超戦隊
魔女っ子ふぁいぶ
<第五話>
『新生!魔女っ子ふぁいぶ!!(前編)


 魔女っ子ぶらっく・壱哉の活躍によって、ぴんく、ぐりーん、れっどは、敵のマッドドクター青年医師の魔の手から逃れる事が出来た。
「‥‥こうまでナメられて引き下がっては俺のメンツにかかわる。必ず、あいつらに思い知らせてやるぞ!」
 壱哉は、どこか遠くを睨み据えながら高々と宣言した。
「あのー、それって悪役のセリフじゃあ‥‥」
 口を挟んだ樋口を、壱哉はじろりと睨み付けた。
「言ったろう。俺のやる事が正義なんだ!」
 ここまで臆面もなく言われると、いっそサワヤカである。
「‥‥‥なんか、黒崎さん怒ってるみたいなんだけど?」
「多分、この前の事が面白くなかったんだと思うよ」
 樋口の後ろでこそこそと囁き合う新と山口である。
「黒崎くん、なんか僕達をすっかり自分のものだと思ってるみたいだからねー」
 あはは、と笑う山口は別の意味で只者ではない。
「その状況に馴染んでる俺達って‥‥‥」
 新は、密かに深いため息をついた。
 この恥ずかしいチャイナ服も抵抗なく着られるようになってしまった自分にちょっぴり自己嫌悪を感じる。
「壱哉様、例のザコ三人が町に現れました。派手に相手を脅しつけている所を見ると、まず間違いなく罠だと思われます」
 工作員からの連絡に、吉岡が壱哉を振り返る。
「ふん、小賢しい真似を‥‥‥」
 薄く笑った壱哉の表情は、悪役そのものだった。
「罠を仕掛けていると言うなら、飛び込んでやろうじゃないか。あいつらを、今度こそ徹底的に叩きのめしてやる!」
 拳を握り締め、壱哉は高々と宣言した。


「借金が返せねえんなら、身体で返してもらおうか!」
 もういい加減にしろ、と言いたくなる程同じ台詞で、松竹梅が債権者を脅しつけている。
 その相手が見目麗しい青年なのを見れば、あからさまに罠だと判る。
「そこまでだ!」
 これまたしつこい程に割り込んで来た声に松竹梅は振り返る。
 その顔面に、黄色い薔薇の鉢植え、モップ&水の入ったバケツ、凄まじいスピードの野球ボールが命中した。
「げっ」
「むぎゅ‥‥」
「‥‥‥」
 松竹梅は、情けない声を上げて一撃の下に潰れた。
 いくらザコとは言え、悲しい程の弱さである。
「ふっ、見たか!」
 樋口が、浸りきった表情で格好をつける。
 その直後。
「うわ‥‥!」
 お約束の白煙を上げ、彼らの周りに敵の攻撃が着弾する。
「出て来ましたね」
「まんまとおびき出されおったな」
 今度はいきなり出現したビルの上から、眩しい太陽を背負って青年医師と西條が姿を現す。
「か、かっこいい‥‥‥」
 思わず見惚れている樋口に、新が呆れた顔をした。
「ふん。こっちも、いい加減その顔は見飽きたんだ。ここらで決着をつけてやる」
 薄笑いさえ浮かべて見上げる壱哉の台詞は、どっちが悪役か判らない。
「それは、私達のセリフですよ」
「大口を叩いた事、後悔するなよ」
 西條が、軽く手を上げた。
 すると、壱哉達の前にスーツ姿やいかにも無職の遊び人風の者達が現れる。
「く‥‥っ!」
 それらを認めた壱哉の表情が歪む。
 この夥しい人間達は、見境いのない西條が作った妾腹の子や、一族の中でもあまり使い物にならない連中だった。
 西條の威光を笠に着る事と、逆恨みと姑息な裏工作だけが取り得の役立たずな連中である。
 直接的な攻撃力こそないものの、この人数を相手にしたら壱哉の忍耐と精神力はすぐに尽きてしまうだろう。
 これこそ、西條の恐るべき精神攻撃であった。
「壱哉様、ここは私が!」
 吉岡が、決死の表情で前に出た。
 その吉岡に、見るからに軽薄そうな男が歩み寄る。
 時折マンションを訪ねて来ては本家の威光を振りかざしてつまらない話を喋りまくり、壱哉に忍耐力の限界に挑戦させる男である。
「黒崎くんに会いたいんだけど?」
「申し訳ありません、ただいま多忙で手が離せませんのでお取次ぎできません。またおいでください」
 吉岡が、眉ひとつ動かさずに答え、行く手を遮るように立ち塞がる。
 これぞ吉岡の基本的必殺技、『門前払い』である!

《『門前払い』とは、ぶるー・吉岡の最も基本的な必殺技のひとつである!『秘書』と呼ばれる職業で身につける事が出来る基本的スキルであるが、当人の資質と日頃の修行によってその威力には雲泥の差があるのだ!この技は、極めれば、丁寧な言葉で相手の攻撃を全て跳ね返しつつ、隙のない身のこなしで敵を一歩も近付けない、正に究極の防御技なのである!》

「ボクは、本家の者だよ?それを通さないのかい?」
「ですから、ただいま総帥の命によるプロジェクトで手が離せないのです。総帥直々に事業の遅れを許可していただけるならば別ですが。そうでなければ、事前にアポイントを取ってからおいでください」
「そんな固い事を‥‥‥」
 男はへらへらと笑ったまま、強引に進もうとする。
「失礼いたします」
 言い様、吉岡が動いた。
「うわっ?!」
 男は、自分がどうされたのかも判らなかったに違いない。
 派手に投げ飛ばされた男は、じりじりと近付いて来る男達の数人を巻き込んで地面に叩き付けられる。
 だが、吉岡に休む暇はなかった。
「申し訳ありません、ただいまどうしても手が離せませんので‥‥‥」
「現在、別のビルの視察に回っておりますので‥‥‥」
 近付いて来る敵を、吉岡は次々と撃退して行く。
 渋る相手を口で丸め込み、それでも納得しない相手は実力で排除する。
「さすがですねぇ。あの黒崎さんの秘書を務めているだけあります」
「ふむ‥‥確かに、これ程のものとはな」
 高みの見物をしている青年医師と西條が、吉岡の手際に感心している。
 並み居る敵を全て撃退し、吉岡は息をついた。
 その横顔には、隠し切れない疲労の色が見て取れる。
 何十人もの敵を全て一人で排除したのだから、いくら吉岡と言えども、相当な負担だった事だろう。
「大変だったな、吉岡」
「いえ‥‥大丈夫です」
 壱哉のねぎらいの言葉に、吉岡は頭を下げた。
「ふっ、見事な腕です。今度は、私から行きますよ」
 青年医師が、後ろを振り返った。
「奥様方、お願いします」
 妙に低姿勢な言葉を受けて姿を現したのは、奥様と言うよりは『おばちゃん』の集団だった。
「まかせなさいよォ、先生の頼みだったらアタシ、なんでも聞いちゃうから」
 文字通り太いビヤ樽体型の一人が、贅肉を揺らしながらシナを作る。
「その代わり、今度診察室でゆっくりおハナシ、聞いてちょうだいね?」
 そこそこの体型ではあるものの、宝塚メイクを思わせるような厚化粧でどぎつい香水の香りを振り撒いている女性が凄絶な流し目を送って来る。
「それに、こんなに格好いい男性ばかりなら、嬉しいお仕事ですわネェ」
 ブランドのロゴの入ったスーツから指輪、靴、バッグで武装した、目が痛くなるような女性が壱哉達の方を見て目を細めた。
「は、はい、もちろんですよ。よろしくお願いします」
 心なしか引きつった顔で、それでも必死の笑顔を作って見せる青年医師である。
「くっ、貴様、勝つためにはそこまでやるのか‥‥‥」
 壱哉が青ざめた顔で呻いた。
 人気のある開業医を営んでいる青年医師は、当人の性癖とは裏腹に女性のファンが多い。いい金ヅルである彼女達を邪険に扱う訳にも行かず、不本意ながら相手を強いられているのだ。
 だからこそ、今回は壱哉への嫌がらせの為だけに彼女達を連れて来たのだろう。
「何とでも言ってください。あなたにも私の苦労を少しは知って欲しいですから」
 目的を激しく取り違えている気がするが、吉岡のおかげで女など寄せ付けもしていない壱哉を恨めしく思うのは無理ないかもしれない。
「い、壱哉様!」
 吉岡が叫ぶが、さっきの戦いのダメージがまだ回復しておらず、動けない。
 その隙を突いて、おばちゃん達が壱哉を取り囲む。
「あら、近くで見るとほんとにハンサムだわぁ」
「若いコっておハダも綺麗だわねぇ。お手入れとかしてるの?」
「あなた、その若さで社長さんですって?すごいわぁ」
「ね、あなた独身?いいコがいるのよぉ、アタシの妹なんだけどね、アタシに似て美人で‥‥」
「んまっ、ずうずうしい!あなたの妹ってもう40過ぎてるじゃないの?うちの姪は‥‥」
 口々に勝手な事をまくし立てるおばちゃん達のスーパーサラウンド攻撃に、壱哉は声も出ずに硬直している。
 このままでは、壱哉は思考が止まったまま再起不能になってしまう。
「黒崎!」
 動いたのは樋口だった。
 その中の一人に目を留め、樋口が親しげな笑みを浮かべる。
「あれ、豆腐屋のおばちゃん。どうしたの?」
 恰幅の良い、いかにも肝っ玉母さん風の女性が振り返る。
「あらいやだ、崇文ちゃんじゃないの?あんたこそどうしたのそのカッコ?」
「あ、これは‥‥‥」
 どう答えようか、真っ赤になっている樋口に、おばちゃんはニンマリと笑った。
「わかってるわよ、『こすぷれ』って言うやつでしょ?しばらくお店にいないと思ったら、こんなバイトしてたのね?」
「えっと、まぁ、そんなとこかな‥‥‥」
 頭をかいた樋口は、どこからともなく抱えるような薔薇の花束を引っ張り出した。
「ここで会ったのも何かの縁だし、今日はおばちゃんにプレゼントするよ。‥‥他の奥さんもどうですか?」
 にっこり、と樋口は満面の笑みを湛えた。
 これぞ樋口の必殺技、『スマイル0円』である!

《『スマイル0円』とは、れっど・樋口の強力な必殺技である!生来の人懐っこくお人好しな顔立ちに加え、『毎日の接客』と言うたゆまぬ努力によって磨き上げられた強力な技であり、一度向けられればどんな相手であろうとも戦闘力を奪う威力を持っているのだ!勿論金などかからない安上がりの技である為、どんなに借金で首が回らなくても惜しみなく使う事が出来、しかも買い物でおまけをつけてもらえるなど、平和な生活の中にも応用が利く便利な技でもあるのだ!》

「あらぁ‥‥でも、こんなにいっぱいのバラ、お高いんでしょ?」
 厚化粧の女性が上目遣いに樋口の顔を見上げる。
「普通はそれなりの値段ですけど‥‥今日はサービスですよ!」
 にっこり。
 屈託のない笑顔に、女性はふらふらと手を出して花束を受け取る。
「まぁ、ホント?!」
 小太りの女性が、ひったくるように花束を樋口の手から奪う。
「えぇ。今日だけですけどね」
 にっこり。
「この薔薇達も、皆さんのように花が好きな優しい女性にもらっていただれば、きっと喜ぶと思います」
 満面の笑顔と共に差し出された花束を受け取った女性達は、喜んで、しかしそそくさと立ち去ってしまう。
「今後も『樋口花壇』をごひいきにー!」
 最後まで営業スマイルで頭を下げる樋口である。
「黒崎、大丈夫か?」
 笑顔を消し、樋口は気遣わしげに壱哉の身体を支えた。
「あぁ‥すまん。助かった」
 余程この攻撃はこたえたのか、壱哉は素直に礼を言う。
「く‥‥どうやら、あなたたちを見くびっていたようですね‥‥‥!」
 青年医師が汗を浮かべて呻いた。
 営業用とは言え、樋口の満面の笑みにかなりのダメージを受けてしまったらしい。
 何しろ、同級生だった事を差し引いても、壱哉すら戦意を奪われそうになった強力な技なのだ。
 壱哉を凌駕するような捻じ曲がった根性を持った青年医師にこそ、大きなダメージを与えていた。
「樋口くん、営業にほしいかも‥‥‥」
 顎に手を当て、つい人事の事など考えてしまう山口である。
「‥‥‥‥‥」
 山口と同じ感想を抱きつつ、心は全く別の思いに駆られ、拳を握り締める吉岡である。
「フン、口ほどにもない。‥‥やはり、ワシが自ら手を下さねばならんか」
 鼻を鳴らした西條は、薄笑いを浮かべて壱哉を見下ろした。
「貴様がいくら嫌おうと、ワシは貴様の父親だからな?貴様の弱点など知り尽くしておるわ」
 支配する者の目で見下ろしてくる西條を、壱哉は睨み付けた。
「言っておくが、『伊豆の別荘』を使うつもりなら無駄だぞ。確かにあの記憶は不愉快だが、かえって貴様への憎しみをかき立ててくれるからな」
 しかし、西條は馬鹿にするように笑った。
「まだまだ青いな、壱哉。ワシが、そんなわかりきった技を使うと思うか?」
「なに‥‥?」
 西條は、壱哉を見下ろしたまま左手を横に伸ばした。
 と、どこからともなく現れた男が、西條の手に大きな本のようなものを手渡す。
 吉岡孝一――西條の懐刀と言われ、常に影のように付き従っている男であり、壱哉が最も信頼するぶるー・吉岡の実の父親である。
 金色の上質な布で装丁されたそれは、本と言うには正方形に近い大型な物であった。
「そ‥‥それは、まさか‥‥!」
 青ざめた壱哉の顔に汗が浮かぶ。
「わかったようだな?そうだ、これは貴様が小さい頃のアルバムよ!」
「馬鹿な‥‥貴様が、そんなものを持っているわけが‥‥‥!」
 壱哉の声は、僅かに震えていた。
「貴様が生まれてから、綾子が律儀に写真を撮って送って来ていたのだ。それに、綾子に付けていた調査員からの報告写真もある」
 西條がそれをまとめて保存するとは思えないから、アルバムにしたのはきっと吉岡孝一なのだろう。
 しかしそれは、現状には何の救いにもならない。
「何かの役に立つかと保管させていたのが、こんな時に使えるとはな?綾子に感謝せねばならん」
 楽しげに笑い、西條はアルバムを開いた。
「フフ‥‥貴様も、小さい頃には普通の子どものように可愛げのある顔をしていたようだな」
「えっ、黒崎の赤ちゃんの頃?!」
 樋口が思わず動きを止める。壱哉の後ろに控えていた吉岡も同様である。
「えーい、まともに聞くな!気にするなっ!」
 壱哉が、ヤケのように声を上げた。
 そんな壱哉の反応に、西條は楽しげにアルバムをめくった。
「ほう、これは珍しく菓子などもらってそこら中汚して食べている所か。こっちは寝小便をして綾子に怒られている所だな。クク‥‥これはまた、格好をつけてテレビのヒーローの真似事か」
「いっ、言うな!説明するなっっ!」
 壱哉は、耳まで真っ赤になって悲鳴に近い声を上げた。
 そもそもそんな小さい頃の事など覚えていない。
 しかし、写真と言う確実な証拠がある以上、それは確かに起こった事であり、今の自分からすれば居ても立ってもいられないくらい恥ずかしい事だ。
 西條は、そんな壱哉を見下ろしつつ攻撃の手を休めない。
「大きくなって来ると小憎らしい顔になってくるようだが‥‥七五三やクリスマス、綾子が祝いたがる行事は無下にできなかったようだな。晴れ着を着せられたり、プレゼントを持たされたりして居心地悪そうにしておるわ!」
 西條が実に楽しそうに笑う。
「くっ‥‥西條‥‥!」
 壱哉が汗を浮かべて呻く。
 正にこれは、『肉親』であり、『アルバム』と言う証拠物件を持っている者のみが使う事の出来る、実に強力な精神攻撃であった!
「そしてこれは‥‥入学式か。ほほぅ、修学旅行で寝顔を撮られるとは未熟な奴め」
「えぇっ、あの写真まであるのか?!」
 思わず樋口が声を上げる。
―――そのアルバム‥‥ほっ、ほしい!!
 壱哉の赤ん坊時代から、あの修学旅行の時の写真まで載っているアルバムなら、一億や二億借金をしても手に入れたい。
 ついそんな事を考えてしまった樋口である。
 そして吉岡もまた、大きなダメージによろめく壱哉に手を貸すのも忘れて立ち竦んでいた。
 よもや、西條の家にそんな秘蔵のアルバムがあろうとは。
 もし知っていれば、たとえ父の不興を買ったとしても持ち出していたのに。
 もっと父の言動をよく見ておけば気付けたかもしれないのに、と臍を噛む吉岡であった。
「ふむ、こんなにも面白いものをワシ一人で眺めるのも勿体無い。増し刷りして売りさばくか」
「え‥‥‥」
「あ、ほし‥‥‥」
「当然、私はいただけるのでしょうね!?」
 不意打ちを食らった吉岡と樋口の声を青年医師の言葉がかき消した。
「目の保養になり、なおかつ黒崎さんの弱みを握れる夢のようなアイテムを私が持たずして誰が持つと言うんですか!」
 青年医師は、いつになく興奮した様子で言った。
「さっ、西條‥‥っ!」
 壱哉は既に悶絶寸前である。
「そうと決まれば一気に行きますよ!」
 もうすっかりアルバムを手に入れた気持ちになっているのか、青年医師が高々と手を上げた。
 すると。
「ふ‥‥待ちくたびれた」
 青年医師の後ろから、五つの人影が現れた。
「なっ‥‥?!」
 樋口が驚愕に目を見開いた。
 壱哉や、他の三人も同様だ。
 姿を現したのは、壱哉を始め、彼ら魔女っ子達と寸分違わぬ姿、服装をした五人だったのだ。
「驚きましたか?いわゆる、クローン技術と言うものですよ。私の手にかかれば、こんなものです」
 青年医師が低く笑った。
 と、クローン壱哉が軽く地を蹴った。
 それを合図にしたかのように、クローン達は次々と壱哉達の前に降り立った。
「くっ‥‥でも、偽者は偽者だろう!」
 樋口の手から、薔薇の蔓にも似た鞭が走った。
「どうかな?お前の方が偽者かもしれないだろ?」
 寸分違わぬ口調と声、そして全く同じ軌跡を描いた鞭が樋口のそれを弾き返した。
「そ、そんな‥‥‥」
 呆然とする樋口に、クローン樋口は薄く笑う。
「あぁそれから、彼らを作る時、あなた方の戦闘データを分析して強化してあります。ですから彼らは、全てにおいてあなた方を上回る能力を持っているのですよ」
 眼鏡を軽く指で押し上げ、青年医師は楽しそうに付け加えた。
「そんなの、信じられっかよ!」
 新が叫んで、魔法のステッキを振りかぶって走った。
 持ち主の意思を感じ取ったステッキは、使い慣れた長いモップに姿を変える。
 が、しかし。
「?!」
 そっくり同じモップを持ったクローン新が鋭い攻撃をまともに阻んでいた。
 にやり、と笑った顔が、どこか邪悪なものを窺わせる。
「言ったでしょう?このクローン達は強化してある、と。あなた方には絶対に勝ち目はないんですよ」
「そう――おとなしく、倒されるんだな!」
 クローン壱哉が手を振った、すると指も切れるような大量の一万円札が、嵐のように五人に襲い掛かる。
「うわ‥‥!」
 つむじ風のように渦を巻く万札に反撃どころではない、身を守るので精一杯である。
「くっ‥そ‥‥!」
 呻いて、壱哉が片膝をついた。
 今までの戦いでのダメージで、最早立っている事も辛いのだ。
「壱哉様!」
 慌てて、吉岡が壱哉の身体を支える。
「壱哉様‥‥そう言えば、近頃オムレツをお作りしていませんでしたね」
 吉岡の言葉に、壱哉は苦笑した。
「そうだな。――久しぶりに、つくってくれるか?」
「はい!」
 吉岡が頷くと、何故かその場は高級感溢れるキッチンになる。
 これぞ吉岡の必殺技、『オムレツ』である!

《『オムレツ』とは、ぶるー・吉岡の強力な必殺技である!対象が壱哉のみであるのが難点ではあるが、肉体的、精神的なあらゆるダメージから完全回復する事が出来る凄まじい効果を持つのだ!しかも、この技が発動している間は、壱哉と吉岡の周りに特殊なフィールドが形成され、あらゆる攻撃を跳ね返す、正に究極の回復技なのである!》

 どこからともなく取り出したエプロンをつけてキッチンに向かう吉岡を、壱哉は楽しそうに眺めている。
 それは、どこか『新婚』と言う特殊現象を思い起こさせる光景であった。
 勿論、彼らの周りでは樋口達とクローン達の死闘が繰り広げられている。
 しかし、『二人きり』と言う特殊なフィールドでガードされている彼らには、攻撃はおろか雑音ひとつ届かない。
「できました、壱哉様。熱いうちにお召し上がりください」
「あぁ」
 壱哉は嬉しそうに頷いた。
「俺にとってのオムレツは、お前が作ったものだからな。これを食べたら、店のものなんか食えなくなる」
「‥‥ありがとうございます」
 手放しの賛辞に、吉岡は僅かに赤くなって俯いた。
「そうだ、お前にやるものがある」
 と、壱哉はどこからともなく苺のパックを取り出した。
「壱哉様、これは‥‥‥」
「お前にやろうと思って取り寄せさせた。季節外れだが、しっかり肥培管理をして味の濃い上物だぞ」
 そう、これは『オムレツ』と同等の効果をもつ壱哉の必殺技、『苺』である!
 効果はやはり吉岡限定だが、たとえ瀕死の重傷を負っていても全回復する究極の回復技であった!
「壱哉様、ありがとうございます」
 吉岡はいそいそと苺を洗い、半分はコンデンスミルクをかけて壱哉の前に差し出した。
 しつこいようだが、勿論、この一連の会話の間、特殊フィールドの外では過酷な戦いが続いている。
「二人とも、なにやってるんだよっ!」
 叫んでも聞こえないのは判っているが、自分達ばかり攻撃を逃れてのんびり回復をしていられては文句を言いたくもなると言うものだ。
 注意が逸れた樋口の身体を、薔薇の鞭が捉えた。
「――っ!」
 吹き飛ばされ、少し離れた大地に叩き付けられる。
 薔薇の棘で、チャイナドレスのあちこちは大きく引き裂かれている。
 同様に、新、山口も追い詰められていた。
 チャイナドレスは所々が破れ、見る影もなく汚れている。
 深い傷こそないものの、あちこちに血の滲む傷が見て取れる。
 一箇所に追い詰められた三人を、五人のクローンが取り囲んだ。
「おわり、だな!」
 どこか楽しげに言う自分の顔を、樋口は不気味なもののように見上げた―――。


〜第五話後編予告〜
クローン達に追い詰められ、絶体絶命の魔女っ子達!
果たしてぶらっくとぶるーは間に合うのか?!
ぶらっくが準備をして来た大逆転の秘策とは?!
次回『新生!魔女っ子ふぁいぶ!!(後編)』
見ないと突然隕石が落ちてくるぞ!

深夜スペシャルへ戻る!
第四話に戻る!
第五話・後編へ続く!

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すいません、とんでもなく長くなってしまって、終わりませんでした。引っ張ってる訳ではないんですが、テレビの前後編のようにいいところでぶっちぎってしまいましたね(苦笑)。
週一回、同じ日にupするのがこんなにしんどいとは思いませんでしたよ。ともあれ、来週には後編をupします。
そう言えば、青年医師のイメージがどこかで見たようなと思っていたら、アルバムを欲しがる所で判りました。私の中の青年医師は、いつの間にか「王しべ」の白鳳の口調に似ていたみたいです。我ながらキャラ作りの下手さにびっくり(苦笑)。