神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第五話『残された肖像』

「あ、あれ?」 

 私は沈黙に堪えかねて、ミカミのところへ行こうかと足を踏み出すと、視界の隅っこに見知った姿を発見した。学校での覇気こそ感じられないが、同じ制服だし見間違えることはないだろう。
 あからさまに肩を落としてぼんやりと歩いていた彼女へ小走りで歩み寄った。

「鈴奈、どうしたの?」 

 調子悪いの? と、続けた私の声に顔をあげた源鈴奈は、祐真くんと同じで一つ下の一年生だけど、小学生と見間違うほど小柄でちょっと変わり者だ。
 鈴奈は私の姿を確認して急に背筋を正した。 

「ひなた先輩! 先輩こそこんなところでどうしたんですか?」 

 質問の答えになっていない。
 私は不思議に思いつつも「ちょっとお見舞いに」と答えたあと、自分が手ぶらだったことに気がついた。 

「あたしもそんなところです」
「そうなの? 大丈夫? 何か顔色良くないけど」 

 声は頑張って張り上げているような気がするけど顔色は思わしくない。彼女が診療を受けていたといっても差し支えない様子だ。
 しかし、私の問いに鈴奈はけらけらと笑って「あたしが病気するように見えますか?」と続けあっけらかんとしている。 

「ひなたさん、小鳥遊さんの病室分かりましたよ。おや? 源さん」
「え、小鳥遊? あの、じゃあ、あたしもう帰るんで」 

 祐真くんの名前に慌てたようにぺこりと頭を下げて、小走りで立ち去ってしまった。
 頭頂部近くに結い上げられた髪を左右に揺らして走り去るその姿が視界からいなくなるまで見送って、私は首を傾げた。

「どうかしましたか?」

 不思議そうに問い掛けてくるミカミに私は曖昧に首を振り「さぁ?」と首を傾げた。

 私、何か悪いことをしただろうか?

 そういえば最近、鈴奈を見かけなくなっていた。以前は毎日のように声を掛けてくれていたのに。そして、遠慮なく――文字通り――体当たりしてきた。
 やっぱり良く分からなくて、はぁ、と嘆息して振り返るとミカミの腕に掛かっていた花籠が目に付いた。 

「ミカミ、それどうしたの?」
「え? ああ、これ小鳥遊さんへのお見舞いです」 

 行きましょうか? と、軽く背中を押されて、私も止めた足を進める。気がついたら祐真くんの姿も見えない。 

「集中治療室は一応出たみたいですよ。ですが、その、本当に行きますか?」
「行くよ」 

 ミカミの問いに迷いなく答え、エレベータの昇降ボタンを押した。
 ですよねぇ……と、呟いたミカミの声は少し沈んでいる。こういうときは、大抵朗報はない。私は一抹の不安を覚えたが後戻りはしたくない。

「ほら、行くよ」

今度は私がミカミの背を押した。

 ***

「おばさん、良い人だったね」 

 長く伸びた影を引きずるように帰りの足取りは重かった。
 面会出来ないかと思ったけれど、付き添っていた祐真くんのお母さんに普通に招き入れてもらえた。

 シンプル極まりない病室は規則正しい機械音以外は無音だ。
 ベッドに横たわった祐真くんは眠っているだけのように見えた。でも私を凝視していたおばさんの視線に堪えかねて、問い掛けた私におばさんはやっと来てくれたと涙声になった。

「祐くんと仲良くしてくださっていたの?」
「え、と、その」 

 私の両手をぎゅっと握ってそう口にするおばさんに、私は答えられなかった。親しくなったのは祐真くんがこんな状況になってからだ。なんていえない。
 はっきりと答えられない私の返答を、どう捉えたのか分からないがおばさんは「良いのよ、気にしないで」と纏める。
 よく事情がつかめずに首を傾げて、ちらりと傍のミカミを盗み見たがミカミは祐真くんを見つめていた。 

「祐くんも年頃なのだし、良いと思うわ。実際もあなたのような可愛らしい方で良かった」 

 え、もしかして、もしかしなくてもミカミが同席しているにもかかわらず何か勘違いしている? 益々返答に困る私におばさんはスケッチブックを取り出した。 

「これ、あなたでしょう?」 

 ぱらりとめくったページにはいくつかのラフ画と精巧な肖像画が描かれていた。 

「ひなたさんですね?」 

 私の後ろからスケッチブックを覗き込んだミカミの呟きに、一応頷いて見せたが三割くらいは美化してもらっていると思う。思うけど、祐真くんって絵が上手かったんだ。でもこんな風に描かれると恥ずかしいし照れくさい。
 もうどんな顔をして良いのか分からず、唖然とそれを眺めることしか出来ない私におばさんは優しい笑みを溢し、ベッドの傍へ寄ると祐真くんの手を指先につけられた機器が外れないようにそっととった。

 ***  

 結局私は否定も肯定も出来なかった。
 そういう雰囲気ではなかった。私が行っても祐真くんが目を覚ますわけではないのに、おばさんはそう信じているようだった。 

「何も聞けなかったね」
「そうですね」 

 ミカミは頷いてくれたけど、何か知っていそうな感じだ。
 それにしても、祐真くんも厄介なものを残してくれている。まぁ、彼が目を覚ましてきちんと話してくれれば済む簡単なことだけれど、凄く遠い話になりそうな気がする。

 何だか私は痛々しいおばさんの姿が頭から離れなくてなんだかまた泣きそうだ。
 祐真くんが姿を消してしまったのも分かる気がする。 

「ミカミ、どうしようもないんだよね?」
「そうですねぇ。僕が出来ることといえば、小鳥遊さんが死神に見付からないようにしておいてあげることくらいですが、この地区の死神は思いの外、仕事熱心ではないようですし大丈夫だと思いますけど」
「死神?」 

 とりあえず話の路線を逸らすことにした私にミカミは素直に乗っかってくれる。 

「ええ、僕が導いてしまった魂がありますが、まだ苦情がきていないので」
「苦情って、結果的に仕事手伝ってもらったんでしょう? お礼こそいわれても怒られる筋合いなんてなくない?」 

 私の言葉にミカミは苦笑して話を続ける。 

「死神というのは神界でも少ない特権階級なんです。人の生き死にに直接関われる役職は少ないですからね。そのせいで、プライドだけはどの神族よりも高いんです。だから自分の仕事に茶々入れられたとあっては黙っていないと思いますよ」 

 ミカミはそういって肩を竦めた。 

「あれ? でも、生き死にってことはその死神に頼めば祐真くんは生き返るの?」 

 私の質問にミカミは少し考えるように空を見上げた。これは僕の独り言です。聞き流してくださいね。と前置かれて私は頷いた。 

「生き返るという表現は間違っていますし、小鳥遊さんが意識を取り戻すことだけが、本当に最良なのでしょうか? 人は強いけれどその反面とても弱くて脆い。今のところはまだ選択は小鳥遊さんに託されていますが……」

 ミカミの言葉はまるで祐真くんがこのまま眠り続けていたほうが良いと、事切れてしまったほうが良いのでは、と、いっているように聞こえる。

「神様の言葉とは思えないね」 

 笑った私に、ミカミも眉根を寄せたまま微笑んで頷き「今のは忘れてください」と付け足した。でも、ミカミがそんなことをいうということは、彼の体に何か起こっているのだろうか? そういえば祐真くんの過剰反応も変だった。何だろう、何か凄く嫌な予感がするし気持ち悪いっ! 

「あーっ! もうっ!」 

 突然声を張り上げた私に、ミカミが肩を跳ね上げて目を丸くする。通行人数名も一瞬足を止めてしまった。失礼。 

「何かこう鬱々としたこの気分を一掃してくれることってないかな」 

 んんーっと腕を上げて大きく背伸びをする。
 背筋くらいぴっとしていないと何もかも沈んでしまいそうで怖い。

 常に運の悪かった私の処世術の一つだ。姿勢くらい良くないとね。


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