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Inside Farming Vol.178


「担い手」農業者たち


私が林檎栽培とは異なる新しい仕事にチャレンジすることになった直接の原因は「降雹」という天災だったけれども、振り返れば、それは単なるトリガだったといえる。背景には、失われた10年(〜2002頃まで?)の間に農産物の価格が低下し、採算性が悪化したという現実があったことも否定できない。残念ながら、私には、これらを解決した状態の河合果樹園のイメージを創ることができなかった(2002年のInsideFarming参照)。いや、解決した状態のイメージが、農業とは少し距離を置くという経営スタイルであったともいえる。

一方、農業で生きていくことを決めた友人たちはどうか。昨年の友人の結婚式で同席した友人たちは、既に確たる方向性をもって経営を行っている。

同じテーブルに座っていたある友人は、4ha超の果樹園を管理している。実に河合果樹園の最盛期の3倍の耕作面積であり、個人で複数の市場と直接取引きをしている。「これくらいの規模がなければ、生き残っていけない時代になっるのではないか」と言う。恒常的に人を雇っているようである。
他の友人は、何年も前から有志で堆肥組合を作って良質の有機肥料を確保している。また、流通業者と組んだ契約栽培は20年以上になる。彼の場合には、弟も独立した果樹農家であり、時に共同で育苗を行ったり、共同で契約先への出荷を行っている。花摘みや摘果作業の季節には、何人ものアルバイトが彼らの農園に来ている。
2次会で一緒になった友人は私の果樹園を借りてくれた友人である。彼は、貸借によって果樹園の面積を拡大しただけではなく、降雹をきっかけに始めた「ネギ」の栽培面積の拡大も図っている。そしてネギの収穫作業のためにアルバイトも雇用しはじめた。

友人たちは将来の経営をイメージ出来ており、それを実現している。共通する方向性には、少なくとも、「規模の拡大」があるように思われる。また、家族が主体の農業経営から「労働者を受け入れる経営」への移行もある。もちろん宴席での会話から熱心に「栽培技術の向上」を図っていることも分かる。いずれも、農業にかける情熱がなければ、決してできないことだ。そして、これらが10年後においても豊かな状態で存続する果樹農家のモデルのようにも思われる。素晴らしい!。尊敬する。


ところで、旧聞になるが、昨年(2006年)には「農業の担い手に対する経営安定のための交付金の交付に関する法律」、一般に「担い手経営安定新法」といわれている法律が成立した。この法律は、これまでは作物毎(米、麦、大豆、てん菜、バレイショなど)に全農家を対象に行なっていた補助制度を4ha以上の「認定農業者」および農業者が共同で耕作を行なう「集落営農」(「担い手」)のみに行なうというものである。
この法律の意図するところは「担い手」へ農業の施策(補助金政策など)を集中する点にある。また、この法案の意義は、政府の農業政策が、農家全戸を対象にしたものから、大きくて強い営農集団のみを対象にするものへと転換したことを明確にした点にある。現在は特定の作物について規定されているだけだが、今後は政策全体にこのポリシが波及していくものと思われる。「農村にも格差を!」である。これからは零細農家を淘汰させていく時代である。

ここで、友人たちの経営スタイルを見ると「担い手」を中心にした補助金制度は、時代に合っているいるのかもしれない、とも思う。

しかし、もし今、自分が農業経営で四苦八苦している状態であったのなら、この政策の転換を死活問題だと思うだろう。そして、淘汰された農業者はどこへ向かうことになるのか、不安になる。セーフティネットがあるのだろうか、と。
また、統計的に見て日本の農家の大多数は零細農家のようにも思われるが、実態はどうか。さらに、食料自給率とか田園の景観とか水田の保水作用とか農村高齢者の保護とか、農業の産業的な側面以外の重要な部分は、どうなっていくのか。

農業から距離を置こうとしている私が提起できる問題ではないかもしれないが、農業者だけの問題でもないようにも思われる。(2007/1/7)。





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