昼神の原家の古文書を写真撮影させていただいた折、意外な発見がありました。というのは、山王権現(阿智神社)の神主であった原清太夫方考(まさつね)という人が書き残した昼神村の全社祠二十社の中に、「湯屋権現」があったのです。
この文書には正徳元年庚寅初夏とあって実に今から三百年近い以前の文書です。
今まで昼神に温泉があった記録は、元文五年ころ宮崎言周(のぶくに)が著した「信州伊奈郡郷村鑑」の「近世此村ニ温泉湧出シテ近郷ノ人湯治ス」が最古かと思われていましたが、それより二九年前すでに「湯屋権現」として祭られるほど昼神温泉の効能が評価されていたのです。
右上に「湯嶋二立」と鎮座地を示していますが現在の昼神にはこの小字はなく、場所は不明です。祭神は「水神」とあり罔象女神(みずはのめのかみ)と思われます。
(S62・9)