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REBIRTH・3章(2)




 「監獄」のインターフォンが鳴った。
『弁護人の方がお見えです、キリエ』
クリュセは返事をしなかった。入るなと言っても、どうせ入ってくるのだ。彼はベッドに寝ころがり、起き上がろうともしなかった。
「お疲れのようですね、キリエ・クリュセ」
弁護人は寝室に椅子を持ち込んだ。
「疲れちゃいない。何もしたくないだけだ」
「そんなふてくされた態度は、私の前でだけにしていただきたいものですね。心証を悪くするだけで、なんの足しにもなりませんよ」
「自己嫌悪に陥る自由ぐらい、認めろ」
クリュセは寝返りをうった。
「警備局は捜査を終了しました。あなたが犯行を否認していますので、数名の担当者を残すそうですが。しかし、あなたの無罪が確定しない限り、捜査続行は名ばかりのことになりそうですね」
「指紋の件は、どうなった?」
「は?」
「指紋、だよ。聞こえなかったのか?唯一の反論不可能な物的証拠だ。これさえ切り崩せば、無罪に持ち込めると言ったのはあんただろう」
「ああ、はい、調べています」
「・・・・・・・・・たまらんな」
「なんですか、キリエ?もっとはっきりおっしゃっていただかないと」
「ひとり言だ」
 無条件でよく知りもしない人間を信用しなければならない。クリュセは、そんな自分の立場が怖かった。これまで頼れたのは自分自身の才覚だけだった。それを事実上封じ込められた今の状況は、手足をもがれるよりつらかった。
「あなたがそうもたびたびセルキュラー携帯義務をわざと忘れなければよかったんですよ。どうしてそうまでしてあんなところに行かれたりしてたんです?エリートになられたような方が。いくら生まれがローワーと言っても」
「それが、どうした」
「あなたが自ら認めているそんな過去の行動すら不利な証拠のひとつになっていると申しあげたいのです。だいたいですね、キリエ、たかがローワー殺しがここまでこじれてしまった理由がわかっておられるのですか?」
クリュセは飛び起きた。そしてどなった。
「言われなくてもわかってる!逃げだすなんて、バカなまねをしたもんだ。オレがやりました、と認めたようなもんだよな!−−−−しかし、あの時は、ああするしかなかったんだ!」
「まあ、いまさらどうしようもありませんけどね。あんなことさえなさらなかったのならば、最悪でも学位剥奪くらいで済んだでしょうに」
クリュセは弁護人に背を向けた。
「・・・・・・・・母との面会は、まだ認められないのか」
その時の弁護人の表情は、後ろに目がないかぎり知るよしもなかった。
「そうでした。そのことを最初にお話しすべきでした」弁護人はあらたまって言った。「あなたの母親が死んだと、連絡がありました。昨夜のことです、キリエ」
クリュセの肩が、かすかに震えた。
「細かいことまでは私は聞いておりません。担当医師との面会を申請しておきましょうか?トップ・ノーマル相手です、すぐに認められると思いますよ」
クリュセは口を両手で押さえた。肩の震えが身体中に伝わる。それを止めようと、手を握りしめた。爪が頬に食い込んだ。
「キリエ、・・・・・・・・・どうなさいます?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・頼む」
それ以上何か言えば、吐いてしまいそうだった。
「お気持ちはお察ししますが・・・・・・・・これを機会に、ご自分の生まれのことはお忘れになって」
「やかましい!」クリュセは枕を弁護人に投げつけた。「それ以上くだらないことをぬかすな!とっとと出ていきやがれ、この・・・・・・・・・・ゲス野郎!」
 クリュセは弁護人を突き飛ばし、バスルームに駆け込んだ。吐き気はますますひどくなった。しかし何も吐き出せず、冷や汗がにじむばかりだった。
 母に最後に会ったのは、遠い昔のことのようだった。
 入院している間は毎日来るからね。そう約束して、あの日まではそうしていた。痛み止めの量が増えるにつれ、母は眠っていることが多くなった。それでも彼が行けば目を覚ました。そして息子がそばにいるのを確かめてほっとしたように、また眠りについた。
 ふっつりと会いに来なくなった息子のことを、母はどう思っただろう。結局はエリートだったのだと、自分たちをまともな人間扱いをしない連中にすぎなかったのだと、裏切られた思いで死んでいったのではないのだろうか・・・・・・・・・。
 5年ぶりに会った時の、彼を拒絶した母の姿がクリュセの脳裏に浮かんだ。
 泣きたかった。大声で、涙の枯れるまで泣きたかった。
 しかし涙の一粒も出なかった。
 その事実は、彼の心をずたずたに傷つけていった。



×××



 クリュセが逮捕されたことは、母親には知らせなかった。面会の時、担当医師は最初にそう言った。知らせたところで、理解できたかどうかわからない状態だったとも。時折意識が戻っても、たまたまそばにいた若い医者をクリュセと思いこみ、息子が見舞いに来なくなったことにも気づいていない様子だった。
 最後の最後で母に嫌われたりはしなかった−−−−それはほんの少し、救いになった。しかし、医師の言葉を信じるならば、安らかな死に顔、それを見ることは決してできない。死んでしまったのなら人間の体も資源のひとつにすぎない。病でぼろぼろになった母の体は、エネルギーか何かに転換されてしまったことだろう。
 残ったのは、記憶だけ。
 クリュセは父や母との思い出の中に埋没していった。
 そして彼が気づかぬうちに、裁判が始まっていた。
 クリュセはうつろなまなざしで、ガラスの向こう側で繰り広げられる風景を見ていた。まわりでは他人が彼のことをせっせと論じていた。彼の存在はどこかに置き去りにしたまま。
 証拠を事細かに並べ、エリートらしからぬ軽薄さで行われた犯罪に対する厳罰を熱っぽく要求する検察側。クリュセの言い分を、口当たりのよい言葉に変えて、どこか気乗りのしない口調で述べる弁護側。それを興味津々で見つめる傍聴人。
 そうして多くの視線にさらされているうちに、クリュセの心の中に疑惑が生まれた。
 それは彼を目覚めさせた。母の死に、いつまでも動揺してはいられなかった。
 彼はうつろな表情を装ったまま、考えた。自分がなぜ、犯した覚えのない罪で起訴されるはめになったのかを。彼をとり囲む人々の言葉、態度にどんな意図が隠されているのかを。この事態を偶然の産物とかたづけるには、不自然な部分が多すぎた。
 エリートがローワーを殺した事件が、なぜ正式な手順を踏んで裁かれることになったのか?それよりも、ローワー殺しがエリートにまで捜査の手が及ぶほどきちんと捜査されたのはなぜなのか?ローワーは使い捨て、それが現実なのだ。上位の者の生活に支障が出ない限り、適当に扱っておけばいいはずだ。
 そして数々の証拠はなぜここまで完璧に、自分を指し示すのか?
 明晰さを取り戻したクリュセの頭脳は、めまぐるしい早さで動いていた。逮捕直前から今までの出来事をできるだけ思い出し、裁判の展開を徹底的に観察し、どうして自分がこんなところに追い込まれたのかを考えた。
 ある考えがまとまりだすと、彼の思考はそれ以上前に進まなくなった。それ以外が事実かも知れない、その可能性を捨て去る危険に気づかぬほどに、彼の心の中で完璧な結論としてこりかたまってしまった。
 そして最終弁論の日がやってきた。
 開廷宣言についで、裁判長は言った。
「検察側、最終弁論をどうぞ」
 検事は席を離れ、証言台に立った。ロー・エリート・クラスの彼は、クリュセを一瞥すると、手にした原稿をちらりと見た。そしておもむろに口を開いた。
「私どもはこれまで、慎重に慎重を重ねた捜査の結果得られた証言、証拠をもとにしてひとりの人間を死に到らしめた犯行の再現を行ってきました。そして結論がそこに座っている被告を指し示していることは十分に理解いただけたと思いますので、ここで繰り返すことは致しません。しかし、これまでは述べなかったことでぜひ考慮していただきたいことがあります。それは、事件以前の被告の言動、行動に現れている、被告のエリートにふさわしいとは思えぬ性格、そして憂慮される再犯の可能性です・・・・・・・・・・」
 検事はクリュセの出生から話を始めた。血統的に劣った人間から生まれ、理想的とはいえない環境で育ったこと。エリートクラスに編入してからの、他の学生との不和、軋轢。キリエという、重要で社会的尊敬を受ける地位を最年少で得たあとも続いた、体制に対する反抗的態度。反体制思想をただ持っているだけならいざ知らず、それを文という形にしてキリエの権利を乱用して発表、社会に危険思想を広げようとしていた行動。その際、検事は証拠として提出していたクリュセの著した本を具体例として注意を向けた。
 そんなものが証拠として提出され、受理されていたのか?クリュセには記憶がなかった。彼は隣に座る弁護人をちらりと見た。弁護人は平然と相手の弁論のメモを取りつづけていた。
「・・・・・・・・もっとも、今述べたことは私どもが憂慮していることに過ぎず、それが今後事実となるかどうかはわかりません。しかしそれをこの場であえて述べただけの必要性は理解していただけるでしょう。この懸念が現実となるか、あるいは無用な心配に終わるかは、これから下される判決にかかっていると信じて、みなさんに聞いていただいたのです。では、最後にもう一言申し添えさせていただいて終わりにします。被告は全面否認を続けておりますが、口ではなんとでも言えるものです。被告の主張を裏付けする証拠は、何一つありません」
 検事は証言台から降りた。クリュセの方を全く見なかった。
 30分の休憩に入った。
 法廷内の空気がいっぺんに動きだした。
 クリュセの中では、不快な空気がよどんでいた。
「キリエ、私たちも控室に戻りましょう」弁護人はメモをまとめ、立った。「キリエ・・・・・・・・・?」
クリュセは頬杖をつき、からになった裁判官席を凝視していた。
「あと少しですから、がんばってください。部屋で寝ころがってばかりいたから、かえってお疲れになるんでしょう。運動の時間が与えられていなかった訳でもないのに」
「あんた、どの階級の出身だ?」
クリュセは突然、つぶやくように訊いた。
「私ですか?私の両親はトップ・ノーマルの自由結婚です。私の能力指数は両親より少々下だったのですが、それほどの差異ではなかったので基礎課程終了後も同居を許されて、結婚するまで一緒に暮らしていました」
「ふん・・・・・・・・」
クリュセは席に深々と座りなおした。
「こんな狭いところで身をちぢこめていないで、控室でお茶でも飲みましょうよ。お好きな銘柄を用意させてありますよ」
「あんた、最終弁論で何を喋るつもりだ?」
「え?」
「検察側の『完全無欠』な弁論に対抗するだけのものを用意しているのか?」
「何を言っているんですか。『完全無欠』なんかじゃありませんでしたよ」
「裁判官も傍聴人も、体制信奉者だ。体制に守られ、体制を疑う必要なく暮らしてきた連中には、これ以上ない弁論だったよ。あんただって同じだろう?」
「キリエ・・・・・・・・・」
「オレには、知る権利がある。言わなくてもいい。弁論用の原稿を見せればいい」
クリュセは手を出した。弁護人は身をこわばらせた。笑顔すら、そのままに硬直していた。
「さあ。見せてくれ。頼むから」
おだやかな口調だった。弁護人は魅せられたように4枚の黄色い紙をクリュセに手渡した。要点が丁寧な字で箇条書きにされていた。クリュセはそれを丹念に、ひとつひとつを頭にたたき込むように読んだ。用紙をめくる音だけが、無人となった法廷内に響いた。
 クリュセは一通り読み通すと、原稿を弁護人に突っ返した。
「思ったとおりだ」クリュセは食いつくようなまなざしを弁護人に向けた。「おまえは一体誰だ?告発者か?ここに書いてある論旨は、どこから出てきたんだ?」
「私は何度も言っているとおり・・・・・・・・・」
「『被弁護人の利益を、最大の目的にしている』か?ふざけるな、無実の罪をかぶることが、オレの最大の利益だと言うのか?!」
「そうではありませんか!証拠は完璧にそろっているのです。これをくつがえすことは、できません。努力はしました。そして、できないと結論を出したのです!−−−−−ぶちゃけた話がお好きなようですから、どうせ今日で最後です、私も正直なところを言いましょう。私は、あなたの無実など信じておりません!容疑をはらす根拠を捜せば捜すほど、とてもじゃないが、あなたが本当のことをおっしゃっているとは思えなくなるのです!だいたい、あなた自身は、いったい何をしていました!疑いをはらそうと、本気になっていましたか?あなたがしたのは、あなた自身を追いつめることだけだったじゃないですか。捜査にあたった者たちの心証を悪くし、余分な罪名をくっつけ−−−−不利な行動をさんざんして、私にすらまともに協力なさろうともせずに、私にあなたを救えとおっしゃるのですか?いくらあなたがエリートでもあんまりです。おこがましすぎます!」
「ありがとう」クリュセは薄笑いを浮かべた。「正直なところを言ってもらって、すっきりしたよ。わかった。解放してやる。あんたの役目は終わりだ。帰れ」
「まだ私の弁論が残っています」
「必要はない、と言ったんだ」
「これが私の仕事です。最後までやらせていただきます!」
「やかましい!ウソを喋りまくられてたまるか!」
 定刻通りに再開が宣言された。弁護側の最終弁論が求められ、弁護人は立ち上がった。クリュセはその服をつかみ、席にひきずり戻した。
「キリエ・クリュセ、何を・・・・・・・・・」
「行くな」
「弁論もせずにどうしろと言うんですか。罪を軽くできるかどうかがかかっているというのに」
「オレが、自分でやる。きさまなんかにまかせておけるか」
クリュセは立ち上がった。
「キリエ、待ってください、そんな・・・・・・・・」
弁護人は腰を浮かせた。クリュセは彼の肩をつかみ、椅子に叩きつけた。
「きさまはそこで黙って見てろ!」
 そして、彼はさっさと証言台に立った。
「事情がありまして、被告人本人である私が弁護側最終弁論を行います。よろしいですね、裁判長?」
クリュセは裁判官を真正面から見すえた。裁判長が返答に詰まっている間に、彼はさっさと語り始めた。
「私につけていただいた選定弁護人はたった今解雇しました。理由は、私と弁護人との妥協不可能な見解の差異です。さきほどの休憩時間の間に、弁護人から最終弁論の要旨の説明を受けました。その内容はこうです。『人ひとりの命を奪ったことは、確かに罪多きことである。だが、社会から優秀な頭脳を奪うことはその損失を考えれば、社会に対するひとつの罪と言える。被害者は単純作業に従事する者にすぎなかった。これは幸運ともいえることである。この事件を機に被告人が自己の行動を反省し、社会にこれまで以上の貢献をするであろうことを考えれば、単純労働者の命は生きている時にできる以上の利益を社会にもたらしたことになる。被告人に厳罰を科し社会から抹殺してしまうことよりも、被告人の社会復帰の道を模索すべきである』。もし、私が本件の犯人であるならば、これは私にとって最高の弁論であったでしょう。だが、私はここでも繰り返して言いたい。私は殺人を犯していない。ましてや、能力差別にもとづいた減刑などまっぴらです」
「被告人、言いたいことはそれだけか?」
「いいえ、本題はこれからです。−−−−私が本件の犯人ではないことは、私自身が一番よく知っています。つまり、真犯人は未だ捕まっていないということです。しかし、真犯人がローワーの、事件現場となった店に出入りしていて当たり前の人物で、たまたま私に似ていた、というだけの単純な捜査ミスならば、私からとりたてて言うことはありません。もっとも、その可能性は全くない、と思っております。そこで、私は訊きたい」
 クリュセは裁判官から傍聴人まで、ぐるりと見渡した。そしてよく通る声で、一語一語をはっきりと発音した。
「いったい誰が、何のために、私をこんな形でおとしいれたのです?」
傍聴人が一斉にどよめいた。弁護人は証言台に駆け上がった。裁判長は狂ったように槌を打ち鳴らした。
「静粛に!被告人、そこまでで弁論を終了しなさい。席に戻りたまえ!」
「やかましい!最後まで喋らせろ!」クリュセはどなった。「いいか、オレがあんたたちの言うところの『重要で社会的尊敬を受ける』人間に奉られたのは、オレが望んだからじゃない。オレ個人のためになるからでもない。あんたたちの利益になるからだ!体制の根本である教育制度がどれだけ立派なものか、オレを例にあげて宣伝できるからだ!今度は何だ?オレを犯罪者にしたてて、どんなプロパガンダを打とうと言うんだ?!」
廊下に通じるドアが開いた。わらわらと警備官がなだれ込み、証言台を取り囲んだ。いくつもの銃がクリュセに向けられた。
「被告人、席に戻りなさい。これが最後の警告だ」
裁判長が抑えた口調で言った。弁護人が彼の腕をつかんだ。
「キリエ、さあ、私と一緒においでください。自分が今、何をしているのかわかっておられるのですか?あなたは自分で・・・・・・・・・・」
クリュセは弁護人を殴り飛ばした。警備官が二人ばかりまきぞえをくって倒れた。
「答えろ!誰だ?!どうしてだ?!今度は何の目的でオレを利用しようとしているんだ?!」
警備官は束になってクリュセに飛びかかり、彼を証言台からひきずり降ろした。
「ちくしょう・・・・・・20年前も・・・・・・・・・・・。20年前も、こうやって、ダッドをはめたんだ!何も知らないダッドを、何がなんだかわからないうちに街から追い出したんだ!おまえらが・・・・・・・・・・殺した!」
クリュセが法廷からひきずり出されると、張り詰めた重苦しい静寂が戻った。
「判決は、3時間後!」
裁判長の声が響いた。



×××



 展望室に来たのは何年ぶりだろう?
 汚れたガラスにかすむ外の世界を眺めながら、アリシアは考えた。10年?15年?エリート候補生になってすぐの頃、見学のために連れてこられて以来だった。外の一部をそっくり切り取って閉じ込めた場所。薄いガラスたった1枚で外と接する所。こんなところに好きこのんで来ていた人間の気が知れない・・・・・・・・・・・。
 ドアの開く音。彼女はふりむいた。
「遅くなった。すまん」
エドムが灌木の枝にからかわれていた。
「どうだったの、判決は」
「アリシア、君は天才だよ!」彼は両手を広げた。「300キロ地点追放だ」
「300・・・・・・・・・?」
アリシアは目を丸くした。
「そうだ、これ以上ない判決だ。どうした、うれしくないのか?」
「ちょっと驚いただけよ。追放処分は予想していたけれど、まさかそんな、最高に近い刑が下されるなんて・・・・・・・・・」
「君も裁判を傍聴すればよかったのに。なかなかの見物だったよ」
「どうせ、クリュセが自分で墓穴を掘ったんでしょう」
「それも予定のうちだったのか?」
「エドム、あなたが最初に持ち込んできた計画ね・・・・・・・・。一番の欠点は、立案時に表面化していた事柄だけをうわっすべりに組み立てていたことよ。罠にかけようというのなら、もう少し頭を使いなさい。クリュセのこれまでの行動、性癖、思考を分析すれば、この程度のことは予想できて当然だわ。彼のローワーに対する思い入れを頭に置くか置かないかだけでも大違いよ。エリートとローワーは全く違う。そんなあたりまえのことが彼には理解できない。常識を常識と認めれば助かることはわかっていてもそのふりすらできず、むしろシティとの対決姿勢をはっきりさせ、自らをがんじがらめにしていく−−−−。だけど、ここまでシナリオどおりにいってしまうとはね。30キロ追放くらいだろうという予想だけは、はずれたけど」
「30キロでも、帰ってきて恩赦の対象になった奴はいない。まして300キロでは、あいつは死んだも同然だ。1ヵ月後に刑が執行されれば・・・・・・・・・。やったな、アリシア」
エドムはアリシアの肩を抱きしめた。彼女は彼の腕をけがらわしげに払った。
「何か勘違いしていない?私はクリュセの存在が将来、社会のためにならないと判断してあなたの話にのったのよ。今の私たちの力では、合法的に処分できませんからね。こんなこと、もう二度とすることはないと思うわ。追放完了の報告を受けたら、私はこのことを忘れるわ。あなたもよ。いいわね?!」
「了解、キリエ・アリシア」エドムは両手を上げた。「君に逆らったりしたら、次の犠牲者はこの僕だ」




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