「細川ガラシャ」について

天正6年(1578)に、当時乙訓一帯を支配していた戦国大名で、勝龍寺城主細川藤孝の長子細川忠興と夫婦となり、 幸福な毎日を過ごしていましたが、天正10年(1582)に、父の明智光秀が、『本能寺の変』を起こしました。

その後、玉は、生まれたばかりの子供からも引き離され、彼女の苦難の生活が始まりましたが、 玉の侍女(貴人などのそばに仕える女性)清原枝賢の娘清原マリアと出会い、心の平安を求めてキリスト教を信仰し、 洗礼を受け、『細川ガラシャ(日本語で言えば恵みという意味)』と呼ばれるようになりました。

そして、細川ガラシャは、身分の分け隔てを超えた人間愛、優しさと労り(いたわり)の心を常に忘れずに、 持ち続けていたそうです。

平成4年(1992)に、長岡京市が誇るべき重要な歴史遺産の一つである勝竜寺城が、 勝竜寺城公園として復興したのを記念し、11月に第一回長岡京ガラシャ祭が行われ、 2008年からは祭りの期間が拡大され、11月初頭からコンサートや古典芸能など各種イベントを開催し、 第二日曜日の行列巡行・楽市楽座に向け、ガラシャ祭の雰囲気を盛り上げているそうです。

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