化させたとも言われています。

しかし、スティーブ・マックイーンは、「神さまが、病気を治してくださらなくてもかまわない。
私はどこへ行くのか分かっているから」。
と、穏やかに語り、1980年11月7日(享年50歳)に天に召されました。

スティーブ・マックイーンは、サミー・メイソン氏とサミー・メイソン一家と出会い、 人生が変わりました。
私たちも、良い人と出会い、素晴らしい人生を送る事ができますように、主(イエス様)に お祈りしてまいりましょう。

「神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵対できるでしょう。」
新約聖書:ローマ人への手紙8章31節

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