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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜エスタ(2)・7〜




 嵐の前の静けさ。
 その日は、そんな言葉が似合う一日になった。
 連日続いていた砂嵐も雷雨も大粒の雹もぴたりとやみ、低い雲がエスタシティの空をおおっていた。そしてその中でモンスターの咆吼だけが響き、不気味な静けさをきわだたせていた。
 大統領官邸の中も静かだった。ひっきりなしに出入りしていた軍人たちの姿は消えた。彼らはそれぞれ配置された場所に散り、突撃命令を待っていた。それでもまだ、前線に出ていかない政府職員たちが後方支援に、各地との連絡に、市民の安全確保にと忙しく立ち働いていたが、緊迫感がどこか静寂に似た雰囲気を作り上げていた。
 アデル派との決戦の前もこんな感じだったな−−−−。
 キロスとウォードは、もう2度と味わうことはないだろうと思っていたものを再び感じていた。あの時と同じように、うまくいくことを願いながら。
 しかし、その緊張感は長くは続かなかった。大統領執務室のドアを開けた時、彼らは一気に力が抜けた。
「−−−−−この忙しい時に、なにを隠居じじいをやってるんだ、君は」
キロスはしぶい顔をして言った。
「だってさー、ヒマなんだもん」
そこでラグナは、のほほんと茶をすすっていた。
「指示はゆうべのうちに全部出しちまったし。そしたら今日はオレがやんなきゃならないことは全然なくってさ。だけどみーんな忙しそうにしてて誰もかまってくれねえし、だったらオレもなんか手伝おうとしても邪魔にするばっかなんだよ。となると、SeeDたちが来るまでは、こーして茶でも飲んでるしかしょうがねえじゃんか」
「それは正解だな。君は大局を見る目はあるが、細かいことに口を出すとろくなことにならん」
「フン、どーせ」ラグナもそのことはいやというほど自覚していた。「−−−−だけどさ。SeeDたち、ホントにリノアもちゃんと連れてくるかな?」
「彼女が来ないことには作戦そのものが成立しないからな。だが、リノア本人が来ると言っていたことだし。あとは、彼女の気が変わらないことを祈るしかないな」
「う〜〜〜〜〜〜ん・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ラグナは空になったカップの底をのぞきこみながら、机の下に片手をつっこみなにやらごそごそやっていた。つりかかった脚をさすっているらしいことがキロスとウォードにはわかった。一見のほほんとしているようで、やはり緊張しているのだろう。
「しかしだな。それまでにやっておくことが全然ないわけじゃないだろう。まだそんな格好をして」
ラグナはふだん通りのシャツ姿のままだった。部屋の隅には公式行事用のエスタ服が用意されていたが、手をつけた様子もない。
「別にいいじゃんか、このままで。連中とは初対面であって初対面じゃねえんだ。今さら気どってみたとこで始まらねえよ」
「だが、これからエスタ大統領として彼らと会うのだし、そのあと市民向けの演説もあるんだぞ。少しはTPOを考えたらどうだ」
「ちゃんと考えて、インタビュー仕事の時とかお固い席とかではそれなりのカッコしてるだろ。今は非常時なんだから、これでいいの」
「しかし、これだって、いちおう公式の場なんだぞ。そこまで力いっぱいラフな格好はないだろう」
「今はしきたりがどーの形式がどーのってのんきなことを言ってる場合じゃないんだから、うるさいこと言うんじゃねえよ。おまえだって、エスタにいる時はいつもそのカッコなんだから、やっぱし普段着じゃねーか」
そう言われたキロスは、エスタ風の服装だった。
「どうしてそんなにいやがるんだ!」
「そっちこそ、どうしてそんなに着せたがるんだよ!」
「君は性格はともかく見てくれは悪くはないんだから、それなりの服装をすれば映えるんだ。エスタ服だって似合うのにもったいない」
「ヘンな服だって言われて喜ぶようなヤツに似合うと言われたってうれしかねーよーだ」
「−−−−悪かったですね、変で」
その時、まるでタイミングをみはからったようにリントナーが部屋に入ってきた。
「あ、いや、別に、オレはそんなつもりじゃさ〜〜〜〜〜〜」
突然のエスタ人の登場にラグナはあわてた。
「いいですよ、とりつくろわなくても。こんな時にケガでもされたら困りますし。それにあなたも、息子さんの前でいらぬ恥はかきたくないでしょう」
リントナーはあきらめた様子で言った。
 ラグナはエスタの文化を嫌っているわけではない。むしろ、好きな方だ。服装も、見ているぶんには楽しい。エルオーネにもさっそく2、3着エスタ風の衣装をしたててやって喜んでいたぐらいだ。ただ、自分は着たくないだけだ。
 おもしろがって着ていた時期もあった。その頃から、長いすそが邪魔で歩きにくいな、とは思っていたが、ある時とうとうすそをふんづけてずっこけて、それだけならともかく、足首をひどくひねって1週間ほどまともに歩けなくなって以来、よほど正式な場でない限り着なくなった。まわりの人間もうるさいことは言わない。今も着ろ着ろとしつこいのはキロスひとりだけだ。
「ところで。SeeDたち、到着しましたよ。魔女・リノアもいっしょです」
「来た、か」ラグナの顔にも、さすがに緊張が走った。「てことは、あとどのくらいかかるんだ?エアステーションからここまでは・・・・・・・・え〜〜と」
「誰がエアステーションに着いた、と言いました。官邸に、です」
「え!?」
「今は応接室で待機してもらってます。こちらに通していいですか」
「ちょっと待った!エアステーションに着いたら教えろと言っといただろが!!」
「あー、そうそう。それを君に伝えに来たんだが、君があんまりのほほんとしているものだから、つい説教を始めてしまって何のためにここに来たのかを忘れていた」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言うキロスとウォードの表情はどこか白々しかった。リントナーもまたしかり。
「おまえら・・・・・・・・みんなしてハメたな!」
「ハメた、なんて人聞きの悪い。ここでまたあなたの気が変わったりしたらまずいからと」
「ここまで来たからには、そんなことをしなくたってもう逃げも隠れもしねーよ!!」
「そうですか。それでは、時間のないことですし、呼びますね」
そう言うと、リントナーはさっさと立ち去った。
「ど・・・・・・・ど〜しよ〜〜〜〜〜〜〜!!やっぱし着替えた方がいいかな??」
「今ごろあわてたって遅い!」
キロスはぴしゃりと言った。
 そして、にこりとすると続けた。
「−−−−しかし、そんなくだらないことで大騒ぎできるというのは、落ち着いている証拠だな。安心したよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォードはラグナの背中をぽんぽん叩いた。
「そうだな。私もラグナくんの息子に会うのが楽しみだよ。こんな形でであることは少々残念だが」
「うん・・・・・・・・・・・・・・・」
 これまでいろいろなことがあった。そしてこれからもいろいろなことがあるだろう。今だって、ただ喜んでばかりいられる状況ではない。
 しかし、とにもかくにも、これでやっと息子に会える。
 まずは、そこから始めよう。



×××



 大統領執務室のドアが開いた。
 そして、警備兵に案内されて、SeeDたちが中に入ってきた。
「いよ〜〜〜〜!会いたかったぜ、妖精さんたち!」
ラグナは両手を広げて彼らに駆け寄った。そしてそのままスコールに抱きつきたかったが、ここのところはガマン、と、その場はこらえた。
「オレたちの頭ん中に来てたのはあんたたちだろ?エルオーネに聞いたぜ」
呆然とラグナの顔を見つめる者、変にはしゃいでいる者−−−彼らはそれぞれに驚きの表情を浮かべた。そしてはたと気づき、あわてて敬礼した。その反応があまりにも予想通りだったため、ラグナは妙に楽しくなってきた。
「てなわけで、オレがラグナだ。エスタ大統領、ラグナ・レウァール。なかよくしようぜ!」
「ああ・・・・・・」その中で、ひとりスコールだけが無表情だった。「−−−−−だけど、どうしてあんたがここの大統領なんだ?」
「お、聞きたいか?聞きたいなら話してやるぜ」
「・・・・・・・・・・・・別に」
スコールは、つまらないことを言ったとばかりに、困ったように視線をそらした。
「あ、そ」なんだ、これでもいちおうびっくりはしてるのか?そう思えば、仏頂面もカワイく見えるよな。「ま、いいや。短く話せることじゃねえし、今はのんきに昔話をしてる場合でもねえしな。さっそく用件を話すことにするか。キロス、頼むぜ」
 キロスは中央の会議用テーブルの回りにSeeDたちを集めた。
「ルナティックパンドラ突入作戦の概略は派遣要請の時に伝えたが、改めて詳しく説明しよう」彼は、テーブルの上のパネルにルナティックパンドラの内部構造図を映した。「この作戦の要点は2点。エルオーネの救出と、魔女・アデルの殺害だ。現在、彼女たちがいると思われる区域と、ガルバディア軍の配置だが−−−−−」
 ラグナは一歩下がったところで、スコールとキロスのやりとりを見ていた。
 −−−−これがオレとレインの息子か・・・・・・・・。どっちかというと、レインに似てるかな?目もとのあたりとか、あごの線とか。男の子だから、さすがにいかにもってほどじゃないが。それにしても、いい体してるよなあ・・・・・・。これも訓練のたまものってヤツかな?だけど、話にはさんざん聞いてたけど、見るからに不愛想なヤツだな。いったい誰に似たんだよ、おい。
「−−−−ラグナくん」
「ほい?」
キロスの声に、ラグナは我に返った。
「そんなふうにほわーんとしていたい気持ちはわかるがな。作戦の第一段階の説明は済んだ。続きは君から話してくれ」
「あいよ・・・・・・・・・・・・」
 ラグナは立ちあがり、背筋を伸ばした。
 まだ喜んでいる場合じゃない。大事なのは、これからだ。
「−−−−さて、と。ここまでは、エスタ軍が主体になって行う。エスタには対魔女訓練を受けた兵士がいないからアデルとの戦闘はあんたたちにも手伝ってもらうことになるかも知れねえが、基本的には、ガルバディア軍をけちらすのはエスタ軍にまかせて、あんたたちはとりあえずは後方で待機だ。で、あんたたちSeeDに依頼したいのは、その先の、アルティミシア討伐」
「アルティミシア・・・・・・・・?」
「そう。未来に住む魔女。今度の魔女戦争を引き起こした張本人だ。彼女のことは、ここでくわしく説明するまでもないだろ」
リノアの表情がかすかにこわばった。
「だけど、どうやって」
スコールが不審げに訊いた。
「フツーに考えりゃできっこないことだな。でも、方法がないわけじゃない。作戦は考えてある。リクツはちっとばかし難しくって、いちおうオレも理解はしたつもりだけどあんたたちにうまく説明まではできそうにねえから、そのへんはオダインに話させるな」
 すでに官邸内で待機していたオダインは、すぐに現れた。
「やれやれ、やっと出番でおじゃるか。待ちくたびれたでおじゃるよ」
オダインはひょこひょこと会議用テーブルに歩み寄った。そしてSeeDたちに、何度目かの時間移動理論の説明を始めた。いつもならばよけいなことをしゃべりちらして話がどんどん脱線していくのだが、今度ばかりはオダインでもマイペースではいられないのだろう。言いまわしこそ普段通りの変わったしゃべり口だが、要点をかいつまんで、的確にわかりやすく話していた。
 そして解説が一段落つくと、ラグナは続けた。
「・・・・・・・・・とまあ、こんなことだ。ガーデンでは魔法学の勉強もしてるっていうから、オレなんかよかあんたたちの方がよくわかっただろ。これは、テレポ魔法の応用だ。アルティミシアがやろうとしてることを逆手にとってのな。ヤツが時間圧縮魔法を使った直後しばらくの間だけ時間移動が可能になるわけだが、アルティミシアがいるのは未来だ。過去じゃない。誰も、移動に必要な指標を持ってはいない。だけど、リノア・・・・・・・あんただけは、アルティミシアの存在する時空間を認識できるはずだ」
「私が・・・・・・ですか?」
「そう。あんたは、アルティミシアの後継者であるイデアの、そのまた後継者の魔女だ。あんたは、自覚はなくとも、アルティミシアを識っている。そんな人間は、今現在生きている中ではあんたひとりだけだ。これは、あんたにしかできないことなんだ。−−−−だけどな。別に、あんたひとりでアルティミシアにぶつかっていけとは言っていない。そこにいるあんたの仲間たち−−−SeeDたちに、あんたについていってもらう。あんたには、未来への案内役となって彼らを導いてもらいたいんだ」
リノアはすっかりうろたえて、スコールの方に視線をやった。スコールはラグナをにらみつけていた。その唇がかすかに震えていた。
「それからもうひとつ。これは、どうしてもってわけじゃねえが、作戦を完璧にするために引き受けてもらいたい。−−−−これから魔女・アデルを殺害するわけだが、その時、リノアにアデルの後継者になって欲しい。これも、リノアはどうだか知らねえが、ガーデンの学生たちならたぶん知ってるだろ。魔女ならば、死にかけた他の魔女の後継者に意図的になれるってことをな。アデルの魔力をリノアが吸収することで、現在生きてる魔力の強い魔女をリノアひとりだけにする。そうすれば、アルティミシアはほぼ間違いなくリノアを使って時間圧縮魔法を発動させようとする。その時、アルティミシアの意識の影響を受けることで、リノアはその時点のアルティミシアが存在する時空間をさらに確実に認識できるようになる。迷うことなく、アルティミシアのところへ行ける−−−−−−」
「断る!」スコールは叫んだ。「俺たちはSeeDだ。正当な理由と正当な報酬さえあれば、どんな仕事でも引き受ける傭兵だ。だけど、リノアは違う!あんたたちに指図されるいわれはない!」
「そんなこたあちゃんとわかってるよ。ほかに人材がいれば、そのように考えた。だけど、今も説明したように、この仕事はリノアにしかできない。文字通り、他の誰にもできないことなんだ。だから、こうして頼んでるんじゃねえか」
「あんたたちは、一度はリノアを排除しようとしたじゃないか!それが、今度は・・・・・・・・!」
「あの時は、リノアをアルティミシアに利用されないようにするためには、封印するしかないと思ってたんだ。だけど、今は事情が変わった。こっちから攻撃をしかけることができるんなら−−−−」
「リノアにとっては、何も変わっていない!今度はあんたたちが利用しようとしているだけだ!こんなことをさせるために、リノアを封印するのをやめたんだな!」
「そんなんじゃねえって。オレだって、リノアをあんたたちに返すことに決めた時には、まさかこんな方法があるなんて思ってもいなかったんだ。とにかく、ちったあ落ち着いて話を聞けよ。−−−−いいか?リノアが魔女、それも、かなりの力を持った魔女になっちまったことは誰にも否定できない事実だ。それはつまり−−−−」
「つまり、魔女だからどんな扱いをしてもかまわない、ってことか?冗談じゃない!」
「誰がそんなことを言ったよ?魔女になっちまったんだから、今度はリノアがイデアのようにされちまうかも知れないって言ってんだよ。それをだな」
「それだってかまわない!リノアは俺が守る!あんたたちの好き勝手にはさせない!!」
「いいかげんにしろ!悲劇の主人公を気取って甘ったれたことを言ってんじゃねえよ!!」ラグナは我慢しきれなくなり、両手をテーブルに叩きつけた。「確かにな、魔女だって言うだけで毛嫌いするヤツも、人間扱いしないヤツもくさるほどいる。だけど、全部が全部そうだってわけじゃねえ。リノアがちょっと魔女になっちまっただけのフツーの女の子だってことをあんたたちは知ってる。オレたちも知ってる。他にも、魔女だからそれがどーしたって全然気にしないヤツもいっぱいいるんだ。でも、ここでアルティミシアを倒しておかないと、そういうヤツまで全部敵に回すことになるんだぞ!」
「だけど、俺は違う!俺だけは、どんなことがあってもリノアのそばを離れない!たとえふたりきりになってもだ!」
「バカぬかしてんじゃねえ!人間ってのはなあ、たったひとりやふたりで生きていけるほど強くもなけりゃお偉い生きもんでもねえんだ!ましてや、他人を拒否して生きることにどれほどの価値があるってんだ?!そんでも、おまえひとりが奈落のどん底に落ちるのはおまえの勝手だ、好きにすりゃあいい。だけど、リノアはどうなる?そこにいる、おまえの仲間たちはどうなる?リノアがリノアでなくなった時、おまえらがイデアと戦ったように、今度はリノアとSeeDたちとで戦うことになるんだ。こいつらが、そんなことを望んでいるって言うのか?おまえも、今までいっしょに育ち、暮らし、戦ってきた仲間たちに剣を向けられるって言うのか?リノアも、そうしてもらいたがってるってのか?これがおまえの言う、『リノアを守る』ってことなのか?もしそうだってんなら、今ここではっきりそうだと言ってもらおうじゃねえか。どうなんだ?え?!」
 スコールは言葉につまった。彼は歯をくいしばり、ラグナをにらみつけた。ラグナも負けじとにらみかえした。
 やがてスコールは、ふいに視線をそらした。そして背を向けた。両手を握りしめて。
「−−−−−大統領、お時間です」
それとほぼ同時に秘書官のひとりが執務室に入ってきて、そう告げた。
「・・・・・・・・・・わーった。今、行く」
ラグナは深々と息を吐くと、答えた。
 そして、スコールの背中に向けて言った。
「オレは今から、エスタ市民に向けて演説をしてくる。それは、ルナティックパンドラ突入作戦開始の合図でもある。おまえたちの協力が得られなくても、作戦そのものは決行する。これ以上エルオーネを捕われの身にしとくわけにはいかねえし、それに、アデルをこのまんまにしておけば、ヤツの方をアルティミシアに使われちまう。そんなことになったら、それこそおしまいなんだ。しかし、作戦の第一段階だけでも成功させれば、とりあえずひといきつくことだけはできるからな」
 ラグナはドアに向かった。彼はふとスコールのそばで足を止めると、続けた。
「でも、計画を練り直す時間ができるのはアルティミシアも同じだ。それがどちらにとって有利になるのかはさっぱり見当がつかん。だけど、ひとつだけはっきりとわかってることがある。おまえとリノアが孤立してしまうことだ。この依頼を拒絶されたからって、オレたちがすぐにおまえたちの敵になるとは言わん。でも、おまえたちを警戒しなきゃならなくなる。場合によっては、リノアを封印することもあらためて考えなきゃならん。だけどな、オレたちだって、そんなことはできることならしたくねえ。これは、ホントだぞ。そして、それを止められるのは、おまえと、リノアと、エルオーネと、そこにいるおまえの仲間たちだけなんだ。−−−−そのことを、もう一回冷静になって、仲間たちとも相談して、考えてくれや」
 ドアが閉まった。遠ざかる足音はすぐに聞こえなくなった。
 スコールは、はじかれたように外へ飛び出して行こうとした。それをSeeDたちはあわててひきとめ、彼を部屋の隅へとひっぱっていった。
 そしてなにやら話し始めた。それがスコールを説得しているかの、なだめているのか、彼の意見に同調しているのか、その声は小さく、キロスたちには聞き取れなかった。
 ウォードがキロスの肩を叩いた。
「ああ・・・・・・・・・そろそろ、か」
 ウォードは会議用テーブルのパネルをテレビ画面に切り替えた。そこに、官邸内にある会見室の様子が映った。しばらくしてラグナが、上着を着、靴だけは履き替えた姿で演台に現れた。彼は演説の時にいつもするように原稿をそろえて演台の上に置きそれをしばらく見直すと、それ以降は原稿を見ることなくカメラの方を向いて話し始めた。
 彼は初めに現在の状況の説明と、アルティミシア討伐作戦のことこそただパニックを起こすことになるだけだからとして盛り込んではなかったが、これから始まる作戦の概要を話し、この苦境を乗り越えるために今それぞれが何をすべきかを市民ひとりひとりに、兵士の家族たちに、そしてこれから戦地へと向かう兵士たちに向かって語りかけた。そして、ルナティックパンドラの機能停止後すぐにモンスターの徹底的な退治と被害を受けた町の復興を始めることを約束した。
 それは、ふだんの彼の語り口からは想像できない、説得力を持ったものだった。そしてそれ以上に聞く者を惹きつけるのは、彼の姿そのものだった。おっちょこちょいだけど誠実な、落ち込むことがないわけではないが悩むだけ悩んだあとには誰よりも前向きになるその姿は、見る者までも、今はどんなにつらくてもいつかはきっとなんとかなる、そんな気持ちにさせた。
 ラグナと知り合ってから30年あまり。そんなところに魅きつけられたからこそ、それほど長い時をあいつと運命を共にしてきたんだよな−−−−キロスとウォードは、あらためて思った。
 それは、そこにいる若いSeeDたちにも伝わったようだった。彼らは画面に映るラグナを見つめ、彼の話に耳を傾けていた。スコールひとりだけは壁の方を向いたままだったが、それでも彼の耳にもラグナの声は届いているだろう。
 ラグナは最後に、これからアデルが死ぬことで生まれてくる後継者の魔女を決して恐れないで欲しいと言った。普通の人間にも善人も悪人もいるように、魔女にもいろいろな魔女がいると。無意味に迫害したり拒絶したりすることで、普通の女性を『アデル』に変えてしまうことのないようにと。今日まで隣にいた人が、明日からも変わらず隣にいられるようにして欲しいと。彼は市民たちに静かにそう語りかけると、演説を終えた。
 誰もいなくなった演台が映るだけになると、キロスはディスプレイの電源を切った。
 そして、言った。
「スコールくん・・・・・・・・・。これまで誰もきちんと君に話しはしなかったが、君はもう、ラグナくんが君にとってどんな人なのか、薄々感づいているのではないか?」
スコールの後ろ姿は、微動だにしなかった。
「ラグナくんは、君という人間が生まれたことを知って以来、片時も君のことを忘れることはなかったよ。元気でいるだろうか、ちゃんと食べてるだろうか、淋しい思いをしていないだろうか、そんな心配ばかりして。あいつにはどうすることもできなかった事情のために、今までそんなふうに君のことを思うことしかできなかったが。そしてようやく会えることになった今、こんなに危険な仕事を君に頼まなければならないことをあいつは、そばで見ている方がつらくなってくるくらいに苦しんでいたよ。それでも、この仕事は君にしかできないと、そして、君にならできると、君だからできると、そう信じたからこそ、逃げることなくこの役目を自分に与えたんだ。−−−−そのことを、すぐにわかってやってくれとは言わない。だけどどうか、心の片隅にでもとどめておいて欲しい」
 自分の言葉をスコールがどう受け止めたか、キロスにはわからなかった。しかし、ここで自分が言うべきことは言ったと思っていた。そして、それをどう判断するかは彼の自由だとも。
 やがて、にぎやかな足音と共にラグナが戻ってきた。
 そして、執務室のドアが閉まると同時に、彼はその場にしゃがみこんだ。
「ふええ〜〜〜〜〜疲れた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」さっきまで着ていたはずの上着はとっくに脱ぎ捨て、整っていたはずの髪はばさばさになっていた。「やっぱ演説はキライだ〜〜〜〜〜。神経すり減ってなくなっちまうよ、ったく」
「君の神経は少々すり減るくらいでちょうどいいんだ。−−−−だけど、今度もきちんとこなしたじゃないか。毎度のことながら、君がしゃべっているとは思えないよ」
「演説の原稿はいつもオレが自分で書いてるんだぜ。だから、アレもオレの言葉なの。−−−−だけど、カメラや観衆の前でだと自分でも別人がしゃべってるような気分になってくるのが、なんかヤダ」
わかったわかった、お疲れさん−−−−とウォードはラグナの背中を叩いた。
 机上のインターホンが鳴った。リントナーがそれに応じた。
「−−−−大統領、総司令官です」
彼は十何年かぶりでラグナを肩書きで呼んだ。
 モニターに映るエスタ軍総司令官はラグナに敬礼した。そして、言った。
『出撃準備は完了しています。ご命令を』
「ん・・・・・・・・・・。ちょっと待ってくれな」
彼は頭を上げた。
「おい、SeeDたち」ラグナは執務室に戻って初めてSeeDたちに声をかけた。「あんたたちはどうするよ?」
彼らは一瞬互いに目を合わせると、ラグナの方に向き直った。
「やっぱさ、突然こんなわけのわからん依頼を受けて混乱してるわな。でも、これは本当にあんたたちにしかできない仕事だ。だからこそあんたたちには、じっくりと検討する時間をもらう権利があると思う。さっきはオレも、今が一番こっちに有利にコトを運べるタイミングだってのと、こんなごたごたはさっさと終わらせたいってのとであせってたんかな、いろいろとキツいことも言ったけど、絶対に今でなきゃダメだってことはないんじゃないかなとも思うんだ。リノアには好き勝手にあちこちうろついてもらうわけにはいかなくなるが、それだけ我慢してくれるんなら、好きなだけ考えて、納得して、心の準備をしてもらってかまわない。もし、また今度にしたいってんならそれはそれでいいから、今すぐやるかどうかだけこの場で答えてくれねえか。そのように作戦を変更しなきゃならないんでな」
 SeeDたちは相談しようと、スコールのそばに集まりかけた。しかしリノアはすぐに振り返ると、言った。
「私、やります」
「リノア?!」
「だって、これは私にしかできないことなんでしょ?だったら、いくら考えても同じよ」
「そんなことはない!もっと時間をかければ他に方法が見つかるはずだ!こんなやつの口車にのせられることはない!」
あ、ヒドい。口車なんて、まるでオレがイケないオジサンみたいじゃねえか。
「もしそうだとしても関係ないわ。私、やりたい。他に代われる人がいても、私がやりたいの」彼女はきっぱりとそう言い切った。「私・・・・・・・・・自分がいつかみんなの敵になってしまうかもしれないってこと、ラグナさんに言われなくてもわかってたわ。だから、封印されるのもしかたないって一度は覚悟した。でも、みんなと会えなくなるのも怖かった。スコールやみんなが私を取り返しに来てくれた時、うれしくてしかたなかった。私、もう、みんなと離ればなれになんかなりたくない。ここでがんばればもうそんな心配をしなくてもよくなるんなら、自分の力でそうすることができるのなら・・・・・・・・・私、やるわ」
リノアはスコールの手を取った。そして、しっかりと握りしめた。
「でも、でもね。戦うのも怖い。私、自分がひとりでは何にもできないことも知ってるから。だけど、みんなといっしょなら戦えるから。みんなといっしょならがんばれるから。−−−−−だから、スコールにもいっしょに来て欲しいの。こんなところでつまらない意地なんか張ってないで。ね?」
「−−−−−そーだよ。やろうぜ、スコール!」SeeDの少年が叫んだ。「オレたちにしかできないなんですげーじゃんか。ここんとこはいっちょオレたちの底力を見せてやろうぜ。年寄りにばっかいいカッコさせてないでさ!」
あ、これまたヒドい。これだから最近の若いモンは−−−−と、あまりにも年寄りくさいセリフがラグナの頭をかすめた。
 しかし、これでSeeDたちの気持ちは固まったようだった。あとは、スコールだ。
 彼はしばらく、自分の足下をじっと見つめていた。だが、やがて直立不動の姿勢をとると、彼は言った。
「−−−−−わかった。この仕事、引き受ける」
「おっし。そうこなくっちゃな」
ラグナはにこっとした。
 そして彼はインターホンに向き直ると、言った。
「ルナティックパンドラ突入作戦、予定通りに開始だ。任務の遂行に全力を尽くすのはもちろん−−−−ひとりでも多く、生きて帰れよ」
『了解しました!』
 しばらくして大統領執務室の窓から、エアステーションやエスタシティ郊外の駐屯地から飛行機や飛空艇が飛び立っていくのが見えた。ティアーズポイント−−−ルナティックパンドラのある方向へ。ラグナはそれを見送った。無駄死にはするな、できることならば一人残らず帰ってこい、と願いながら。
 そしてそれが見えなくなると、彼は言った。
「おっし!そんじゃ、オレたちも行くぞ!『愛と友情、勇気の大作戦』の始まりだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォードは、なんだそれは、という顔をした。
「なかなかいい名前だろ〜〜?なんつっても、おたがいを信じること、おたがいの手を離さないことこそがこの作戦の一番のかなめなんだからよ!」
「なるほど。センスはないが要点を的確についている、君らしいネーミングだ」
「悪かったな!」
「・・・・・・・・って、君も行くのか?!自分が前線に出て行ってもどうせ足手まといになるだけだからおとなしくSeeDとエスタ軍にまかせると言っていたはず−−−−」
「あに言ってんだよ〜〜〜〜〜?ルナティックパンドラにはエルがいるんだぜ。エルオーネにも、他に代われるヤツのいない大事な仕事があるんだ。そのことを伝えるのはオレの役目だろ?オレもそこまでは行かないと話にならねーじゃんか」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・そうだな。それでは、私たちは」
「でさー、キロス、ウォード、おまえらにも来て欲しいんだけど」
ラグナは変に照れくさそうに言った。
「は?私たちも?私たちが行ってもそれこそ単なる役立たずだぞ。それより、君がここを留守にするのなら」
「だけどさー、こっちもSeeDの突入タイミングをはかるヤツが要るんだよ。こいつらの判断を信用しないわけじゃねえけど、エスタ軍との共同作戦なんてもちろん初めてだからエスタ側の人間がいた方がいいと思うんだよ。だけど、オレはそーゆー細かいことはニガテだしさ。おまえらもいてくれると安心なんだよ。な?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ずいぶん妙なことを言うな、とキロスとウォードは顔を見合わせた。しかし、リントナーがここは大丈夫だからと言うので彼らは同行を承諾した。
「おーしっ!そんじゃ行くぞ!ラグナロクで行こうぜ、ラグナロクで!いや〜〜〜〜、オレ、一度アレに乗りたかったんだよな〜〜〜〜〜〜。デカくてカッコいいし、なんつってもオレと名前が似てるしな!!」
 ラグナはドアへと駆け出した。そして、そこで足を止めると、言った。
「じゃ、リントナー、ここはまかせるぜ。時間を手みやげに帰ってくるからよ。『未来』ってヤツをな!」
「はい、お気をつけて−−−−−−−!」




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