リバーシブル


「‥‥‥あんた、一体どっちの味方なんだよ?」
 憮然とした顔で見上げられ、青年医師は訊き返すように眉を上げた。
「壱哉に手を貸して、啓一郎に使った薬の中和剤を渡したろう。あのまんま放っておけば、啓一郎は狂うか、俺に屈するしかなかったってのに!」
 晴彦の口調に、青年医師は、つい、子どもが親に拗ねて見せる様子を思い出してしまう。
「あぁ、それは失礼しました。まさかあなたが吉岡さんにあの触手を使ったとは思わなかったもので」
 いけしゃあしゃあと答える青年医師に、晴彦は呆れた。
「何を白々しい事を‥‥あの薬を持ってるのは、あんたと俺だけだろ?あんたが使わなければ俺しかいねえだろうが」
 子どものような膨れっ面をする晴彦だが、こんな表情を見せるのは青年医師の前でだけだ。
 もし彼の下にいる助手(兼愛人)達がこんな顔を見たら、その意外さに驚くに違いない。
 自分一人が見る事の出来る貴重な表情を少しだけ可愛く感じつつ、青年医師は晴彦の頬に手を伸ばした。
 茶色い、カサついた髪をそっと指で梳く。もう少し手入れをすれぱ綺麗になるのにといつも思うが、これはこれで晴彦らしいとも思う。
「あなたの不満もわかりますが‥‥寝物語には少々不向きなのではありませんか?」
 そう、二人は今まで、久しぶりの逢瀬を楽しんだばかりだった。
 あんな事をして置いて平然と現れた青年医師を、晴彦はいつになく執拗に責め立てた。
 しかし青年医師は、苛むような晴彦の行為も、逆にいつもと違う雰囲気だと楽しんでいるようだった。
 その余裕が晴彦には余計面白くない。
「うるせーよ。そもそもあんたが悪いんだ」
 憮然として、晴彦は枕に突っ伏す。
 そんな晴彦に、青年医師は苦笑した。
「あなただって、私に内緒で吉岡さんに手を出したではありませんか?」
「あ‥‥あれは、あいつが偶然罠に飛び込んで来たから‥‥‥」
「ではもし、黒崎さんが助けに行かなかったとしたら、或いは黒崎さんもろとも捕らえる事ができたとしたら、どうしていたんです?私を呼んだりはしなかったでしょう?」
 図星を差され、晴彦は黙り込む。
 要するに青年医師は、自分の知らない場所で行われた事にまで手を貸す義理はない、と言いたいのだろう。
「つまり、啓一郎を捕まえた時にあんたが一緒だったら邪魔しなかった、って訳なんだな?」
「‥‥‥まぁ、そう言う言い方もできますね。私も吉岡さんには興味がありますし」
 素直ではない言葉で認める青年医師に、晴彦はため息をついた。
 今更ながら、何を考えているのか判らない奴だと思う。
「ふふ‥‥呼んでくれれば、もっと特殊な効果のある薬を持参したのに。残念です」
 青年医師は、含み笑いながら半身を起こすと、晴彦の上に覆い被さるようにしてうなじに唇を寄せた。
「おいっ、なに‥‥!」
 身体を起こそうにも、人体の構造を知り尽くした青年医師に押さえ込まれては動けない。
 うなじから首筋、背中をゆっくりと舌と唇で愛撫され、晴彦は息を飲む。
「あなたは結構早いですからねぇ。今度は私の番ですよ」
「人聞きの悪い事言うんじゃねえっ!」
 別に晴彦はそんなに早い方ではない。いや、自慢ではないが結構長持ちする方だと思う。
 そもそも、青年医師の方がテクニシャンすぎる。
 さっきだって、責め立てているつもりがいつの間にかペースに乗せられていて、淫らな言葉を囁いて来る彼に我を忘れてのめり込んでしまったのだ。
 この医師は、抱かれる時には娼婦も裸足で逃げ出す程淫らな声を上げ、あられもない姿をさらし、自ら進んで淫猥な行為に耽る。
 それなのに一度身体を離せば、何一つなかったかのように冷たい表情に戻るのだ。
 そのギャップが面白くて、少し怖かった。
 彼にとっては、自分以外のものは全部同じに見えているのかもしれない、そんな事を思う時がある。
 西條も、肌を合わせる晴彦や壱哉も、何人か囲っている愛人も、病院を訪れる患者も、実験動物も、彼にとっては全部同じような価値しかないのかもしれない。
 そんな事を思う程、彼の瞳は冷たい色をしている。
「‥‥何を考えているんです?」
 見透かしたように、青年医師が囁いて来る。
 しかしその手は、休みなく晴彦の身体を弄って性感を煽り立てている。
「‥‥‥なんでもねえ!」
「おや、そうですか」
 笑いを含んだ口調が更に面白くない。
 この医師は、もしかして人間の心が読めるのではないかとも思う。
「セックスをしている相手が上の空、と言うのはつまらないですからねぇ」
「っ、うあ‥っ!」
 いきなり、体内に指が突き入れられ、晴彦は仰け反った。
「あっ、もう少し、遠慮しろ‥っ!俺はあんたと違って、そっちは苦手なんだ!」
 何となく青年医師と肌を合わせるようになって、何の弾みか、晴彦は初めて受ける側になってしまった。
 今でも、彼を抱くのと抱かれるのとは半々程度の割合だった。
「苦手なものは克服しておかなければねぇ?それなら、たっぷり慣らしてあげますよ」
「ば‥かやろ‥‥っ!」
 的確にポイントを刺激され、行為の直後の身体は嫌が応にも昂ぶって行く。
「さ‥‥力を抜いてください」
「うっ、あ、あぁ!」
 後ろから、熱いものが体内に押し入って来て、晴彦は掠れた声を上げた。
 他者を抱くのとは全く違った感覚。
 自分を『抱く』事など、誰にも許した事はない。そう――この医師以外には。
 プライドを軋ませる行為のはずなのに、この医師に対してだけはそんなに嫌だと感じなかった。
 体内に収められたものが、大きく動き始める。
 痛みと、それ以上に強烈な快感に理性が飛びそうになる。
 自分は、結構この医師に心を許しているのかも知れない。
 そんな事を思いながら、晴彦は青年医師の行為に身を任せた。
 ―――――――――
「‥‥‥あんた、ほんっとうに元気だな」
 最早起き上がる力もなく、晴彦はベッドに突っ伏していた。
 その傍らの椅子に腰掛け、青年医師はバスローブ姿で、涼しい顔で端末などを操作している。
「あなたの鍛え方が足りないんですよ」
「俺が普通なんだよ!あんた、まるで絶倫オヤジみてぇだ」
「それはちょっと‥‥‥」
 さすがにこの形容は嫌なのか、青年医師は顔を顰めた。
「うっせえ、あんたにゃそれで充分だ!」
 枕を抱えて拗ねる晴彦は、まるで子どもがダダをこねているかのようだ。
 頭も良く、普段は大人すぎる程大人なのに、時折、ガキ大将のような子どもっぽさを見せる彼が、青年医師は嫌いではなかった。
「今度は私も手伝いますから。その呼び方はやめてもらえますか」
「手伝う、だと?」
 寝転んだまま、晴彦が青年医師を見上げて来た。
「えぇ。淫らに乱れた吉岡さんを見られませんでしたから、見てみたいですし。それから、山口さんはあなた好みでしょう」
「あぁ、あのメガネか」
「結構しぶといですよ、彼は?吉岡さん以上かもしれません」
 青年医師の言葉に、晴彦は低く笑った。
「ふーん。なら、いたぶりがいがあるな」
「いくつか、面白い効果の薬も出来ましたから。楽しめると思いますよ」
「ふふ‥‥面白そうだな」
 晴彦と青年医師は、共犯者の笑いを交わした―――。


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なんか、はるちゃんがただのガキになってしまった‥‥ただ読んでると、まるで中坊?良くてちょっと背伸びしてる高校生みたいです(涙)。難しいよう。
えっと。別に、青年医師は壱哉様に手を貸したからと言って、はるちゃんと仲悪い訳じゃないんですよー、と言う事で強引にくっつけたオマケなので、ヤってるシーンは少ない上に投げやりな書き方です(いばるな)。そのうち、みっちりねっとり書いてみたいです。本当にリバーシブルで。
自分で書いておいて何ですが、(青年医師+はるちゃん)×吉岡の超鬼畜な3Pとか良いなと思ってしまいました。吉岡は樋口とかと違って簡単に壊れない感じですし。あと、はるちゃんに力いっぱい山口さんをいたぶってもらいたいかも。読みたいなぁ(爆)。