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SECOND MISSION〜Final Fantasy VIII・IF〜

〜エスタ(2)・8〜




 飛空艇・ラグナロクがティアーズポイントに到着した時、ルナティックパンドラを包み込んでいたバリアは完全に無効化され、外壁の数カ所には穴が開いていた。
 そして、エスタ軍にはまったく動きがなかった。
 派手にドンパチやっているとは思っていなかったが、こうまで動きがないのは逆にラグナを不安にさせた。彼は急いで地上部隊に連絡を取った。大隊長は彼に、第一陣の突入はすでに完了、その後援軍の要請はないと報告した。
「予測していたほどの人数が中にいなかった、ってことか・・・・・・?」
『それはわかりません。しかし抵抗が少なく、すでに2割ほどの区域を制圧したようです』
「順調すぎるな・・・・・・・・・・」
敵側の作戦かとも思ったが、その可能性は薄かった。第一、ガルバディア軍は籠城にも似た状況にある、本当にそうだったとしてもちょっとやそっとでエスタ側の優勢がくつがえされるとは思えない。しかし、優勢にすぎて、アデル臨終の場にリノアとSeeDたちが立ち会えないのも、それはそれで困る。
「急ぐ必要があるな。こっちもつっこむぞ!」
「了解!」
 飛空艇のパイロットはそう言うと、ラグナロクをルナティックパンドラの周囲に旋回させた。そして想定しておいた突入ポイントを捕捉すると照準を定め、ミサイルを撃ち込んだ。外壁にまたひとつ、大穴が開いた。十分な大きさの穴が開いたのを確かめると、パイロットは飛空艇をそこめがけて突入させた。激しい衝撃が起こった。
「あ・・・・・・・・・・・つっ。う〜〜〜〜〜〜、内臓出そう」
振動が完全におさまり、ラグナは頭を起こした。衝撃にそなえてそれなりに身構えてはいたが、それでも気が遠くなりかけた。
「あんたたちは、大丈夫か?」
彼は後部座席に座るSeeDたちに言った。
「だいじょうぶで〜〜〜〜〜す」
何もなかったかのように元気な声が返ってきた。
 鍛えている若いヤツにはかなわんな。ラグナはやっとのことで腹にめりこんだシートベルトをはずすと、ようやく一息ついた。
 パイロットが無線機の周波数を調整した。エスタ軍の部隊同士が交わす会話が入ってきた。急なことで性能のいい小型無線機が十分な数確保できず音声の状態はよくないが、それでも役には立っているようだった。
 ラグナは司令官を呼びだした。そちらの声は十分すぎるほどに鮮明だった。彼は現在の状況を説明させた。
『すでに半分ほどの区域を制圧、あるいは無人であることが確認されています。現在、制御部突入に備えて、部隊を再配置しております』
「なんかめちゃくちゃ順調だな。やっぱ電波が使えるってのはいいな。各部隊の連携、うまくいってるみたいじゃねえか。主力になる若い兵隊たちは無線機を使ったことがないからちと心配してたけど」
『最初こそ多少混乱しましたが、ほとんど問題はありませんでした。それから、それもなんですが、自主的に投降してくるガルバディア兵が予想できなかったほど多くて』
「投降してくる?」
『はい。これまでのところ、こちらの包囲が完了するかしないかのうちに投降してくる兵がほとんどでした。そのため、こちら側の損害も今のところはわずかです』
「そっか・・・・・・・・・・・」
心配ごとがひとつ、なくなりはしないまでも、少し軽くなった。
 アルティミシアとアデルという脅威を排除するために、子供たちの『未来』を奪わせないためにとガルバディア軍と一戦交えることにはした。しかしガルバディアは、ラグナが生まれ育った国だ。かつての自分と同じ軍服を着た兵士と戦争をやるのは気分のいいことじゃない。
「やる気がないヤツは敵じゃない。・・・・・・・丁重に扱ってやれな」
長い籠城に疲れたか、この戦いの無意味さに気づいたのか、臆病風に吹かれただけか、理由はなんだっていい。戦うつもりがないのなら、それが一番いい。エスタのことを第一に考えなければならない立場上、なんとか殺さずに捕らえろなどという命令を作戦に織り込んだりはできなかったが、進んで捕虜になった兵士を気遣うことくらいは許されるだろう。
「そんで、アデルと・・・・・・・エルオーネは見つかったか?」
『今のところは不明です。しかし、捕虜の話からルナティックパンドラ内部にいるのは間違いありません』
「SeeD部隊もオレといっしょにここにいる。アデル発見次第突入させるから連絡頼む」
『了解』
 通信機のスピーカーはとぎれとぎれに兵士たちの声を流し続けた。ラグナは目を閉じ、じっとそれに聞き入っていた。捕虜を連行するという報告もいくつかあったが、戦闘が中心部に移るにつれて、やはり抵抗が激しくなってきたようだった。
「・・・・・・・・・・・リノア」長い間椅子の上でじっとしていたラグナが、突然言った。「本当に、やってくれるか?」
「はい?」
「アデルの後継者になること、やっぱしいやなら断ってくれていいんだぞ。−−−−魔女戦争が終わった頃に生まれたあんたは話に聞いたことがあるだけでよく知らんだろうが、アデルは本当にいやな、人間の心を失った魔女だ。自分以外の人間は、敵か奴隷としか見なかった。同じ魔女でさえ、自分の力を高めるための道具にした。もともとそんな女だったのか、魔女になったせいでそんなふうに変わってしまったのかは知らないが。・・・・・・・・アルティミシアんとこへの水先案内人にはあんたになってもらうしかない。それだけでも命の危険を伴う大変な仕事だ。その上、そんな魔女の後継者になってくれってのは、さっきは勢いで言っちまったけど、まあ、なんつーか・・・・・・・。あんた以外の誰かがアデルの後継者になったら少々話がややこしくはなるだろうが、それでどうしようもなくなるってわけじゃ、ないからさ」
「でも、私が後継者になった方が確実なんでしょう?」
「ん・・・・・・・まあ」
「だったら大丈夫です。私、やります。私も、失敗したくないんです。誰のためでもない、自分にためにやるって決めたんですから」
リノアは、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「うん・・・・・・・・そうだな」
 無線交信があわただしくなってきた。その中に、『アデル』という言葉が混じる。
 −−−−−見つかったのか?
 その場にいた者たちの耳が、通信機からの声に集中した。
『大統領!』司令官の声だ。『魔女・アデル、発見しました!』
「場所は?!」
『G26!』
パネルにルナティックパンドラ内部図が映し出された。今報告のあったポイントに赤い点が点る。
「こっちの場所はわかるな?突入ルートは確保されているか?」
『最短コースにあたるH2は通路の破損が激しいので迂回してください。H区は完全制圧していますが、G3より先はまだ安全が確認されていません』
「エルオーネは?」
『申し訳ありません、お嬢さんはまだ発見しておりません。捜索範囲はかなりせばめられてきてはいますが』
「わかった。ひきつづき探索してくれ。とりあえず、アデルに関する詳しい状況説明を頼む」
スコールとSeeDの主要メンバーはパネルをとりかこみ、ルートの再確認をした。司令官からはさらに、最前線の戦況が伝えられる。
「・・・・・・・・イケそうか?」
最終確認が済んだとみると、ラグナは訊いた。
「やるだけやるさ」
スコールは答えた。
「おっし!そんじゃ行ってくれ!!」
 SeeDたちは一斉に敬礼すると、つぎつぎとリフトに乗り、下部のハッチへと降りていった。
「スコール!」
最後にリフトに乗り込もうとした彼を、ラグナは呼び止めた。
 スコールは振り返った。
「・・・・・・・・・・全部終わったら、ゆっくり話そうな」そしてラグナは、てれっと照れ笑いを浮かべて、頭をかいた。「いや、あの、別に、おまえが話すことなんかないってんなら、その、いいんだけどさ」
スコールはぷいっと背を向けると、リフトに乗った。
 しばらくして、すぐそばの通路の一角にSeeDたちが集結するのが見えた。スコールはその先頭に立ち、彼らに指示を出していた。そして彼の合図と共に彼らは三方に分かれ、ルナティックパンドラの奥へと走り出した。
 ラグナはそれを見送った。姿が見えなくなってもずっと、スコールが消えた通路の先を固い表情でじっと見つめていた。
 キロスとウォードは、そっとラグナのそばに寄った。
「ラグナくん・・・・・・スコールくんなら、大丈夫−−−−−−」
ラグナはふいにくるっと振り返った。そして、叫んだ。
「どうしよお〜〜〜〜〜〜〜!オレ、スコールをどなりつけちまった!しょっぱなからそんなことするつもりなんかなかったのに〜〜〜〜〜〜!!!!!」
キロスはがっくりと肩を落とした。ウォードは、力づけようとラグナの肩に置こうとした手を返し、彼の頭をどついた。
「なにすんだよ〜〜〜〜。いてえじゃねえか!」
「それはこっちが言いたい!息子の身を案じているのかと思えば−−−−!」
「そりゃ、心配はしてるよ〜〜〜〜〜。だけど、心配しすぎるってのもムダってもんだぜ。オレたちがあいつらに面と向かって会ったのは今日が初めてだけど、あいつらがとてつもなく強いことはオレたちが一番よく知ってる。なにせあいつらは、『妖精さん』なんだからな」
「−−−−それは言えるか。『妖精さん』が来た時の感覚は、私もよく覚えている。絶体絶命という場面で、何度もそれに助けられた。彼らのおかげで私たちは今こうして生きていられるのかもな」
「だろ〜〜〜〜〜?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォードもうなづいた。そして彼は手をひらひらさせ、肩をすくめた。
「まあ、そうだな。それもわからないでもない。私もびっくりしてしまって、ただ見ているしかなかったからな」
「だってさ、どうにも腹がたって我慢できなくなっちまってよ。なんでああも人の気持ちを考えられないんだか。兵士としての判断力は一級品だってガーデンの学園長も太鼓判押してたってのに。ま、ちょっと近視眼的なとこがあるとも言ってたけどさ」
「近視眼というのは、好意的に言いかえれば一途とも言える。一途であることは、若者の特権だ。いつまでもあれでは困るが、あのくらいの年齢のうちは許されることであり、必要なことでもあるだろう。いきすぎをいさめる者がいれば。−−−−甘い顔をすればいいってものではない。あの時君は、君が取るべき行動を取ったと思うよ」
「そ・・・・・・・・そうかな??」
ラグナはにこーっとした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ウォードはにやりとキロスに笑いかけた。
「そうそう。だからこそ私たちも、ラグナくんのそばを離れるわけにはいかないんだよな」
キロスは小声でぼそっとつぶやいた。
「ん?なんか言ったか?」
「気のせいだ」
キロスは言った。
 そして彼は小首をかしげると、続けた。
「・・・・・・・・そういえば、私とウォードはどうしてここに来たんだったか?」
「あ?」
「君は事務的な細かい仕事は苦手だが、しかし、ここぞという場面での決断は一番の得意技だ。一小隊への指令は確かに細かいと言えば細かいことだが、こういうことこそが君が得意とする仕事のはずだ。それがどうして、あんな気弱なことを言い出したんだ?細かいことに口を出すとろくなことにならん、と言ってからかったからスネたのか?」
「あ〜〜、そんなこともあったっけな。−−−−そんなんじゃねえよ。おまえらにこんなところまでついてきてもらったのは結局ムダになっちまったみてえだけど、ホントはさ・・・・・・・・オレがSeeDたちといっしょに最前線につっこんで行きそうになったら、止めてもらおうと思ってさ」
「・・・・・・・・・・?」
「あの晩な。イデアがオレんとこに来たんだ。そん時、ついつまんないぐちをこぼしたら、彼女にこっぴどく怒られたよ。あなたは間違っている、今スコールが必要としているのは守られることじゃない、信じてもらうことだ、ってな。あいつがもうほんの子供じゃないことくらいはオレだってわかってるつもりだ。だけどオレは、あいつがこんなにデカくなるまで顔を見たことすらなかった、種まいただけの親父だからな。エルともあの子が6才の時に離ればなれになっちまったから、スコールのことも、そのくらいの年までしかうまく想像できなくて。だから、体をはってあいつを守ることしか考えつかなかった。それができないのがくやしくてしょうがなかった。今だってそうだ。だけど、実際に何十人もの子供を育てた人の言葉は重いよ。イデアの言葉全部を実感として受け止められたわけじゃない。でも、彼女の言葉が正しいのはわかる。だからここは、スコールをただ信じて、あいつが無事に帰ってくるのを待とうと思った。でもオレは、ネがでしゃばりだからな。本当に全部、あいつに託しきれるかどうか自信がなくて・・・・・・・・・それで、おまえらにヘンなこと言ってついてきてもらったんだよ」
キロスとウォードには、ラグナの気持ちが痛いほどわかった。危険な最前線に飛びこんで行くことよりも、こうして安全な場所でただ待つだけの方が彼にとっては勇気のいることだと。ましてや見送るその背が、たったひとりの血をわけた息子のものであるならば。
「・・・・・・・・でも、さっきリノアの『自分のためにやる』って言葉を聞いて、迷いがなくなった気がする。あいつらは、誰のためでもない、自分たちのために戦いに行くんだ。これから盛りを迎えようとしている自分たちの時間を自分たちの手で守るために。−−−−−−これも、イデアの受け売りだけどな」
伏し目がちにそういうラグナの表情は、どことなくうれしそうにも見えた。
 しかし、その柔らかい雰囲気は、長くは続かなかった。司令官から、SeeDとアデルの戦闘が始まったことが伝えられた。だが、ラグナの心を曇らせたのはそれだけではなかった。
「・・・・・・・・・・・・でもやっぱ、失敗したかな」彼はつぶやくように言った。「イデアにもういっこ、言われたことがある。本当の危険は戦いが終わったあとにある。スコールはここに自分の居場所があるということがよくわかっていない、帰り道を見失うかもしれない、だからここにもうひとり待っている人がいると教えてやって欲しいって。オレは、自分が間違ったことを言ったとは思っていない。でも、もっと別の言い方があったんじゃないかなって・・・・・・。あんなケンカ腰の言い方じゃあな・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「正直に言わせてもらうならば、少々反感を持たれた印象はある。ただでさえ大人に反発したがる年頃でもあるしな。しかしスコールくんは、仲間がいることを君の言葉で思い出した。彼らが自分と共に在ることを望んでいるのに気づいた。だから、不満そうな顔をしながらも、この仕事を引き受けた。−−−−彼は、仲間といっしょに生きていくために帰ってくるよ。それでいいではないか?無事に帰ってきてさえくれれば、今すぐは無理でも、いつかは君がどんな思いで彼をしかりつけたのかわかってくれる。間違ったことは言っていないのだろう?」
ラグナは黙ってうなづいた。
 それからまもなく。待ち望んでいた知らせがようやく届いた。
『大統領!』司令官の声だ。『エルオーネさんを無事保護しました!』
「無事か?けがは?!」
『はい、少々お疲れのようですが、けがひとつなく、お元気です!』
「よかった・・・・・・・・・・・・!」
ラグナはすっかり力が抜けて、椅子に座り込んだ。エルオーネは魔女・アルティミシアにとっても他に代わりのない、唯一無二の切り札だ。大丈夫だと信じてはいても、この知らせが届くまではやはり安心しきれずにいた。
『それでは、お嬢さんはすぐそちらにお送り−−−−−』
「いや、オレがそっちに行く。場所を教えてくれ。それから、案内役の兵士を何人か頼む」
『了解』
 ラグナロク内が再びあわただしくなった。飛空艇近くに配置されていた中から選ばれた兵士が駆けつけてきた。司令官からは最前線の現在の状況がくわしく伝えられた。
 アデル敗北は近かった。そしてイデアの話から、アルティミシアが時間圧縮魔法を使うのはアデルの死の直後と推定された。計画が狂ってあせったのか、今しかできないとふんだのか、彼女がリノアに降りてくるのはその時。疲れきっているであろうエルオーネを休ませてやる時間はない。
 十分にはほど遠いわずかな時間で、あの子が自分で自分の未来を守る力が出るよう、少しでも勇気づけてやること。それこそがあと、オレができることのすべて。
「・・・・・・・・最後の大仕事だな」
「ああ・・・・・・・・・・・・」
 準備が整った。ラグナは同行する兵士たちと共にリフトに向かった。
 キロスとウォードは、その場を動かなかった。
「私たちはここに残る。私たちも、残念ながら、警護される側の立場と年齢になってしまった。なんらかの役目があるのならばともかく、そうでもないのに無駄についていって、兵士たちによけいな負担をかけたくない」
「え・・・・・・・そんでも・・・・・・・・・・・」
「君の心は決まっているのだろう?私たちは、君がこうと決めたら、いくら私たちでも君の考えや行動を変えられないと知っている。それがたとえSeeDたちを追うことだとしても、止めるつもりはない。しかし君はもう、子供たちのために自分が今何をすべきかちゃんと知ってるよ。だから私たちは、ここで君がなすべきことを無事にやりとげるのを信じて待つとしよう。君がスコールくんのことを信じて待つと決めたように」
「キロス、ウォード・・・・・・・・・」ラグナは言った。「オレな・・・・・・・。あのSeeDたちの中に、あるいはこれからスコールが出会う人間の中に、オレにとってのおまえらのようなヤツがスコールにも、ひとりでもいて欲しいと思うぜ」
「光栄だ」
キロスはかすかにほほえみながら言った。
「・・・・・・・・・・・・」
ウォードは妙に照れくさそうに頬をかいた。



×××



 ルナティックパンドラ機構部近くにある、技術者の詰め所用の部屋。そこを警備する兵士たちはラグナの姿を見ると、道をあけた。
 エルオーネはそこにいた。彼女は将校を含む数名のエスタ兵にかこまれ、椅子に座っていた。落ち着いた様子だったが顔は真っ白で、血の気がなかった。
「エルオーネ」
ラグナの声に、エルオーネは顔を上げた。
「ラグナ・・・・・・・・・・・」
「エルオーネ・・・・・・・無事で・・・・・・・・・・・・・・」
「ラグナ・・・・・・・ラグナ!」エルオーネはよろめきながら彼に駆け寄った。そして彼の首にしがみついた。「私、こわ・・・・・・こわかった〜〜〜〜〜〜〜!!!」
そして、堰を切ったように泣きじゃくりだした。
「エル・・・・・・・・ごめん。本当に・・・・・・・・・・・・・ごめん」
ラグナはしっかりとエルオーネを抱きしめた。けがこそなかったものの、わずか数日のうちに彼女はすっかりやつれていた。
 オレがつまんないことでぐだぐだ悩んだばっかりにこんなに待たせ−−−−いや、こんな怖い思いをさせること自体なくて済んだはずだったのに・・・・・・・・・。
 せめて気の済むまで泣かせてやりたかった。しかし今は、そんな時間はない。
 ラグナはエルオーネの痩せた背をそっとさすりながら、彼女の耳元でささやくように言った。
「エル・・・・・・エル。時間がないんだ。オレの話すことを聞いてくれないか」
 ラグナは、ルナティックパンドラ内で展開されている作戦のこと、魔女・アルティミシアのこと、この作戦の本当の目的、今スコールたちが魔女・アデルと戦っていることをエルオーネに短く説明した。そして、この作戦の中でエルオーネが果たすべき役割について話して聞かせた。
「そんな・・・・・・・そんなこと・・・・・・・私・・・・・できない・・・・・・・・・」
エルオーネは震える声で言った。
「大丈夫。できるよ。おまえには、その力がある」
ラグナは静かに、しかし力強く言った。
「でも、私、こわい・・・・・・・。もし・・・・・もし、失敗したりしたら・・・・・・スコールにもしものことがあったりしたら・・・・・・・・・・」
「オレだって、正直言って、怖い。それでも、こんなことを終わらせるためにやらなきゃならないんだ。−−−−オレはな、スコールが、あいつがやるべき仕事をやりとげて無事に帰ってきてくれると信じてる。おまえが、あいつがどんなに強いかをオレに教えてくれたから、だから信じれたんだ」
「私が・・・・・・・・?」
ラグナはうなづいた。
「オレには、あいつのように、武器を持って戦う力はない。だけどオレは、ひとつの国を動かすことができる。だからオレは、エスタの国力すべてを動員して、作戦をたて、それを指揮した。オレは、オレがやるべきことをやったって信じてる。それから、おまえのことも信じてるぞ、エルオーネ。おまえもきっちり、自分の役目を果たしてくれるってな。おまえは芯の強い子だ。そうでなきゃ、つらいことも苦しいこともいっぱいあっただろうに、それでもひねくれたりせず、素直で優しいいい娘に育つわけないもんな。今度のことだって、回りは敵だらけの中でひとりきりでもがんばれたじゃないか。もうちょっとだけがんばろう。おまえ自身の力でおまえ自身の未来を守るために。な?」
エルオーネはラグナの手を握りしめ、彼の話を聞いていた。
 彼女はその手を離すと、涙でくしゃくしゃになった顔をこすった。そして、ラグナの目を見つめた。その目からおびえは消えきってはいなかったが、それでも彼女はしっかりとうなづいた。
「おし。いい子だ」
ラグナはもう一度、エルオーネを抱き寄せた。
「オレとエルオーネをアデルのところに案内してくれ。まだ戦闘が続いてて危険かも知れんが、できるだけ近くまでな」
彼はその場にいた一番高位の将校に言った。
 そしてラグナは、まだ足もとのおぼつかないエルオーネをしっかりとささえ、ルナティックパンドラのさらに奥にと向かった。



×××



 ルナティックパンドラでの戦いは終わった。
 最後までアデルと共に戦ったガルバディア兵たちも、アデルの敗北が確実になると憑き物が落ちたかのようにおとなしく捕虜になった。
 捕虜たちが連行されて行くのと入れ替わりに、ラグナとエルオーネはアデルがいる部屋に入った。
 アデルはまだ生きていた。しかし、すでに虫の息だった。呼吸をするのすら苦しそうに顔をゆがめ、床に横たわっていた。
 誰かが入ってきた気配に、彼女は目を開けた。にごった瞳に、ラグナとエルオーネの姿が映った。怒りと憎しみの光が宿る。かすかに唇が動く。彼女は必死になって片手をふたりの方に、エルオーネの方にはわせた。もう何ひとつ思い通りにならなくとも、自分の力だけは、自分が望む者に受け継がせようと。
 その時、リノアが動いた。
 彼女はアデルのそばにしゃがみこんだ。そして、アデルの血まみれの頬にそっと触れた。そこに、蛍の光にも似た淡い光がともった。その光は一瞬で消え、アデルは息絶えた。
「リノア」
スコールがリノアの肩を抱いた。彼女はまだぼうぜんとして、アデルの死に顔を見つめていた。その表情は、生前の彼女からは想像できなかった、悲しげなものだった。
 アデルが魔女にならなかったならば、エスタは、自分たちは、そして彼女自身はどうなっていただろう。ラグナは思った。彼女とは出会うことすらなく、友になることもなかっただろう。しかし、敵になることもなかったはずだ。
 だが、これが現実。こうするしか、なかった。
 これで、こちらがやるべきことは済んだ。あとは、アルティミシアの出方次第だ。
 しかし、しばらく待っても何も起こらなかった。
 このタイミングだという推測は間違っていたのか?何日か間をおいてのことなのか?それならばそのように作戦を変更する必要がある。ならば、どのようにすれば−−−−−。
 ラグナが次を考え始めたその時、リノアに変化が起こった。
「いや・・・・・・・そんな・・・・・・・・・・・・!」
彼女は頭をかかえ、丸くなった。身体が激しく震える。
 −−−−−来た・・・・・・のか??
「エルオーネ!」
エルオーネは手を組んで目を閉じ、神経を集中した。
 スコールはリノアを抱きしめた。彼女の身体の震えは止まらない。
「リノア・・・・・・・・リノア!」
突然リノアは、スコールをはね飛ばして立ち上がった。彼女の表情は、能面のように冷たく凍りついていた。それを見て、ラグナはぞっとした。それは、デリングシティで見た魔女・イデアの顔と同じだった。
 異様な力がリノアの内部で凝縮されていく。そしてアルティミシアの魔力がリノアの心を食い破ろうとした瞬間、リノアの身体はその場にくずおれた。スコールがあわてて彼女を抱きとめる。
 リノアはすぐに目を開けた。その時には、リノアはリノアに戻っていた。
「リノア・・・・・・・・・・大丈夫??」エルオーネは彼女に駆け寄った。そして彼女の額に浮かんでいた脂汗をぬぐった。「ごめんなさい、なんとかアルティミシアだけをとばそうとしたけど、会ったことがあるわけじゃないからやっぱりうまくいかなくて、それで、あなたたちの心が融合しかかったところを狙ってあなたごと・・・・・・・・・・・・」
「う・・・・・・うん。ちょっと気持ち悪かったけど、もう大丈夫」
リノアはまだ荒い息を吐きながらも、エルオーネにほほえんで見せた。
「よくやったな、エルオーネ」ラグナはエルオーネの頭をなでた。「それじゃ、スコール、あとは−−−−−−−」
 突然、身体が浮き上がるような奇妙な感覚が襲ってきた。めまい、吐き気、身体と心が引き裂かれるような苦痛。
 −−−−時間圧縮が、始まった・・・・・・??
 ラグナはエルオーネを抱き寄せた。そして必死になって、目をこじあけた。視界がゆがみ、SeeDたちの姿がぼやけて見える。
「スコール!」ラグナは叫んだ。「SeeDにとって、クライアントの命令は絶対、そうだったな?!」
もはやそこにいる人影のどれがスコールなのか、はっきりとはわからなかった。
「オレはおまえらの雇い主として、エスタ大統領として、命令するぞ!アルティミシアを倒して、無事に帰ってこい!いいな、無事に帰ってくることまでが、おまえらの仕事だ!わかったな!?」
かすかに、スコールが敬礼する姿が見えたような気がした。もうそれ以上、目を開けていられなかった。気が遠くなっていく。
 −−−−−スコール・・・・・スコール!!必ず、帰ってこい。絶対に、帰ってこい!そうでなきゃ、オレはなんのためにここまでやってきたのかわからない・・・・・・・・・!!




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