偶興(安積艮齋)
 

 【題意】

 ふと心に浮かんだことを詠じた。

 【詩意】

 私のように無用の者は茅屋暮らしで十分だが

 そのあばら家にも春は訪れ 花は落ち 鳥は鳴いて 春の昼は静かである

 客が来て 今の世の中について語り合ううち 意見を求められたが

 李白よろしく笑って答えず 起って山を見る

 【語釈】

 笑って答えずは、李白「山中問答」の笑而不答心自閑をひく。

 安積艮齋(あさかごんさい)  

 1791〜1860年。江戸時代の儒学者。陸奥国安積郡郡山の人。名は重信、別号、見山楼。

 江戸に出て佐藤一斎・林述斎に学び、若くして神田駿河台に塾を開いた。 当時は赤貧洗う

 が如しという有様だったが、意に介さず、ひたすら勉学に努め、後に二本松藩校敬学館教授、

 六十歳の時に幕府直轄の昌平黌(昌平坂学問所)教官を拝命した。

 門人には岩崎弥太郎など名士も多い。

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熊城四時の楽しみ・春(藪孤山)
 

 【題意】

 熊本城下の四季の楽しみを詠んだ四首連作の第一首。

 【詩意】

 何処へ出掛け春を楽しもうか

 龍田山は城郭の東にあり

 今まさに山いっぱいの桜である

 歌や笛の音が雲の中から聞こえてくる

 【語釈】

 龍山=立田山、龍田山(151.7m)。熊本城、市街地の北東に位置する丘陵状の山。

     細川家菩提寺の泰勝寺跡等があり、ハイキングコースも整備されている。

     麓には熊本大学(旧制五校)があり、英語教諭であった夏目漱石も良く散策した。

     「吾輩は猫である」の中で、寒月君とバイオリンの話の舞台として描かれている。

 藪孤山(やぶこざん)  

 ※作者については解説の栞・熊本漢詩紀行3で紹介しています。

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臨平の蓮蕩を過ぐ(楊萬里)
 

 【題意】

 臨平湖の蓮池の土手にて賦す。

 【詩意】

 人家は星のように 水郷の中央に点在している

 この辺りではどこも 芹のあつものや まこも御飯の香りが漂っている

 五月節句の後の風薫る季節を 今から推し量ることが出来る 

 蓮の花が咲き誇り 柳の新緑輝く 里の様子を

 【語釈】

 蓮蕩=蓮池の土手。   芹羹=芹の熱い吸い物。   菰飯=まこもの実を混ぜた飯。

 楊萬里(ようばんり)  

 1124〜1206年。南宋時代の政治家、文学者、詩人。

 范成大、陸游、尤袤(ゆうぼう)と共に南宋四大家と称される。

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宇文六を送る(常建)
 

 【題意】

 宇文六を見送る。

 1.江北の地で江南に旅立つ友人を見送るもの

 2.江南の地で江北へ行く友人を見送るもの

 二通りの解釈が存在する。

 しかし、作品の肝は麗らかな春の描写と、憂いをたたえた我が心との対比にこそある。

 【詩意】

 花はしだれ柳の緑に映えて、漢水の流れも清らかである

 やわらかな風が林を吹きぬけ、花の一枝が軽やかに揺れる

 今、江北もまたこの様な春景色であるだろうが

 君と別れ、江南に残る我が心は深い悲しみに包まれている

 【語釈】

 垂楊=しだれ柳。   漢水=漢口で揚子江に合流する大河。

 愁殺=深い憂い。

 常   建(じょうけん)  

 708〜?年。盛唐時代の詩人。進士に合格したが、仕官は思うようにならず、各地を放浪。

 晩年は王昌齢等と共に名を挙げた。

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柳花深巷(范成大)
 

 【題意】

 柳の花咲く(もしくは柳絮の舞う)里中の路地。

 【詩意】

 柳絮の舞う路地に昼を告げる鶏の声が聞える

 桑の葉はまだ小さくて先が細く緑も薄い

 居眠りから覚めて、まだぼんやりしたまま

 窓いっぱいの陽の光のもとに蚕の生まれる様を見る

 【語釈】

 柳花=柳の花。もしくは柳絮(たんぽぽの様な綿毛の付いた種子)。

     中国の柳は日本の柳と違い柳絮を多く飛ばす。

     春、柳絮の舞う光景は中国の漢詩に数多く詠われている。

 范成大(はんせいだい)  

 1126〜1193年。南宋の政治家、詩人。

 故郷にある湖の名から石湖居士と号し、政界では副宰相職にまで至った。
 南宋四大家の一人。陶淵明や王維、孟浩然等から連なる田園詩を集大成したといわれる。
 農村の四季を詠った「四時田園雑興六十首」は江戸時代に日本でも親しまれた。
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