【題意】
道灌が蓑を借りようとした話は有名。その場面を描いた画に題をとった。
狩衣姿の道灌に対し、若い娘が黄色の山吹の一枝を差し出している絵馬がある。
【詩意】
一騎の武者が驟雨の中、かやぶき家の門を叩く。
その家の少女は、ただ八重山吹の花の一枝を指し示した。
少女は何も言わず、もちろん花は何も語らない。
さすがの猛者、道灌も心がもつれた糸の様になり困惑してしまった。
【語釈】
孤鞍=供を連れず、一人で馬に乗って行くこと。 茅茨=かやぶきの家。
【鑑賞】
この詩だけでは、道灌と同様に、今ひとつ話が見えてこないかもしれない。
話の詳細は、飯田黙叟「大日本野史」の武臣列伝に、次の様に記載されている。
太田道灌は若かりし頃、自らの武勇を誇り、驕り高ぶっていた。野や山で狩りをしては殺生
を繰り返し、情趣というものが全く欠けていた。ある日、山で狩りをしていると、にわか雨が
降り出した。そこで、一軒の粗末な家を訪ねて、蓑を借りようとしたが、返事が無い。
しばらくして、一人の少女が出て来ると、山吹の一枝を指差し、ただ微笑むだけであった。
道灌は意味が解からず、心が結ぼれたまま憮然として立ち去った。
帰宅後、このことを家来に話すと、一人の老武士が「それは蓑が無いという意味でしょう」
と申し上げた。道灌が理由を問うと答えて言った。
「七重八重 花は咲くとも 山吹の 実の(蓑)一つだに 無きぞかなしき」
道灌は大いに面目無く思い、また後悔し、これより和歌を学び始め、後にその奥旨を得る
までになった。
【参考】
八重山吹は実がならない。つまり、実の一つだに無い。
【参考2】
「七重八重…」の歌は平安末期の「後拾遺和歌集」に醍醐天皇皇子、兼明(かねあきら)
親王作として収められている。元歌は最後の句が「なきぞあやしき」となっている。
【参考3】
香雲堂教本に於いては、初めに下記の今様が入る場合もある。
「若葉の風もさわやかに野辺の獲物も軽からず時をえがおの丈夫が狩衣ぬらす俄雨」
更に二句と三句の間に以下の和歌を入れて詠う。
「七重八重花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき」
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