第四話 道化師の生き様 前編

 エゴイスト。
 東城真澄(とうじょう・ますみ)という男は、その単語がよく似合う人間だった。
 とは言っても、その真実を知っていた者は、ごくごく少数だろう。ほとんどいないと言ってもいい。
 ――聞き分けの良い優しい子。
 ――誰よりも聡い優等生。
 ――名家・東城の名に恥じぬ嫡男。
 彼についた冠詞と言えば、そんなものばかりで。間違っても『エゴイスト』なんて言う奴はいない。
 ……それも当然、彼のかぶった仮面はとても精巧で、見破れる者など皆無だった。
 例外は、従兄弟で共犯者だった自分。
 それとて、彼がばらしたからこそわかったこと。彼にばらすつもりがなかったなら、自分はずっと仮面に気づくことすら出来なかっただろう。
 だが、仮面の下を知っているから断言出来る。
 彼はまぎれもないエゴイストで、誰よりもわがままな問題児だった。
 本家から厄介者と呼ばれ忌まれている東城伸一(とうじょう・しんいち)――この自分よりも、よっぽどタチの悪い、ハミダシモノだったのだ。


 伸一の記憶が正しければ、初めて真澄と話したのは中学生の時だ。
 東城家は『本人達に言わせれば』由緒正しい家柄で、政界などにも深く関わりを持つ家だ。
 今でも本家や分家などの親戚内での身分わけ、因習など、伸一から見れば馬鹿らしいものばかり残っている、古めかしい空間である。
 本家には代々当主がおかれ、『長老衆』と呼ばれる妖怪のごとき老人たちとともに家を動かしている。とは言っても、当主よりも長老の方が力を持っているのが実際の所だ。次期当主を決めるのも、長老衆だからだ。
 真澄はその東城家の嫡男で、長老のお墨付きをもらった神童。そして伸一は分家の一人で、彼の従兄弟。正月や盆など、親戚一同が集まるとき、嫌でも顔を見ていた。
 とはいえ、中学生前ぐらいまで――遠くから顔を見ているだけの時は、真澄に対して胸くそ悪い奴という印象しかなかった。品行方正で、妖怪どもや、因習に従う、型どおりのつまらない坊ちゃんだと思っていたのだ。
 歳が上がるにしたがい、家中に広がるどこかねっとりとした雰囲気や過去の身分から来るくだらない選民意識などに、伸一が東城家にほとほと嫌気がさしていたのも、真澄を嫌っていた原因の一つだろう。
 中学に上がる頃には伸一の東城家への反抗心や不信感は最高潮に達し、『家柄にふさわしくない行い』を数々こなし、すっかり問題児というレッテルを貼られていた。
 東城家にふさわしくないと言われる度、家から遠ざかれるようで嬉しかった。そしてさらに色々な問題を起こした。
 そんな頃だ。顔だけ知っていた『お代継さま(およつぎさま)』から声をかけられたのは。
「お前、随分ムチャやってるそうじゃないか」
 どこかからかう様な声音にムッとしたのが半分と、ずっとつまらない人間と思っていた少年が、意外にもべらんめえな口調で驚いたのが半分。
「あんたには関係ないだろ?」
 短く答えれば、相手はさもおかしそうに笑った。
「いいな、その反応」
「馬鹿にしてるのか? 悪かったな、『お代継さま』に対して口の利き方もしらねえで」
「馬鹿になんてしてない。まどろっこしい口調でしゃべられる方が腹が立つ」
 口の端だけの疲れたような歪んだ笑いが、ひどく新鮮に見えた。
 東城の次期当主がそんな表情を見せることが、当時の伸一には不思議だったのだ。
 その日はそのまま、たいしたこともなく会話は終わった。真澄という人間が、伸一の思っていたようなものとは違うのかもしれないという、ちょっとした予感を残して。
 だが問題はそれからだった。毎日ではないももの、『しょっちゅう』と形容していいほどに、真澄は伸一の元を訪れ、ただ何をするでもなく語らっていった。
 話してみれば、嫌悪していた『品行方正の鏡』は普通の少年で(さすがは英才教育、頭がいいのは確かだったが)、実は自分と話が合うこともわかった。
 だが、例え本人たちが話が合うと思っていても、二人の立場の違いを考えれば、本家の人間――特に長老衆がいい顔をしないのは至極当然のこと。かなり一方的に伸一が責められるはめとなった。
 半年ほどもそれが続いたある日、とうとう伸一は聞いてみた。
「毎度毎度、俺みたいな問題児のトコに来て……お前暇なのか?」
「暇なわけあるか。妖怪どもがうるさい」
 話せば話すほど、真澄は優等生とはほど遠く、むしろ『違う意味でいい性格』をしていることがはっきりした。
 普段はおくびにも出さないが、時折こうやって東城にいるならば敬愛するべき長老を『妖怪』とのたまうのもその証拠の一つだ。
「なら、なんできやがる?」
 本家や分家、色んな所から覚えのないことで暴言をぶつけられ(伸一が真澄を悪の道に引きずり込もうとしている等)、不機嫌一色に聞き返した伸一に、真澄はささやくように尋ねてきた。
「――お前、東城が嫌いだろう」
「……なにを今更」
 それは疑問と言うよりも、確信。
 どこか毒を含んだ口調に、ためらいながらも肯定した。
「好きだったら、こんなことしてねえよ」
 自分は、東城が嫌いで、東城から少しでも離れるために、馬鹿らしい行為に手を染めているのだから。
 その答えに満足したようにうなずき、真澄はゆっくりつぶやいた。
「だからだ」
「……はあっ?」
「俺も、東城が嫌いだからな」
 その答えは、多少予想していたこと。
 自分とよく話があい、長老を嫌悪する真澄。その根底にあるのは自分と同じ、家という名の鎖に対する憎しみだと、伸一はいつしか気づいていた。
「お前なら、信用出来ると思った」
 同じ憎しみを持つものならば、と。
 そして目の前の男は唐突に話を変えた。
「――高校から全寮制の学校に行くことにしたんだが」
「寮?」
 いきなりなにを言い出すのかと疑問符を浮かべる伸一にかまわず、真澄は続ける。
「妖怪どもが分家から一人、誰かを連れて行けと言う。お目付役ってやつだな」
「……まさか」
 にっこりと、伸一の嫌いな優等生の笑みで、真澄が言った。
「お前が来い、伸一」
「!? なんで俺がっ!」
 悲鳴に近い叫びを上げたのにかかわらず、真澄はニヤリと笑ってみせる。
「信用出来る、そう思ったと言っただろうが。他のガキ共を見ろ。みんなビクビクおどおど、俺を見る目はこびへつらいで真っ黒だ」
 あんなアホウどもと暮らすなんて、考えるだけで怖気が走ると吐き捨てた。
「本家が許さないだろう? この厄介者の、俺だけは」
 いくら分家出身で、真澄の従兄弟とは言っても、自分は東城の問題児なのだから。
 最終手段とも言えるこの口実を、真澄はあっさり斬り捨てる。
「俺がなんのために普段イイコちゃんを装ってると思う。ここ一番の時、妖怪どもにいうことをきかせるために決まっているだろう」
 その瞬間、改めて認識する。
 ……こいつはやはり、とんでもない食わせ者だ。
 半年前から真澄はすでに、このことを計画していた……違う、こうなるように事を進めていたのだ。
 全て、こいつの手の内ってわけか。俺すらも。
 大きくため息をついて、忌々しいと思いながら言った。
「てめえの本性……妖怪どもに教えてやりたいぜ」
 ふん、と笑いが一つ。
「誉め言葉と受け取ろうか」


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