神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第四話『平等なモノ』

「あ、あの、神宮寺さん」

 沈黙が痛くて何とか声を出したが神宮寺さんに片手で制された。

「おしゃべりが過ぎた。君の迎えが来そうだよ」

 いわれて、ああと溢す。そういえば、ミカミにしては時間が掛かり過ぎだ。

「涙は拭っておいてもらえる? 君を泣かせたりしたらミカミ君に何をされるかわからない。それに、ほら、これはあれだよ。僕は神様も嫌いだし、暁さんみたいな善人も嫌い。だけど、それでも僕の手駒になるのなら欲しくないわけじゃない。だからひなちゃんの同情を引いて僕のところに来ないかなと思っただけだから」

 真実味はないよ。と、笑う神宮寺さんの心遣いに私も何とか笑って見せた。

「じゃあ、私行きます。お邪魔してしまってすみません」

 もう一度ごしっと顔を拭って、ぺこりと頭を下げると私は出口へと足を踏み出した。

「ああ、そうだ」

 呼び止められてもう一度だけ振り返る。

「出来れば右京と呼んでもらえるかな?」
「ひっ! むむむ無理です無理っ! 神宮寺さんを名前で呼ぶなんて!」

 神宮寺さんからの思わぬ提案に私はあたふたと答える。そんな私に神宮寺さんは「そっか」と眉を寄せて笑った。

「無理いって悪かったね。唯、そう呼ぶのがあれだけだから時々自分が一体何者なのか忘れそうになるんだ」

 あれというのは恐らくカエサルだろう。
 学校では殆どの人が会長と呼んでるだろうし、それ以外は苗字だろう。家人にも呼ばれないということだよね。神宮寺さんの家、忙しそうだし殆ど一人なのかな?

「………えっと、その…う、右京、さん?」

 散々迷った挙句、かすれる声でそう呼ばせてもらった私に、右京さんは口元を覆って肩を揺らした。
 笑われてしまった。
 ぱぁぁっと頬が紅潮していくのが分かる。私は居た堪れなくてまた一礼したあと慌てて部屋を出た。後ろから「やっぱり、お人よしだよね」と掛かった声はまだ笑いを含んでいたが、特に嫌な気分にはならなかった。

 あんな風に笑う右京さんを見たのは初めてだったし、失礼ながらちょっと得した気分だ。

 廊下を赤く染める窓ガラス越しの空を眺める。

 ―― ……この世の平等なモノは感情だけなのかな?

 神宮寺さんは全てを拒絶したくて……でも好きでいたくて、その心はいつも矛盾していて、それはきっと苦しい。本当の彼はそんな人なのだろう。
 ま、本当のところなんて本人にしか分からないし、私は唯分かりたいと思うだけだけど。自嘲的な笑みを漏らして肩を竦めると私は止めた足を踏み出した。



 そして、遅いと思ったら図書館を出たところで神様と幽霊がもめていた。 

「……で、何? 何でもめてるの?」 

 私の声に二人揃って聞いてくださいよっ! と、ばかりに勢い良く振り返る。一歩下がってなんとか「何?」と笑ったつもりだが恐らく引きつっている。 

「暁先輩が遅いから心配になってこの辺うろうろしてたら、やーっとミカミさんが来て」
「確かに、ちょっと例の二人に捕まっていたので遅くなりましたけど、ひなたさんに何かあればすぐ分かるんです」
「そうなの?」 

 何? それは魔法的な何か? と問い返すと、あっさり「愛です」と力強く答えてくれた。 

「全く、そんな不確かなもの翳さないでください! それで」
「ひなたさんをどれ程好きかでもめていたんです」 

 がつ! とりあえずミカミを殴っておいた。
 祐真くんは勝ち誇って胸を張ったが、単に彼には触れられないから無駄だと思って手を上げなかっただけだ。 

「今の流れでどうしてそんな話になるのか分からないけど、そんな恥ずかしいどうでも良いこと、こんなところでいい合わないでよ」 

 まあ、人気はないに等しくて良かったけど。
 そうでなければ、ミカミの独壇場だったのだから、どんな目で見られるか分かったもんじゃない。唯でさえ、私に付きまとっているミカミは変人扱いだ。
 そして、ミカミは大して痛くなかったはずの打たれたところを押さえつつ、ふと一言。 

「ひなたさん目が赤い。何かあったんですか?」 

 やっぱりミカミは鋭かった。

 ***


 ここが大好き! という人に出会ったことはないし、私も例外なくあまり好きじゃない。
 最近の病院は消毒臭さというところからは解放されたものの、この特有の雰囲気がなくなるわけじゃないし、今の私にいわせれば色々と居たり居なかったりする。 

 きょろきょろと辺りを確認しながら、私は隣を歩いていたミカミの腕を掴んでいた。診療時間外だからか待合室の人影は疎らで薄暗い。
 不親切な担任には病院の名前しか教えてもらえなかった。だから仕方なく受付へと進む。祐真くんは病院に入ってからずっと静かだ。こういう表現はおかしいが時折立ち止まって足が重そうだ。 

「僕が聞いてきますよ」 

 腕を掴んでいた私の手にミカミの大きな手が重なって、穏やかに告げられるとそっと離される。別に一緒に聞きに行っても問題ないだろうに、と思いはしたもののあまりに足の重い祐真くんが気に掛かって私は頷いた。
 カウンターに足を進めるミカミを見送って「大丈夫?」と祐真くんに問い掛ける。祐真くんは遅疑逡巡したあと私の方を見て「平気です」といったもののとても平気そうではなかった。 

「今日はさ、ミカミも居るし、その、戻れるようなら身体に戻ってみたらどうかな?」
「ミカミさんが居るからどうだっていうんですか? 戻れないっていってるのに!」
「ご、ごめん」 

 予想外の勢いに私は反射的に謝っていた。
 それに気がついたのか「ごめんなさい」と祐真くんも続いた。そういえば祐真くんは、家には入れないしこの間の天使候補生たちとの騒動も殆ど蚊帳の外だったのだ。ミカミが何者なのか、なんて知らない。私と一緒に住んでいる高校生? ――私的にはそこにも無理があると思う――くらいの認識なのだろう。確かにそんなヤツが居たからどうだっていうんだ。

 当然のように訪れる沈黙が痛い。
 ミカミも部屋聞くだけなんだからさっさと戻ってくればいいのに、綺麗なお姉さんと話し込んでいるようだ。 人の気も知らないでと、苛々して私は宛てもなく視線を彷徨わせた。


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