Lost…
《6》
樋口が姿を消してから、新は、ずっとその行方を捜していた。 良くしてくれるバイト先に迷惑を掛ける訳には行かなかったから、その合間を縫っての事だった。 小切手に書かれていた会社は、どうやら、かなりあくどい金融業者らしい。 脅しではなく、本当に内臓まで売らせているらしいとの噂すらあった。 その噂が本当だとすれば、破格の金額も有り得ない訳ではない。 もし、生きるのに支障がない範囲、ではなく、死んでもいいから全ての内臓を切り売りしたのだとしたら。 自分に全く執着しなかった‥‥死のうとさえしていた樋口なら、充分に考えられる事だ。 樋口の事を訊きに、新は一度、その会社まで行ってみた。 しかし、営業だと言う人相の悪い男が、強引に奥に連れて行こうとした。 あの時、あの街で顔を合わせた借金取り達と同じ表情。 連れて行かれたら、きっと二度と出て来られない。 本能的に危険を感じて、新はその場から逃げ出したのだ。 しかし、そこで樋口に繋がる手掛かりは切れてしまった。 既に別の借金取りに支払われてしまった多額の金まで纏めて返す程の余裕など、当然、ない。 新が、別の業者から借金をして樋口の借金を返しても、何の解決にもならない。 第一、それこそ身体でも売らなければ、あれだけの額を貸す業者などいない。 時間ばかりが過ぎて行く事に焦りながら、新はどうすればいいのか判らなくなっていた。 アパートに帰っても、誰もいない。 たった一人で食事をする、以前と同じ生活。 樋口と暮らす前には何も気にしていなかった生活が、寂しくてたまらない。 そんなに広くはない安アパートなのに、広すぎて落ち着かない。 こんな事をした樋口への怒りはまだ少しあったけれど、それ以上に、胸が潰れそうなくらい苦しかった。 樋口にとって、自分はあっさり切り捨てられる程度の存在だったのか。 多分、樋口はそんなつもりではなかったろう。 しかし、新の中で、樋口の存在がどれだけ大きくなっているのか、全然気付いていなかったに違いない。 結局、樋口は、心の痛みを『死』で終わらせる事しか考えていないのだろう。 新が、樋口を必要としている事など、きっと思いも寄らないのだろう。 だから――片思い、なのかも知れないけれど。 「崇文さん‥‥‥」 名前を呼んだだけで、鼻の奥が熱くなる。 無性に、樋口に会いたかった。 彼の存在が、自分で考えている以上に大きかったのだと、樋口がいなくなってから改めて気がついた。 もう、何度も読み返した書き置きを眺める。 読み返すたびに、泣きたくなって、息苦しい程胸が痛くなる。 それでも、樋口が残してくれたものだと思うと、読み返さずにはいられない。 あの年にしては子どもっぽい文章が、とても樋口らしくて。 それが、かえって苦しかった。 思い返せば、確かにあの日、樋口はいつもと違っていた。 同居するようになってから、大したものは買っていなかったけれど、何枚かの服など、ほんの僅かな『樋口の持ち物』が、きちんと整理されていた。 樋口がノートやアルバムを見付けたのは、自分の物を整理していたせいだったのだろう。 そして、今更のように壱哉の事を口にした。 壱哉の事を話題にすれば、新が怒る事は知っていたはずなのに。 『きっと黒崎は‥‥新が困った時には、助けてくれる。それだけは‥‥知っててもらいたいんだ』 あれは、自分がいなくなった後の事を心配しての言葉だったのか。 あんな風に、喧嘩別れになってしまう事を承知で、それでも、壱哉に頼れと言いたかったのか。 「‥‥‥‥‥‥」 新は、書き置きを見詰め、唇をきつく噛んだ。 きっと、もう、時間がない。 どんな事をしても、絶対に樋口を取り戻す。 新は、ある事を心に決めた。 |
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