二代宗家瓜生田旭山桜先生
   昭和8年2月4日生。 名は至。 
二代瓜生田山桜先生
   宗家襲名以前の号は「火山」。
 昭和13年  5才、初代と共に陸軍病院吟詠慰問。
 徳富蘇峰先生主催「吟詠の夕」に初代と共に出吟。
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   幼少時より吟道に精進、幾多の祭事に出吟し豊富
 な経歴を身上とする。
 昭和31年  前宗範 桜光先生と結婚。
 昭和52年  7月3日、火山から山桜と改め宗家となる。(写真下・クリックで拡大)
二代宗家継承奉告式
香雲堂二代目宗家継承奉告式(藤崎八旛宮)
 昭和53年  4月、吟詠集(赤表装教本)第十版を出版。
 5月5日、初代宗家一周忌追悼法要吟詠大会を開催。
 昭和54年  米国錦友会歓迎交歓大会。
 昭和55年  4月、熊本市内各支部を改組し、中央、東、西、南、北、第一の6本部に。
 5月、機関紙「山桜」8年ぶりに復刊。師範研修会を開講する。
 7月、創立45周年記念、日米交歓吟詠大会のため65名が渡米。
 (サンフランシスコ、ロスアンゼルス)
 昭和56年  5月、初代山桜先生の業績を記念して“第一回山桜杯コンクール”を開催。
 以後、毎年同時期に開催されて現在に至る。
 昭和57年  8月、第1回香雲堂中国の旅を実施。
 宗家・宗範を囲んでの中国漢詩のふるさとを訪ねる旅は、会員相互の親睦
 をも兼ねて度々企画され現在も続く。
 昭和58年  5月22日、初代宗家七回忌追悼全国大会を熊本県立劇場に於いて、厳粛
 かつ盛大に挙行。吟詠集(赤表装教本)第11版発行。
 昭和60年  8月、香雲堂創立50周年。
 ハワイ移民百年記念・日米交歓吟詠大会。(ホノルル・リージェントホテル)
 創立50周年記念レコード「桜の巻」製作吹込み(東京)
 昭和61年  レコード完成により、初代宗家逝去直前の昭和52年5月に完成していた
 「山の巻」と揃い完結する。
 昭和62年  元旦、RKK―TV放映「初陽に吟ず」。
 8月、香雲堂会館(熊本坪井)、台風による被害甚大のため移転決定。
 昭和63年  1月、熊本市黒髪7丁目に新会館仮完成し移転。
 4月、宗家による毎月1回の総本部漢詩教室開講。
 5月、RKK−TVにて、新師範披露による「薫風に詠う」を開始。
 8月、新会館落成記念式典及び祝賀会。
 平成 元年  5月20日、坪井の初代生誕地に記念碑を建立し完成除幕式。
 5月21日、初代十三回忌追悼式ならびに初代山桜杯大会。
 平成 3年  10月、新教本(緑色表装)の第U集(430吟記載)が完成し発刊。
 平成 5年  5月23日、初代十七回忌追悼式、ならびに追悼会。
 平成 7年  1月16日、恒例の初吟会後、800名参加の創立60周年記念式典ならび
 に祝賀会。永年修練表彰者1300名。
 12月、従来の教本(赤本)を全面的に改定し、新教本第T集(上巻433吟・
 下巻98吟記載)を発刊。
 平成 9年  新教本・第V集上下巻(律詩・長詩・和歌)を発刊。
 平成12年  5月、宗範・瓜生田桜光先生逝去。
 平成13年  教本・第T集上下巻の第2版を発刊。
 5月、初代二十五回忌・宗範桜光先生一周忌追悼法要式典および偲ぶ会。
 宗範桜光先生顕彰碑を建立。
 平成30年  5月、香雲堂吟詠会会長に就任。
関連行事への招聘による出席は、枚挙に暇がないので割愛させていただく。
舟島(二代瓜生田山桜)

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