【題意】

　「胡」という名の隠者を尋ねた。作者の郷里、蘇州辺りでの作。

　【詩意】

　あちらで川を渡り、またこちらで川を渡り

　あちらで花を眺め、またこちらで花を眺める

　心地良い春風吹く川のほとりの道

　いつの間にか、君の家までたどり着いていた

　【語釈】

　胡隠君＝胡は姓。隠君は仕官せずに隠棲している人。

　江上＝川のほとりの道。上は、ほとりの意。

　水の蘇州と云われるように、この辺りは川や堀が多い水郷地帯。

　【鑑賞】

　のんびりとした文章が水面のきらめき、花の香まじりの風、暖かな春の陽を連想させる。

　語句の繰り返しという普通は使わない技法もそれに一役買っている。

　相手は隠者であるから、おのずから隠者にふさわしい訪ね方がある。

　約束をして会う様な訪ね方ではない。訪ねる相手が在宅かどうか定かでない。

　風の吹くまま、気の向くまま、花の誘うにまかせ、もちろん時間など気にしない。

　道すがら自然の風趣に目を留める。そのうち予定が変わり目的地に辿り着かず帰るといった

　こともまた善しである。

　賈島等多くの漢詩人が採りあげたテーマに、隠者を尋ねて遇わずというものがある。

　高啓のこの詩を読むと、なるほどさもありなんと思わされる。

　【題意】

　春を望む。安禄山の乱で荒廃した都の春を詠った。

　７５７年春、杜甫４６歳の作。反乱軍の手に落ちた長安で、杜甫も軟禁状態にあった。

　【詩意】

　都は荒れ果てたが、山や川は変わらぬ姿で佇んでいる

　街に春が訪れ、いつもの年と同じ様に草木が生い茂る

　戦乱による劇的な時勢の変化に、花を見ても涙がこぼれそうになる

　離れ離れになった妻子を思えば、鳥の鳴き声、飛ぶ行方にすら心動かされる

　のろしの火は何か月も続き、戦乱の収まる気配も無い

　家族からの便りは金銀よりも大事なものになった

　白髪頭は掻くほどにいよいよ薄くなり

　もはや簪を通すことも難しい

　【語釈】

　簪＝冠を髪に留める為のもの。

　※作者については栞/心癒される詩を御覧下さい。

　【題意】

　「登科」は科挙の試験に合格すること。その喜びを素直に詠んだ。

　【詩意】

　昔、齷齪していたことは自慢になるまい

　今朝は心の曇りも消えてどこまでも晴れやか

　春風に吹かれ私は満ち足り、馬の足取りもまた軽く

　一日で都の花を見尽くしてしまう

　【語釈】

　曠蕩＝おもいのまま。気まま。

　【科挙（かきょ）】

　中国で行われた官吏の登用試験。清代末期まで行われた。

　官吏としての成功は全てこの合否にかかっていた為、厳しい競争があった。

　【参考】

　当時、王侯貴族の間では牡丹の栽培が流行していたが、試験に合格した人は、

　無礼講で庭に入りこみ心ゆくまで牡丹の花を鑑賞出来る慣わしがあった。

　【鑑賞】

　世間的な名声や実益に重きを置いていなかった彼が科挙の試験結果に一喜一憂したのは、

　自身の為というより苦労をかけた母親の存在があったからだといわれている。

　この詩の喜びようも、そう考えると一層うなずける。

　７５１〜８１４年。中唐の詩人。字は東野（とうや）。湖州武康（浙江省）の人。

　自分の意志を貫き、人と相容れない性格で若い頃から嵩山に隠居し文学に打ち込んで

　いた。孟郊はもともと高い官位などに興味がなかったようだ。

　そのせいか彼が試験に合格したのは、７９６年。４０代半ばになってからだった。

　それまで何度も落第を味わった彼には「再下第」（再び落第する）という詩もある。

　任官後も出世には興味が無く、詩作に熱中するあまり降格や減俸処分を受けている。

　韓愈とは文学を通して親交があり、「韓・孟」と称された。また苦吟詩人として知られる彼は、

　その詩風から「推敲」の故事で有名な賈島と共に「郊寒島痩」とも評された。

　【題意】

　中国で最も美しいといわれる江南地方の春を詠った。江南は長江下流の東南地域。

　【詩意】

　広々とした大地に鶯の鳴き声が聞こえ、木々の緑と花々の紅の対照も美しい

　水辺の村や山間の集落に酒屋の青いのぼりがはためく

　かつての南朝の世、この地には四百八十の寺があったという

　数知れぬ古の塔堂が、春雨の靄の中に佇んでいる

　【語釈】

　酒旗＝酒屋が看板として用いた旗や幟。青い布に詩句や銘柄を染め抜いたものが多い。

　南朝＝５世紀初頭から６世紀末期の南北朝対立の時代に江南に興った漢民族による

　宋・斉・梁・陳の四王朝。

　四百八十寺＝南朝において仏教は広く信仰を集めたが、特に梁の初代皇帝・武帝

　（４６４〜５４９）は晩年仏教に傾倒し、建康（現在の南京）に多くの寺院が建立された。

　※作者については解説の栞・秋の訪れに紹介しています。

　【題意】

　田舎の春景色を望んで。

　【詩意】

　門を出たとて、これといって見るものも無いが

　春の気配は野原に満ちている

　嘆かわしいことに天下には私を知る者が無い

　高陽の一酒徒であるこの私を

　【語釈】

　高陽の一酒徒＝昔、�k食基が漢の��祖に会おうとしたが果たせなかった。

　しかし、自らを「高陽の酒徒」と名乗ったことをきっかけに拝謁が許されると、

　大いに信頼を得て重用され、後に斉の国を下したという故事を踏まえている。

　７０２〜７６５年。生年には諸説ある。盛唐の官僚、詩人。

　若い頃は遊侠の徒と交わっていたが、後に各地を放浪し、李白・杜甫とも親交を持った。

　７４９年、科挙に及第。安禄山の乱の際、玄宗に見出され随行。

　刑部侍郎等を経て、渤海を治める役職を務めた。吐蕃（現在のチベット地方）へも従軍。

　五十歳になって詩を学んだといわれるが、辺塞詩等に多くの傑作を残した。

　「豊楽亭」は現在の安徽省に赴任している時、郊外の庭園内に建てたあずまや。

　豊年を祝って集う為にこの名を付した。歐陽脩４１歳の作。

　【詩意】

　木々は重なり合って深く森をなし、山鳥の鳴き声が響く

　穏やかな春は優しい風をもって花を散らす

　鳥たちは賑やかに囀り、花は舞って、私も良い心持ちである

　明日、酒から醒めたら春も行ってしまっているだろう

　【鑑賞】

　この詩は１０４５年の２度目の左遷で�K州の知事を務めている時のもの。

　昔は暦の二十四節季により季節の区分が厳格であった。

　「明日酒醒むれば春已に帰らん」という表現はいかにも古人らしい。

　我が国でも古今和歌集の撰者の一人である凡河内躬恒（おおしこうちのみつね）が

　「けふのみと春を思はぬ時だにもたつことやすき花のかげかは」

　（歌意…春が今日限りと意識しない春の盛りの頃にも、花の下は立ち去りにくいものだった。

　ましてや春の最後の日ともなれば尚更ではないか。）

　と詠っている。風流人達の春は一日を境に突然去ってしまう。

　１００７〜１０７２年。北宋の政治家、文学者。字は永叔（えいしゅく）。自ら酔翁と称した。

　幼くして父と死別、母と共に貧しい少年期を送ったが２４歳の時、進士に首席で合格した。

　歴代の皇帝の下で有能ぶりを発揮、２度の左遷にあっているがその度に中央に復帰し、

　官僚として参知政事（副宰相）にまで昇りつめた。

　北宋第６代皇帝・神宗の時、富国強兵をめざした王安石の新法が採用されると、それに

　反対して退官、隠棲。翌年没した。

　北宋中後期詩壇の盟主であると同時に散文にも優れ唐宋八大家の一人に数えられる。

　因みに蘇軾（蘇東坡）が科挙試験に臨んだ際、科挙を司る立場にあり彼を推挙したという。

　【唐宋八大家】

　唐代、宋代の優れた散文作家。

　唐の韓愈、柳宗元。宋の歐陽修、王安石、曾鞏（そうきょう）、蘇洵、蘇軾、蘇轍。