§9 経済学のためのキャッシュフロー計算書の新しい作成方法

工博 林有一郎

2006/5/9(2010/9/13修正),2012/9/20 新規作成

前節のキャッシュフロー計算書に対する基本的な作成方法の補完として、貸倒損失の処理について説明する。

9.2 キャッシュフロー計算書の作成方法(その2):貸倒損失処理,税効果会計に対するCFSの作成方法

1. 概要

 貸倒引当金制度は、それが単独で存在し、それが単に翌年度の実際の貸倒損失に充当される場合の理解はそれほど難しいものではない。何故なら、貸倒引当金の意味とは、前年度貸倒損失件名未決定のまま損金処理されて、件名未詳負債(実際は負の資産)とされているものに、今年度に実際の貸倒損失が発生した場合において、その貸倒件名を前述の件名未詳負債に与えて、その貸倒引当金勘定を消滅処理させる、あるいは、貸倒損失が無かったのであれば、その前年度過剰分の引当金を取り消し処理する、即ち貸倒引当金を戻り入れするだけのものであるからである。

 しかしながら、貸倒引当金を繰入限度額(損金認定額)を超えて設定する場合や、それが税効果会計と組み合わされる場合には、部分的な勘定仕訳は理解できても、その処理がPL、BSに与える全体的な影響の把握が難しくなる。もちろん、貸倒処理には現金の出入りが無いから、その意味からは、CFS作成の重要性はあまりない。しかしながら、前節で述べた通り、貸倒処理や資産評価処理を理解することは、金融経済における信用の意義(便益と毀損)の理解につながり、金融解析する上で大変重要なものであると考える。

2. 売掛金、貸付金の貸倒損失に対するCFS作成

 (1)貸倒引当金繰入限度額(損金認定)の設定と戻入の会計処理

 貸倒引当金を記号Hで表す。最初に、今年度期末の新しい貸倒引当金H1の設定は、今年度の純利益をH1だけ減少させるが、今年度内の貸倒損失処理には何も関係せず、前年度期末設定分の貸倒引当金H0だけが今年度の貸倒損失処理に関係することを理解する。

  実際には貸倒れが今年度期末までに起きなかったのであれば、前年度設定の貸倒引当金H0を戻し入れして、前年度の純利益減少分を今年度の純資本において、でH0だけ回復させてやる。そして、今年度期末に同じように新しい貸倒引当金H1を設定する。

 貸倒引当金の設定と戻入の勘定処理を表1に示す。減価償却費、繰越棚卸資産は省略している。表1は、貸倒引当金設定Hによって、純利益がHだけ減少し、もし、Hが不要であったのであれば、戻り入りによって、再び純利益が元に回復することを示している。さらに、「貸倒引当金繰入額+その場合の純利益=貸倒引当金繰入額を設定しない場合の純利益である」ことも示している。

表1 貸倒引当金の設定と戻入処理

 X1年度において、期首の貸倒引当金H0よりもX1年度に生じた貸倒損失が小さい場合のH0残額を戻し入れする処理を図1と表2に示す。

図1 貸倒引当金の戻し入れ処理

表2 貸倒引当金の戻し入れ処理

 X1年度において、期首の貸倒引当金H0がX1年度に生じた貸倒損失よりも小さい場合は、戻し入れ処理は生じない。その場合の処理を図2と表3に示す。

図2 貸倒引当金の戻し入れ処理が無い場合

表3 貸倒引当金の戻し入れ処理が無い場合

 これらの例が示すように、貸倒引当金に対するδBSの表示に当たっては、δH=H1−H0を使用しないで、H0とH1を独立に分離して表現する方が貸倒引当金のキャッシュフロー会計処理の意味を理解し易い。従って、本文においては、一貫して、H0とH1を分離して各表を表す。なお、Π1−Π0=δΠであるが、本文では、δΠに対しては、PLにおいてもBSにおいても、記号πNを使用する。

(2)繰入限度額を超えた貸倒損失(損金認定)が生じた場合のCFS作成

 貸倒引当金繰入限度額を超えた貸倒損失(損金認定)が生じた場合におけるCFモデルに対するPLδBS表を設け、表4に示す。このモデルは、前節の表10に貸倒引当金制度を設けたものである。このモデルにおいては、売掛金貸倒損失は、合計額50であり、20は前期設定の貸倒引当金H0=20が充てられ、当期PL貸倒損失で30が充てられる。貸倒損失においては、当然ながら現金の動きはない。さらに、貸倒引当金の役割の理解のために、H0=H1であるとした。この条件の下では、δH=H1−H0=0であるから、H1とH0の両記号を保持しながらも、貸倒引当金制度が無い場合のモデル、即ち前節の表10に関するCFSの結果と同一の変換内容・結果が得られなければならない。

表4 H0=H1とした場合の貸倒損失(損金認定)モデル

 

 表4に対するCFS基本作成表を表5に示す。次のことに注意する。前節、表8によれば、貸倒引当金制度の有無に関わらず、CFS作成表勘定において、[(PL) π(-)φAR・BD / (δBS) δφAR・BD]の関係が成立していなければならない。表3では、[前年度設定貸倒売掛金H0 / 貸倒損失π(-)AR・BD ]を消しているが、 表5ではそれを残して表している。

表5 CFS基本作成表

 表5により、表6に示すCASH・PLδBS表が得られる。

表6 CASH・PLδBS表

 表6により、表7に示す直接法CFSが得られる。表7は、前節表14と同じである。

表7

 

表6より、H0=H1の場合の間接法CFSを示す表8が得られる。

表8

  表9に、H0=H1の場合の直接法営業CFと間接法営業CFとの関係を示す。

表9 直接法営業CFと間接法営業CFの関係

 表7は、H0=H1と仮定したので、同一の直接法、間接法CFSが得られたとも解釈できる。表7において、H0(既定値)≠H1の場合においても、δCIFもδCOFも全くその影響を受けないことは知っている。それでは、H0≠H1の場合は表7においてどのような条件が成立しているのであろうか。実は、H0とH1が損金認定の貸倒引当金の場合、表1に示すように、H0からH1への貸倒引当金の増分は、その増分だけH1年度の純利益を減らすのであり、「H0からH1への増分+純利益」は、H1の値如何に関わらず一定なのである。従って、前節と同じ手順で、直接法営業CFと間接法営業CFの関係を示す表9が得られる。このような関係は図で示さなければ分からないものであり、貸倒引当金制度がある場合のCFSの理解は決して簡単なものではない。

(3)繰入限度額を超えた貸倒損失(損金非認定、税効果会計無し)に対するCFS作成

 商法会計の中に、税法会計では損金非認定の繰入限度額を超えた貸倒引当金を積み増す場合、及びその場合に対して税効果会計を適用する場合のCFS全体の姿、処理の会計的意味を理解することはなかなか難しい。それで、そのために重要ではない要素を極力省いたモデルを用意し、CFSを作成し、会計処理の意味を探る。そのために、全ての年度において、減価償却費De=0、純繰越棚卸資産Z(±)=0と仮定する。さらに、貸倒引当金繰入限度額をHMLと表すとき、全ての年度において、HML=0と仮定する。従って、H0、H1、H2などは、HML(=0)を超えた貸倒引当金の積み増し分とする。なお、記号法を用いたキャッシュフロー解析の理解と習得のために、できるだけCFS誘導過程の表を残している。

◇ ケース1:X1年度において、実際に、税法において損金非認定の貸倒損失φAR・BD(=100)が存在するが、それを商法会計の中で会計処理をしないしないケース

 表10に、ケース1の場合のPLδBSモデルを示す。

表10 

 表11に、ケース1の場合の未払法人税に対するCFS基本作成表を示す。

表11 未払法人税に対するCFS基本作成表

 表12に、ケース1の場合のCFS基本作成表を示す。

表12 CFS基本作成表

 表13に、ケース1の場合の直接法と間接法のCFSを示す。

表13 直接法、間接法CFS

 ◇ ケース2:X1年度に、損金認定の貸倒損失φAR・BD(=100)を商法会計の中に計上する場合

 表14に、ケース2の場合のPLδBS表を示す。

表14 PLδBS表

 表15に、ケース2の場合の未払法人税に対するCFS基本作成表を示す。

表15

 表16に、ケース2の場合のCFS基本作成表を示す。

表16

 表17に、ケース2の場合の直接法と間接法のCFSを示す。

表17

 

◇ ケース3:X1年度に、税法会計損金非認定の貸倒損失ΦAR・BD=100が存在するので、それを商法会計の中に貸倒引当金の積み増しH1として計上する場合

 表18に、ケース3の場合のPLδBS表を示す。

表18

 表19に、ケース3の場合のCFS基本作成表を示す。

表19

 表20に、ケース3の場合の直接法と間接法のCFSを示す。

表20

◇ ケース4:ケース3で、X2年度に、企業課税所得100が有り、H1=ΦAR・BD=100が損金として認められた場合  

  表21に、ケース4の場合のPLδBS表を示す。

表21

 表22に、ケース4の場合のX1年度設定のH1がX2年度に損金認定された場合の会計処理に対するCFS基本作成表を示す。

表22 H1が損金認定された場合のCFS基本作成表

 表23に、ケース4の場合のCFS基本作成表を示す。

表23 CFS基本作成表

 表24に、ケース4の場合の直接法と間接法のCFSを示す。

表24

◇ ケース5ケース3に、X1年度に、税効果会計を適用する場合

 表25に、ケース5の場合のPLδBS表を示す。その他の表は省略する。

表25 ケース5の場合のPLδBS表

◇ ケース6ケース4に、X2年度に、税効果会計を適用する場合

  表26に、ケース6の場合のPLδBS表を示す。

表26 ケース6の場合のPLδBS表

 表27に、ケース6の場合の繰延税金資産の処理に対するCFS基本作成表を示す。その他の表は省略する。

表27 繰延税金資産の処理に対するCFS基本作成表

(4) 考察 

 表28と表29に、ケース1〜ケース6までのまとめを示す。表28の摘要から、税効果会計の意味するところを知ることができる。

表28 ケース1〜ケース5に関するまとめ-1

表29 ケース1〜ケース6に関するまとめ-2