神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第三話『契約の理由2』

 そんなことを正面切って聞かれると恥ずかしくて、まともに顔は見られないけど怖いかと聞かれれば

「怖くないですよ」

 まして、嫌悪感なんて……。私は小さく首を横に振った。

「確かに、その、あれですけど、理由はどうあれ神宮寺さんには助けていただいたことも多いですし」

 私は自分で口にしたことを確認するように頷いた。
 どちらかといえば感謝することの方がまだ多い。そして、訪れた沈黙に居心地が悪くて、こつこつとつま先で踵を打ちつける。ややして再び神宮寺さんの呆れたような溜息が聞こえる。

「絶対騙されるよね。騙されやすいよね。その上、騙されていることにも気がつかないタイプだ。僕のキライな人種だ。あまりこの言葉は好きじゃないけど“お人好し”だといわれない?」

 いわれないようなら僕がいう。と続けた神宮寺さんに苦笑した。そして、はっきりと嫌いな人種といわれたことに苦い思いがする。確かにお人よしだといわれた。ミカミにも何度も。

「まあ、君が気にしていないなら別に良いよ。それにしても本当に大嫌いなタイプだ。だけど、それだけに興味沸くよね? 暁さんみたいな子って」

 だから、神様なんか味方についちゃうのかな? 疑問系だけど、多分私に尋ねているわけではないのだろう。神宮寺さんは一人で頷いたあと肩を竦めた。もう答えの出ないことに思案するのはやめたらしい。
 大嫌いとまで重ねられ些か心苦しいが、今度は思い切って私が訪ねる。

「あの、前から気になっていたんですけど聞いても良いですか?」
「良いよ、僕に答えられることならね」

 神宮寺さんは興味が逸れたのか、手近にあったファイルを手にとってぱらりとめくる。
 何だかんだと冷たく装っても、カエサルが傍に居ない時の神宮寺さんの雰囲気はほんの少しだけ柔らかい。元々あの刺すような威圧感はカエサルの存在感なのだろう。一級魔である彼がそこに立っているというだけで、生きる物全てが生気を奪われてしまうような気がする。

「どうしてカエサルなんかと契約したんですか?」

 単刀直入。歯に衣着せぬ私の問い掛けに神宮寺さんはぴたりと手を止めた。
 そして綺麗な指で眼鏡をぐっと持ち上げてくすりと微笑む。

「直球だね?」

 微かに傾けた首の動きに、長めの前髪がさらりと揺れた。

「だ、だってその、神宮寺さんは別に魔族なんかと契約を結ばなくても、何だってこなせると思います。危険をわざわざ冒す必要なんてないと思います」

 ぎゅっと握りこぶしを作って力説する。
 本当にそう思う。

 彼に誰かの助けなんて必要ないと思う、眉目秀麗才色兼備と謳われる彼のカリスマ性を疑う者もいないだろうし、泣く子も黙る神宮寺家の次期当主だ。
 それ以上一体何が必要だというんだろう?

 神宮寺さんは私の質問の意図を図りかねたのか、暫らく私の頭の天辺から足の先まで眺めたあと、うーんと唸って何気なく吐く息に合わせて、ついっと外を眺めながらぽつと呟いた。

「偶然じゃないかな?」
「はい?」

 その呟きがあまりにも他人事のようで何のことを指していっているのか分からなくて、私は間の抜けた声を出した。そんな私に神宮寺さんは、ふふっと笑いを溢す。

「だから、偶然。偶然だよ、単なる」
「偶然?」
「うん、そう、偶然、彼を召喚する方法を見つけて、偶然、実行が可能で……偶然、成功した」

 それだけだよ。と、事も無げに微笑んだ。
 私には理解出来なくて少しの間放心してしまった。その唯の偶然の産物に彼は命を代償としたのだ。そして“偶然”を重ねる彼は空虚に見えた。

「分からないって顔してるね?」

 くすくすと笑っている彼に頷くことしか出来ない。

「でも、実際それ程無駄でもない。魔族だろうと神族だろうとゼロよりは良いさ。退屈はしない」
「そんな、それで命を賭けちゃうんですか?」
「死んだ後のことまで興味ない」

 あっさりと口にする神宮寺さんに、何故かとてつもなく悲しくて切なくなった。
 胸がきりきりと痛んで、じわりと目頭が熱くなる。泣きたくなった。
 そんな私に気がついているのかどうか分からないが、神宮寺さんは「ひなちゃん、知ってる?」と話を続ける。

「孤独は人を殺せるんだよ」

 それから虚無もね。彼の笑みが余りにも自分には何もないといっているようで、自分の存在に意味も価値もないと告げているようで、泣いているようで……かわりに私の頬に堪えた涙が伝ってしまった。慌てて拭ったけれど気が付かれただろうか?

「僕は生まれたときから今現在も、何一つ不自由していない。君のいうとおり叶わないものも手に入らないものもないといっても過言じゃない」

 君以外はね? と笑う。

「でも、何でも持っているということは何も持っていないということで、自由であることほど不自由なことはないんだ。僕個人が持っているものなんて僅かだ。そう、あいつが唯一欲しがる魂くらいなもの、それだけだ」

 私は掛ける言葉もなくただ涙を押しとどめるためだけに、きゅっと下唇を噛み締めた。
 彼の心はいつも孤独だった。その隙間を埋めたのがカエサルに求められたことだけ、唯の人として……そんなの悲しすぎる。
 私は何もかも不器用で、何一つまともに出来ることなんてなかったから、そんなことを感じたり考えたりする暇もなかった。今だってそうだ。でも神宮寺さんは……

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