|
私たちは、農業を始めてから、農薬・化学肥料を一切使ったことがありません。耕運機で耕して野菜を作る畑と耕さない自然農で野菜を作る畑があります。
4年前ぐらいからでしょうか。大麦・小麦をきちんと食べるまですることができるようになったのは。それまでは、種を播いても収穫時期にスズメに食べられてしまったり、梅雨の時期で収穫できなかったり、収穫しても脱穀せずにかびさせてしまったりと、失敗は数限りなくあります。
現在は、スズメに食べられないように上に網をかけ、梅雨の合間の晴れ間に刈り取り、ハウス内に干して,急ぎ脱穀するようになりました。大麦は、殻を取って、麦味噌の原料、ごはんにまぜて。小麦は、粉にしてパンにしたりします。ずいぶん賢くなりました。でも、今年、刈り取る機械の整備を怠り、小麦を刈り取る時に動かなくなってしまいました。機械を使えば2時間ぐらいで終わるのに、1日半、2人で手刈りする羽目になりました。また一つ、失敗。
(ピーマン・インゲン・ブロッコリー・大根)
9月になり、自然農の畑は元気です。最初はゆっくりなのですが途中からたくましく育つのが自然農の特徴です。今年は涼しい夏で、夏野菜は元気がなかったのですが、短い残暑のおかげで元気になりました。涼しさが幸いして、ブロッコリーなどの苗作りは、楽でした。
畑も一歩一歩冬の様子に変化しています。隣の畑の伊藤さんにいただいた「いとうさんインゲン」も赤みを帯び、おいしい豆に変化しつつあります。
10月25日、今年最後の学び合いの会がありました。エンドウの種まきの仕方を説明しているところです。お昼には、参加者の広瀬さんのおいしい手打ちそばをごちそうになりました。
92年、農業1年目に耕さない自然農で米作りは、130アールの水田で、モミで25キロしか取れませんでした。そしてずっと中断していた米作りを再開したのが2000年でした。主食である米の自給は、やはり農の基本のような気がします。
5月24日、今年の田植えが始まりました。今年は、保育士になるために山形の短大に行った貴彦が、友達、高橋君、加藤君を連れて手伝いに帰ってきてくれました。変わった田植えにもかかわらず一生懸命やってくれたのでとても助かりました。前日は、この3人に付き合って15年ぶりぐらいになるマージャンを午前2時ごろまでやっていました。懐かしかったけど、眠かった。(まわりの田はすでに田植えが終わり青々してきた)
低温・長雨で稲は寒そうです。理想の、成長、分けつをしてくれません。稲の成長を助けるために周りの草の成長を抑えるために草取りをしていたら、アゲハチョウの幼虫がセリの葉を食べていました。まわりは水に囲まれているのにすごいと感心して、そのセリだけ残しておきました。
(左から、6月、田植えの後・6月下旬・8月始め・9月下旬・黒米の茎の切り口・ミゾソバの花)
不耕起・自然農の田植えは、一つ一つ穴を開け田植えをしていきますのでとても時間がかかります。10a、2人で半日ずつ、1週間かかるでしょうか。農家の人なら「それは大変だ」と、思うでしょう。私もこのやり方を始めた頃、田植えしながら「代掻きしたら楽なのに」と、何度思ったことでしょう。
でも、ある日気づきました。田植えをしている1週間が、ゆっくり時間が流れていることに。農繁期になると忙しく、気もそぞろです。仕事をこなすために機械を使って効率化を図ります。そしていっそう忙しくなります。この田植えは、鎌を使って一つ一つ植えていくしかありません。どんなにゆっくりでも。すると、「時間」が一瞬一瞬の積み重ねであることを感じるのです。
そして、草の中であんなに弱々しかったのが、夏になるにしたがって、こんなにたくましく育って、穂をつけてくれます。稲が本来持っている生命力の強さを感じます。これを見ると、来年も、このやり方でやろうと思うのです。
10月1日、脱粒しやすい黒米だけ先に稲刈りをしました。茎の中が紫色でとてもきれいです。大きくなると稲を倒して困るミゾソバも近くで見るとピンクのかわいい花をつけます。とても雑草には見えません。この花の蜜を求めてたくさんのミツバチが来ています。
今年の稲刈りが始まりました。学び合いの会に参加されている本多さんが手伝いに来てくれました。
2枚目の写真、わかりますか?稲の中に生えているひえを何者かが食べているのです。答えは、スズメです。以前、奈良の川口 由一さんが「ひえが出ているとスズメは先にそれを食べますので、取ってしまってはいけません」と、言ったのを思い出しました。草が敵ではないことを実感しました。