Nightmare

《3》


 壱哉は、他の目を避ける為に、自分の別宅に吉岡を連れて行く事にした。
 家に着く頃には、吉岡は意識を取り戻していた。
 だが、自分で自分の身体を抱くようにして小さく震えている吉岡の呼吸は未だに荒い。
 あの晴彦の事だ、触手の体液に悪趣味な催淫剤でも含ませていたのであろう事は想像がついた。
 それでも、媚薬のように時間が経てば効果も消えるだろう、壱哉はそう思っていた。
 あんな姿を見せてしまった為か、吉岡は、一人にしてほしいと消え入りそうな声で言った。
 心配ではあったが、吉岡にこれ以上精神的な負担をかけるのは憚られ、壱哉は彼の言うまま、放っておいたのだ。
 しかし、しばらく経って様子を見に行った壱哉は、異常に気付いた。
 陵辱の跡を洗い流したらしい吉岡は、裸体のまま、ベッドに蹲っていた。
 上掛けも何もかけず、シーツを握り締め、ベッドの上に這うように身体を丸めている吉岡の呼吸は荒い。
「っ、ふ‥‥」
 目を閉じたまま切なげに眉を寄せ、吉岡は喘いだ。
 良く見ると、シーツを掴んでいない方の手は股間のものを握り、もどかしげに上下に扱き上げている。
 既に一度ならず達したのか、シーツの上には放った液体が飛び散っていた。
「は‥‥ま‥だ‥‥っ」
 吉岡は、もどかしげに顔を歪めた。
 自身を扱いていた手が、躊躇いながらも後ろに回る。
 細く長い指が、震えながら双丘の狭間を探った。
「ん‥‥っ」
 躊躇いは殆ど続かず、中指がゆっくりと窄まりに沈む。
 眉を寄せ、甘い吐息を洩らす吉岡の表情は、どこかうっとりと悩ましげに見えた。
 最初はゆっくりと、しかしすぐにその程度の刺激では足りなくなったのか、激しく指を出し入れし始める。指も、すぐに二本に増やされた。
 吉岡のこの様子は異常だ。
 普通の催淫剤なら、一、二時間程度で効果が切れる。
 それに、多少効果が残っていたとしても、あれだけ陵辱を受ければ、またこんなに身体が疼くはずはない。
 少なくとも壱哉が知っている限りでは、こんなに長く、そして強い催淫効果を持つ薬はない。
 何とかしなければ、そう思うのだが、壱哉は、吉岡から目を離せなかった。
 いつも、一分の隙もなく、常に落ち着いて静かな姿を見せていた吉岡が、信じられない程あられもない姿をさらしている。
 壱哉の存在に気付かないとは言え、自分の手で体内を犯し、欲望を扱き上げている様子は、眩暈がしそうな程煽情的だった。
「‥ぁ‥‥こん‥な‥では‥‥‥」
 吉岡は、切なげに頭を振った。
 真っ赤に上気し、汗に濡れた頬に漆黒の髪が張り付く。
 後ろから指を抜いた吉岡は、震える手をサイドボードに伸ばした。
 吉岡が手に取ったのは、細い張り型だった。
 壱哉が獲物を慣らすのに使っていた中の一つを、吉岡が持ち出したのだろう。
「んっ、く‥‥‥」
 既に指では満足できなくなってしまっているのだろう、吉岡は身を震わせながら張り型を入り口に当てる。指の時とは違い、躊躇いなく体内へと押し込んで行く。
「ふ、あぁ‥‥」
 惚けたような表情で、吉岡は喘いだ。
 吉岡が、催淫剤の効果とは言え、こんなにも淫蕩な表情を見せる事が意外で、壱哉は思わず生唾を飲み込む。
 と、その気配に気付いたのか、吉岡が顔を上げた。
「―っ、いちや‥さま‥‥?っ、あぁ!」
 反射的に竦んだ体が差し込んだ張り型を強く締め付けてしまい、その刺激で吉岡は一気に絶頂を迎えた。
 全身を震わせた吉岡のものから、勢い良く精が迸る。
 とうに尽きていても不思議ではないのに、まだ放ってしまうのはあの体液に含まれていた成分の為なのだろう。
「‥‥だっ‥‥み‥ない、で‥‥くだ‥っ‥‥ぃ‥‥」
 羞恥の為か、吉岡の目尻に涙が浮かぶ。
「吉岡‥‥‥」
「‥ぉ‥‥ねがい、です‥‥‥っ」
 切なげに呻いた吉岡は、身を震わせた。
 浅ましい姿を壱哉に見せたくないと思っても、薬物で煽られ続けている体は止まらない。
「んふっ、うぅ‥‥」
 こんな醜態を最も見られたくない人に見られている、その羞恥すらも熱い快楽の糧になる。
 涙を浮かべ、切なげに身を捩りながらも、吉岡は自分で自分を煽り立てるのをやめられなかった。
「‥‥待っていろ。必ず助けてやるからな」
 それだけ言って、壱哉は息苦しいような胸の痛みを堪えながら部屋を後にした。


「黒崎さん。私は、今はあなたと敵対しているんですよ?わかっているんですか」
 少々呆れた口調で、青年医師がため息をついた。
「だから『脅迫』してやったろう」
「胸を張らないでください‥‥」
 青年医師は、いきなり壱哉から呼び出しを受けた。
 来なければ彼のコレクションを片っ端から処分して、彼の愛人も全部寝取ってやる、と言うとんでもない『脅迫』と共にだ。
 壱哉の情報網をもってすれば青年医師があちこちに分散させているコレクション――愛人や獲物のあられもない映像や、古代中国などで作られた裏の財宝とも言うべき淫具類、或いは法律に触れるような実験で造り出した研究結果など――の場所はすぐ探り当てるだろうし、壊すと言ったら躊躇わずに破壊するだろう。
 それが困るのは勿論だが、それ以上に、壱哉が『敵』にまで手を借りようとする程追い詰められているのが意外だった。
 だから興味を持って、呼び出されるままにここへ来た。
 大体、彼としては西條がスポンサーになってくれているから壱哉達と敵対しているだけで、最終的にどちらが勝とうとどうでもいいのだ。
 壱哉達に差し向けている怪しげな合成生物も、元々好きだったその手の研究を大っぴらに出来て、実際戦わせて結果を確かめられるから作っているに過ぎない。
 興味のあるものに手を出す。
 それが青年医師の基本的なスタンスだった。
「‥‥まぁ、私も呼び出されてのこのことここに来ている訳ですからね。西條氏に知れたら大目玉だ」
 大目玉程度で済むとは思えないのだが、青年医師は気にした様子もない。
 トレードマークの診察鞄を置いて、青年医師は勧められる前に大きなソファに腰を下ろした。
「あんな怪しげな薬物でなければ、誰がお前に手を貸せなどと言うか。‥‥正直、俺では手が付けられん」
 珍しく弱音を吐く壱哉を、青年医師は新鮮な気持ちで眺める。吉岡がそんな事になって、珍しく落ち込んでいるのかも知れない。
 彼に何があったのかは、呼び出される時に概要を聞いていた。
「そうですね、晴彦さんが使った触手ですか‥‥。多分その体液に含まれているのは、以前私が作った薬だと思いますよ」
「やはりそうか‥‥」
 壱哉は、どこか苦々しげに呟いた。
 晴彦は確かに頭がいいが、自分が好きな生物学以外にはあまり力を入れない。
 怪しげな催淫剤など、おそらくこの医師が作ったものをベースにしているのではないかと思ったのだが、案の定だった。
「あれは、時間が経っても殆ど効果が切れない特殊な薬です。中和剤がなければずっとそのままですよ」
 顎に指を当て、青年医師は何事かを思い出すように視線を宙に投げた。
「‥‥‥よくもそんな悪趣味な薬を‥‥」
 半ば呆れ顔で壱哉はため息をついた。
 本来ならば怒るべき事なのだろうが、青年医師の性格を良く知っている壱哉はどうせ無駄だと判っていた。
「で?中和剤はあるのか」
「あなたの話を聞いて、探しましたよ。処分していなくて幸いでした」
 青年医師は、中型の薬瓶に入った液体を診察鞄から取り出した。
「でも、黒崎さん。まさか、ただでこれをよこせ、と言う訳ではないでしょうね?」
 意味ありげな青年医師の言葉に、酷く嫌な予感が湧く。
「条件がある、と言うのか」
「えぇ。当然でしょう?『脅迫』されて呼び出されたとは言え、あなたは『敵』なのですから。それに、私は晴彦さんと親しいですし」
 他人を見下す傾向の強い晴彦だが、何故か青年医師とは親しくしているらしい事は知っていた。
 今は研究所で、一緒に怪しげな怪人だの合成生物だのを作っている事も。
「なに、私の言う事に従って欲しいだけですよ。勿論、降伏しろとか同士討ちをしろとか、不可能な事は言いません。近頃、すっかり私は忘れられているようですからね、久しぶりに楽しませてもらいたいんです」
「俺としたい、と言うのか?」
 多少なりと呆れて、壱哉は言った。
 しかしそれには、どこか邪悪にも見える笑みが返される。
「似たようなものですがね。嫌だと言うなら私はこのまま帰りますが。どうしますか?」
 壱哉が否と答えるはずはない事を承知で、青年医師は訊いて来る。
「‥‥いいだろう」
 挑発めいた視線をまともに受け止め、壱哉は頷いた。
 その瞬間、青年医師は何とも言えない、淫らな笑みを浮かべた。
「契約成立ですね。‥‥それではまず、裸になってください」
 青年医師の言葉に眉を寄せながらも、壱哉は立ち上がり、衣服を脱いで行く。
 躊躇いなど感じられない潔い脱ぎっぷりに、青年医師は苦笑した。
 全て衣服を脱ぎ捨て、裸体を隠す事もなく挑むように見据えて来る壱哉に、青年医師は立ち上がった。
「では、ソファに上がって四つん這いになってください。‥‥そう、そんな感じで」
 壱哉は、革の長いソファに膝立ちになり、片方の肘掛けに肘を乗せ、四つん這いになる姿勢を取らされる。
 黒い革のソファと、獣のような姿勢を取っている裸体の取り合わせは酷く欲情をそそる光景だった。
「ちょっと濡らしてもらえますか」
 青年医師の、細くしなやかな指が壱哉の口元に翳される。
 指の主を一瞬、きつい目で睨み付けた壱哉は、目を伏せると従順に指に舌を這わせた。
 ひとしきり舐めさせた指を抜いた青年医師は、それを壱哉の後ろに回した。
 青年医師は、目の前に露わになっている窄まりに、濡れた指を無造作に突き立てる。
「っく‥‥!」
 壱哉の背中が震える。
 行為に慣れているとは言え、まだ何の愛撫も受けていない状態でいきなり異物を受け入れるのは辛い。
 壱哉は、大きく息を吐き出し、体内を犯される痛みを軽くしようと必死に力を抜く。
 やがて、解れて来た場所は熱を帯び、青年医師の指を咥え込んで締め付け始める。
 それを感じ取った青年医師は、ゆっくりと指を動かし始めた。
 まずは入り口を慣らすように、あまり深くまでは探らない。
「‥‥私がこうしているのは、別にあなたの乱れる所が見たいからではないんですよ?吉岡さんに中和剤を投与する下ごしらえなんですから」
「‥‥‥なんだと?」
 壱哉は眉を寄せた。
「あの薬は特殊ですからね。中和剤も、直接粘膜から吸収させた方が効くんです。だから、あなたに中和剤を投与して、あなたの精液の中に成分が混ざるようにして吉岡さんの中に投与しようと言う訳ですよ」
 淡々と説明する内容を頭の中で反芻した壱哉は、呆れた。
「‥‥なにも、直接粘膜に注入すればいい話だろう。わざわざ俺を使う必然性があるのか?」
「ありませんよ。私の趣味です」
 事も無げに認められ、壱哉は突っ伏してしまいそうになった。
「もっともらしい理由が欲しい、と言うならいくらでも作れますがね。特殊な形態で吸収させられたものを中和するには同じ条件の方が身体への負担が少ないとか、既に薬で欲情している人間には性行為の中で中和剤を与えなければ粘膜からの吸収がスムーズに行きづらいとか‥‥‥」
「‥‥‥この、ヤブ医者」
 思わず壱哉は悪態をついてしまう。
 大体、中和剤がなければ効果が切れない媚薬などと言うとんでもないものを作ったこの医者が一番悪いのではないか。
 しかし、悪態への報復は、一際深くを抉った指だった。
「――っ!」
 軽くはない痛みと、紛れもない快感に壱哉は息を飲む。
 行為に慣れた身体は、やはり慣れた刺激を受け、熱を持ち始めていた。
 壱哉のものは徐々に硬さを増し、勃ち上がり始めている。
 しかしそれを素直に認めるのも面白くなくて、壱哉は口を開いた。
「‥‥大体、俺に中和剤を入れて、俺の精液に‥うまく、成分が混じる、のか‥‥?」
「それでしたら心配はいりませんよ。この中和剤は、晴彦さんの触手の体液と極めて似た性質を持っていますから。体内から簡単に吸収されて、男性器に直接作用するんです。でも、その前に多少ヌいておかないと成分が薄くなってしまいますからね、その為の下ごしらえ、です」
 一応、彼が壱哉にこんな事を強いたもっともらしい理由の一つが出て来た気がする。
 まぁ要するに、青年医師の『趣味』に尽きるのだろうが。
「ですから、このまま、何度かは出してもらいますよ」
 まるで定期検診の所見を述べるような軽い口調で青年医師は言った。
「それに‥‥‥」
 と、青年医師は壱哉の耳元に口を寄せた。
「言ったでしょう?久しぶりに楽しませてもらう、と。中和剤の対価として、あなたには私を楽しませる義務ができたんですよ」
「‥‥っ」
 振り返って睨み付けるが、青年医師は冷たい笑みで答える。
「ほら、どうしたんですか?どうしてほしいのか言ってもらわないと、私は何もできません。早く出してしまって中和剤を入れないと、いつまでも吉岡さんを助けられませんよ?」
 青年医師は、壱哉に、自分から愛撫をねだる事を強いているのだ。
 一瞬、千切れそうな程唇を噛み締めた壱哉は、大きく息を吐いた。
「‥‥わか‥った。‥‥もっと‥‥もっと深く、かき回して‥‥‥」
 掠れた声で壱哉は言った。
 いくら壱哉でもこれは羞恥を伴って、頬に血が上るのを抑えられない。
「こうですか?」
 青年医師は、面白そうに指を深く差し込んだ。
「そ、う‥‥ぁ、そこ、それをもっと、指でこすって‥‥んっ、爪でも、強く‥‥‥」
 腰を振り、壱哉は自分から敏感なポイントを青年医師の指に触れさせた。
 屈辱と羞恥が、感じる刺激を何倍にも強くして、壱哉はすぐに昂ぶって行く。
 さっさと出してしまいたくて、壱哉は先走りを滲ませ始めたものに手を伸ばした。
 が、その手は扱く前にやんわりと押さえられてしまう。
「駄目じゃないですか、黙ってそんな事をしては。私を楽しませるんでしょう?」
 面白そうに見下ろして来る青年医師に、本気で殺意が湧く。
「‥‥っまえ、覚えていろ‥‥っ!」
 肩越しに睨みつけられるが、青年医師は器用に肩を竦めた。
「私は、今の快楽に従うだけですから。先の事は考えませんよ」
 平然といなされ、壱哉は唇を噛んだ。
 全ては、吉岡を助ける為。その為には、壱哉のこんな気持ちなどどうと言う事はない。
「‥‥擦らせて‥くれ‥‥たの、む‥‥‥」
 辛うじて搾り出された言葉に、しかし青年医師は首を振った。
「ダメですよ。あなたが自分でしてしまったらつまらないでしょう」
「‥‥っ、おまえ‥‥っ、あ、くうぅっ!」
 青年医師は別の手で壱哉の手を跳ね除け、既に硬くなっているものを強く握り込む。
 強く締め付けられるように扱き上げられ、壱哉は高い声を上げた。
 壱哉が体を震わせると、白い精が勢い良く迸る。
 荒い息に肩を上下させている壱哉の横顔は、うっすらと赤みを帯びていて酷く艶っぽい。
「つらそうですねぇ。あと二、三回は出してもらわなければならないんですが。やめますか?」
 そんな事は思ってもいない口調で、青年医師が言う。
「‥つづけて‥くれ‥っ、もっと、強く‥して、いい‥‥っ!」
「ほう?もっと酷くしていいんですね?」
「‥‥っ、そう、だ‥‥‥!」
 屈辱の為か、目を閉じて壱哉は呻いた。
「そうですか。それなら遠慮なく‥‥」
「うあ!あっ、ああ‥‥!」
 愛撫、と呼ぶには乱暴すぎる刺激に、壱哉は仰け反った。
 しかし拒絶は口にせず、身体を震わせながらも耐えている。
 その姿が、青年医師には意外だった。
 自分が仕掛けた事ではあるが、こんなにも従順な壱哉は初めてだ。
 壱哉は、吉岡の為ならば、自分のプライドを曲げる事も厭わないのか。
 判っていた事とは言え、胸の内を嫉妬と羨望がチリリと焼く。
「あっ、く、ううっ‥‥!」
 切なげな、しかし熱い壱哉の呻きに、青年医師は目を細めた。
 壱哉の中を抉り、熱いものを扱き上げる手が、つい乱暴できついものになってしまうのが自分でも抑えられなかった。
 ―――――――――
 結局、四回程立て続けにイかされて、壱哉はぐったりとソファに突っ伏していた。
 自分で擦る事は許されず、青年医師が手を休めれば続ける事をねだらされた。
 敏感な場所に爪を立てられ、握り潰さんばかりに強く刺激され、痛みと快楽とを同時に与えられて悶え狂わされた。
 もし、吉岡の事がなかったら、死んでも許したりしない行為だ。
 三回目に達した後に体内へ中和剤を入れられて、更に一度、イかされた。
 その余韻がまだ残っているのか、身体の奥には熱がチロチロと燃えている。
 荒い呼吸を整えながら蹲る壱哉を見下ろした青年医師は、襟ひとつ乱してはいない。
「必要量の倍以上入れましたから、このまま吉岡さんを抱けば大丈夫だと思いますよ。効果は私が保証します」
「‥‥お前だから信用できないんだろう」
 壱哉の嫌味を、青年医師はきっぱり黙殺した。
「あぁそれから言い忘れていました。その中和剤、晴彦さんの触手の体液と極めて似ていると言ったでしょう。ですから、結構強い催淫効果があります。勿論、半日もすれば効果は切れますが。そろそろ効いて来る頃だと思います」
「!!」
 怒鳴りつけようとした時、背筋をぞわりとしたものが走った。
 悪寒にも似たその感覚は、瞬く間に熱へと変わり、全身に広がって行く。
 立て続けに放って少し勢いをなくしていたものも、触れられてもいないのに硬く張り詰め、先走りを滲ませる。
「おまえ‥‥っ!」
 わざと今まで言わなかったのであろう青年医師の性格は承知しているつもりだったが、それでも怒りのあまり息が詰まりそうになる。
 叶う事なら一発殴ってやりたかったが、既に散々イかされ、益々熱を帯びて行く身体では不可能な話だ。
「では、邪魔者は失礼しますよ。今度はまた、敵同士になるのでしょうし。‥‥それでは、お大事に」
 嫌味ったらしい言葉と共に一礼し、青年医師は診察鞄を下げて出て行った。
「‥‥‥‥」
 大きく息を吐き、怒りを辛うじて押さえ込んだ壱哉は、のろのろと立ち上がった。
 媚薬の類を何度か経験している壱哉だが、その時とは比べ物にならない程、股間と身体の芯が熱く疼いている。
 だが、吉岡はこれと同じ、いや、下手をすればもっと強烈な感覚に身を焼かれているのだ。
 あの医師は、性格は捻じ曲がっているが腕は確かだ。
 彼が『効く』と言った中和剤なら間違いなく効くだろう。
 壱哉は、一度脱ぎ捨てたワイシャツを羽織った。
 激しい欲望と熱とに眩暈を起こしそうになりながら、吉岡のいる部屋に向かう。
 そっと扉を開けた壱哉は、唇を噛んだ。
「んんっ、く、ふっ‥‥」
 切なげに顔を歪め、吉岡は喘いでいた。
 ベッドの上に這いつくばり、大きく脚を開き、高々と腰を上げた姿勢で、股間のものを扱き上げている。
 それでも内から煽られる欲望には足りないのか、もう片方の手は体内に収められた張り型を掴み、激しく出し入れしていた。
 このままでは、本当に吉岡は狂ってしまうかも知れない。
 壱哉は、吉岡の側に歩み寄った。
「‥‥い‥ちや‥さま‥‥?」
 熱に浮かされ、朦朧とした瞳が壱哉を捉える。
「一人で我慢をするな、吉岡」
 壱哉は、ワイシャツを脱ぎ捨て、ベッドの傍らに膝をついた。
 そっと手を伸ばし、汗に濡れた吉岡の身体に触れる。
「っ、だ‥だめ、です‥‥っ!」
 恥じるように、吉岡は身を引いた。
「何が駄目なんだ。そんなお前をこれ以上見ていられない」
「しっ、しかし‥‥!」
 欲望に身を震わせながらも逃れようとする吉岡の身体を、壱哉は抱き寄せた。
 口ではどう言っていても、既にろくな力も残っていない吉岡は抵抗なく壱哉の腕に収まる。
「いいから。俺に任せろ」
 少しだけ強い口調で言うと、吉岡は身体の力を抜いた。
 宥めるように吉岡の背中に手を回した壱哉は、もう片方の手を下に伸ばした。
「‥‥んっ」
 差し込まれていた張り型を引き抜くと、吉岡の身体が大きく震えた。
「こんなものを使わないで、俺に言えばよかったんだ」
「そ、そんっ、な‥‥!」
 吉岡の顔に、快楽とは別の赤が昇り、壱哉は小さく笑う。
 そのまま体を入れ替えた壱哉は、ベッドの上に吉岡を押し倒すような格好になる。
「挿れるぞ」
「‥‥‥は‥い」
 中断された刺激にもう身体が疼いてしまっているのか、吉岡は熱い吐息と共に頷いた。
 吉岡の両脚を胸に引き付けさせるようにして、露わになった窄まりに壱哉は熱いものを当てた。
 既に張り型でかき回されていた部分は、さしたる抵抗もなく壱哉を飲み込んで行く。
「んっ‥あ、つ‥‥‥」
 吉岡が、眉を寄せて頭を振った。
 張り型などとは比べ物にならない熱と質量を持つものが体内に収まって行くのが判る。
 ゆっくりと腰を進め、根元まで収めた壱哉は、一度動きを止めた。
「あ‥いちやさまが、なか、に‥‥‥」
 むしろうっとりとした表情で、吉岡は呟いた。
「熱くて、気持ちいいぞ、お前の中は」
 壱哉は、吉岡の耳元に囁いた。
「そ‥んな、こと‥おっ‥らないでっ‥‥ぃ‥‥‥」
 途端に意識してしまって、吉岡の体内が反射的に収縮する。
「ほら、こんなに、締め付けて‥‥」
 やはり催淫剤の影響を受けている壱哉の呼吸は荒くなっていた。
「いいぞ‥‥もうっ、イきそうだ‥‥!」
 壱哉は、内壁を丹念に擦るように細かく出し入れを繰り返す。
「あぁっ、だ、めです‥‥っ!」
 何よりも大切な人のものが与えて来る刺激に、吉岡の頭は真っ白になった。
「出すぞ‥‥っ!」
 低く呻いて、壱哉は一際奥深くに突き入れた。
「あっ、あぁ‥‥!」
 身体の最奥に弾けた熱さに、吉岡は背中を反り返らせた。
 ほぼ同時に、熱くなっていたものから精が放たれる。
「あ‥‥‥」
 吉岡は、ぐったりと全身の力を抜いた。
 しかし、未だ身体中を暴れ回る薬の効果は、吉岡のものをまだ物足りなげに猛り立たせている。
「大丈夫か、吉岡‥‥」
 気遣うように、壱哉が吉岡の頬を撫でる。
 そんな風にされると、自分のものがまだ熱く猛っているのが酷く浅ましく、恥ずかしかった。
 目を伏せる吉岡に、壱哉は労わるような笑みを浮かべた。
「大丈夫なら‥‥今度は、動くから、な‥‥‥」
 壱哉は、吉岡の足を抱えるようにしてゆっくりと動き始めた。
 さっきとは違い、抜き出す直前まで引いてから大きく突き上げて来るような動き。
 一瞬、晴彦に犯された時の事が脳裏をよぎる。
 しかし、壱哉の動きはあんな風に苛むような、貪るようなものではない。
 いや、逆に、突き上げられる度に熱い感覚が全身へと広がって行く。
 それは薬物で無理矢理引きずり上げられるような熱ではなくて、全身が痺れるような、気が遠くなりそうな甘い快感だった。
「ふっ、あ、いちや‥さま‥‥」
 突き上げられて揺れる身体が酷く頼りなくて、吉岡は支えを求めるように壱哉の肩に手を掛けた。
 小さく笑った壱哉は、その手を自分の背中に回させる。
 お互いの、燃え上がるような熱を感じるうち、二人はまたすぐに限界を迎えた。
「んぁ‥‥!」
 再び、身体の奥に熱い滾りが放たれる。
 最愛の人の精を体内に受け止めていると、その熱が、何度も触手に陵辱され、大量の体液を放たれた感覚を忘れさせてくれるようだ。
 壱哉は、まだ勢いを失う事なく、動き始めていた。吉岡のものも、これだけ放ってもまだ物足りないように天を仰いでいる。
 こんな形とは言え、壱哉とこうして身体を繋いでいる事が、吉岡にはまだ少し信じられなかった。
 有り得ないと思っていた壱哉との行為をいざ手にして、吉岡は逆に怖くなる。 
 もしかして、自分はまだ触手達に陵辱されていて、半ば狂いかけている頭がこうして、望む幻を生み出しているのかも知れない。
 そんなつまらない考えが頭を横切る。
 しかし、それはしっかり顔に出てしまっていたようだ。
「吉岡‥‥俺は、ここにいるぞ」
 壱哉が、身体を繋いだまま、強く抱き締めてくれる。
 耳元を擽る吐息と優しい声が、自分と同じくらい熱くなっている肌が、確かな実感を持って伝わって来た。
 現実なのだ、これは。
 そう心に呟くと、涙が出そうな嬉しさがこみ上げる。
「壱哉様‥‥」
 その背中に回した腕に、吉岡は力をこめた。
 小さく笑った壱哉が、そっと唇を合わせて来た。
 最初は触れるような、しかしすぐに身体の内からの欲望に促され、狂おしげに貪り合う。
 深くまで舌を絡め合い、同じ唾液を口にしていると、それだけで股間のものがどんどん張り詰めて行くのが判る。
「んっ、ふ‥‥」
「んんっ‥‥!」
 固く抱き合い、舌を絡め合いながら、吉岡と壱哉は同時に達した。
「ふ‥は‥‥」
 壱哉がやっと唇を離すと、二人の舌が一瞬透明な糸で結ばれる。
 半開きになった唇は濡れ光り、その端から唾液の糸を引いている様子が酷く淫らに見える。
「きれいだ‥‥吉岡‥‥‥」
「そん、な‥‥壱哉‥さま‥‥‥」
 再び突き上げられ、吉岡は甘い声を上げて仰け反った。
 気が遠くなりそうな程甘い快楽に身を委ねながら、吉岡は壱哉の行為に身を任せた。


 何度か壱哉の精を受け止めて、ようやく薬の効果も消え、吉岡は気絶するように眠ってしまった。
 目を覚ました時、吉岡は、裸のままながら、自分の身体が綺麗に拭われているのに気付く。
 汚れたシーツもいつの間にか取り替えられていた。ベッドの縁の辺りのシーツの処理が上手く出来なかったのか、強引に押し込まれているのが壱哉らしい気がした。
 だが、それ以上に。
「いっ、壱哉様?!」
 何故か壱哉が、こちらも裸のまま、隣りに眠っていたのだ。
「ん‥‥あぁ吉岡、起きたのか」
 うとうとしていたのか、壱哉はややぼんやりとした目を開いた。
「あ、あの‥‥どうしてここに?」
「眠かったからだ。今更部屋に戻るのも面倒だしな」
 まるで子どものような答えに、吉岡は頭痛を覚えた。
「お前、もう起きられるのか?身体はまだ無理じゃないのか?」
「あ‥‥はい、まだちょっと‥‥‥」
 かなりの時間眠っていたようだが、催淫剤によって身体の限界以上に苛まれ続けた為か、まだ身体が重く、動く気にはなれなかった。
 すると壱哉は、小さく笑って、寝返りを打つと上掛けを引き上げる。
 これは、壱哉もこのままここで寝ると言う事なのだろうか?
「あの、壱哉様?」
「なんだ‥‥お前もさっさと寝ろ」
 当然のように言われ、吉岡はため息をついた。何となく反論しづらい雰囲気だった。
 言われるまま、布団に潜り込む。
「い、壱哉様!」
 わざと少し距離を置いたのに、壱哉は吉岡の身体を引き寄せる。
「こっちの方があたたかいだろう」
 密着した肌から壱哉の温もりが伝わって来て、吉岡は複雑な気持ちになる。
「お前の肌‥‥すべすべしていて、気持ちがいい」
「‥‥‥‥‥」
 こんな事を言われて、どう反応すればいいのだろう。
 捕らえられ、あんな醜態をさらしてしまった事とか、成り行きとは言え、壱哉に抱かれてしまった事とか、あの行為が本当は自分が望んでいた事だったのだとか‥‥色々言わなければならない事が全て吹き飛んでしまったような気がする。
 思わず、深いため息をついてしまった吉岡は、じっと見詰めていた壱哉が小さく笑ったのに気付く。
「‥‥なんですか‥‥‥?」
 けげんそうな吉岡の言葉に、壱哉は少しだけ悪戯っぽい顔になった。
「いや。そんな顔を見ると、可愛いと思ってな」
「は‥‥?」
 吉岡の頭は真っ白になった。
「三十過ぎの男をつかまえて、それは‥‥‥」
「年齢なんか関係あるか」
 壱哉はそう言って、吉岡の身体を抱き締めるようにしながら目を閉じる。
「‥‥‥‥‥」
 密着した肌がとても暖かくて、何故か心が落ち着いた。
 嬉しい気持ちと、流されてしまった戸惑いとにもう一度ため息をつく。
 目を覚ましたら壱哉に何と言おう‥‥‥そう思いながら、吉岡は睡魔に促されるまま、目を閉じた。


END

BACK


警告へ戻る


え、えーと。‥‥‥おまけ(はるちゃんと青年医師)なんか読みます?
すいません、やっぱり私には壱哉様×吉岡は無理です(涙)。そして多分攻め秘書はもっと無理だ‥‥。書いても書いても終わらなくて、どーしようかと思いましたよ。こんだけの長さになってしまったと言うのに、壱哉×吉岡がたったこれだけ‥‥。秘書Fanの方、怒らないでくださいね(土下座)。
なんか、向こう一年間分の秘書を書いたような心持ちです。表の奴も含め、ほぼ初書き(しかも実質1週間もなかった)なのにこんな話‥‥。ちょっぴり自己嫌悪してたり。