「痛み」について
なぜ、神さまは私たちに『痛み』を与えたのでしょうか?
以前に、私は腎臓に数ミリの結石を数個持っていて、結石が腎臓から尿管に入り、『痛み』を体験したことが
あると書きました。
激痛を味わっている時は、「主よ(イエス様)助けてください。
結石が早く体外に出て、痛みから解放してください。」と、ひたすら祈りました。
そして、『痛み』が無くなった時は、心から主(イエス様)に感謝しました。
もし、結石が腎臓から尿管に入った時に『痛み』を感じなかったら、体内に傷をつけてバイ菌が入り化膿して、
大変なことになるかもしれません。
また、私は小学生の時に頭を二度怪我をし、頭を縫っている為、頭に2箇所禿(ハゲ)があります
(ですから、髪を短くしたことがありません)。
頭に怪我をして、顔面血だらけになった時も『痛み』を感じましたが、内出血したままでいたら大変なことに
なっていたと思われます。
それから、私はコンタクトをしていた時のことですが、目にゴミが入って『痛み』を感じたので、
眼科へ行きました。
すると、眼科医は私に「コンタクトがハード・レンズでよかった。ソフト・レンズだと『痛み』を感じないで、
失明する人もいますよ。」と聞かされました。
神さまは、私たちに『痛み』を与え、守っていて下さるのですね。
私の大好きなスポーツも、『痛み』が無かったら危険で、すべてのスポーツが出来なくなってしまいますよね。
今、『痛み』があり、つらい思いの中に居られる方に、イエス様がどのような方であるかを知っていただき、
イエス様の愛を受け取っていただきたいのです。
新約聖書:コリント人への手紙第二1章4〜5節
「神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。
こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることが
できるのです。
それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。」
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