神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第三話『契約の理由1』


 翌日、本人に聞くとあっさり断られたので担任に尋ねてみた。
 担任は快く教えてくれたものの

「これ、片しといて」

 私一人では抱えきれない荷物を、私の両腕にぼんぼんと載せて「頼むな!」と背中を押した。ぐらついた荷物を絶妙なタイミングでミカミが抜き取る。
 傍に居た祐真くんも手を伸ばしてくれたみたいだがもちろん無駄だ。

「それから、病院は教えたが行っても無駄だぞ。面会させてもらった話は聞いてない」

 後ろからかかった言葉に一抹の不安を覚えつつも、乗りかかった船行ってみないわけにはいかないだろう。

「仕方ない、早く終わらせるためにも分担しよう」

 よいせっとお行儀悪く足で引き違い戸を閉めて肩を落とした。

「ミカミはそれ資料室持って行って。ああ、資料館まで行かなくて良いからね」
「ああ、一階の準備室ですか?」

 その返答に頷いて私は本を数冊抱えて図書館へと向かった。
 祐真くんには良い思い出のないところだろうから、一緒に来なくて良いというと意外とあっさり引いてくれた。やっぱり自分が死にそうになった場所に、進んで向かう気にはならないだろう。私は小さく笑って止まった足を進めた。

 図書館は三階建てだが敷地は広く、一見デザイナーズマンションみたいな造だ。中央エントランスの吹き抜けを囲むように部屋が配置されている。大学部には別にあるのでここを使用するのは主に高等部の面々だがあまり人数が多いとは思えない。
 階をおうごとに人気がなくなってくる。マニアックな書籍が保管してある部屋は閑古鳥がなくように誰も居ないことも常だ。

 私は手に持った古臭い本の表紙と管理番号を確認して一室へ足を踏み入れた。案の定誰もいない。私は嘆息して目的の棚を探し作業を開始した。

 よっこいせと最後の一冊を棚へ戻す。
 思いの外、簡単に用事を済ませることが出来た。ちょっと前ならありえない出来だ。
 自分でいうのも何だが、この程度の用事に倍以上の時間は掛かっていた。私は自嘲気味に笑みを漏らしたことに慌てて室内を見渡した。

 誰も居ないと思っていたのに、約一名本に埋もれたようになって腰を下ろし、机に肘をついている人が居た。こんなところに出入りする物好きは誰だろう? と、まじまじと見つめるとその人影に心臓が跳ねた。

「神宮寺さん?」

 彼を放課後一人で居るのを見つけるのは珍しい。
 いつもは大抵、生徒会メンバーとか先生たちとか……まあ、色々一緒だ。
 私は見つけてしまった以上、無視も良くないだろうと思いそっと歩み寄った。何となく、肘をついた先に頭を擡げているが眠っているように見えたのだ。

 机に手が触れるところまで歩み寄っても微動だにしない。完全に眠ってしまっているようだ。傾いた陽が彼の整った顔を照らす。切れ長の瞳にそれを縁取る長い睫。すっと通った鼻筋の上に宛がわれた縁の細い眼鏡。静かな室内に細い寝息が響く。

「疲れた顔してるなぁ」

 綺麗なのは確かだけど、私はそれよりも僅かに浮かんだ疲労の色のほうが気になった。
 山と積まれていたのは本ではなくて、何かの資料だ。生徒会の物かな、もしかしたら会社も少し任されているという話も聞いたことあるし……何だろう? 難しそうだな。
 
 まあ、良いや。

 折角寝ているのを起こすのも何だし、このまま失礼しよう。そう思って一人頷くと私は忍足でその場を立ち去ろうとした。

「誰?」

 ひぃっ!
 音は立ててない立ててないよー。

 目で見てもはっきりと分かるくらい肩を跳ね上げてしまったような気がする。傍で「ああ、ひなちゃんか……」と呟いて眼鏡を掛け直している神宮寺さんの姿に私は申し訳なく振り返った。

「すみません。起こしちゃって」
「いや、良い。珍しいな? ひとり」

 ふふっと笑って口にした神宮寺さんに私は苦笑して「ええ」と肩を竦めた。

「神宮寺さんも一人なんですね?」
「ここは穴場なんだ。滅多に人も来ないし司書もいない」

 ああ、私は彼が一人で集中しているところ、実際には息抜きしているところへ邪魔をしてしまったわけか。何となく申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
 でも私がいったのはそういう意味じゃなくて――神宮寺さんがいった意味と同じなのだけど――ホンの少し逡巡した私に神宮寺さんは「座ったら?」といいつつそのことに気がついたように笑った。

「カエサルは今いないよ。別に四六時中あれと居るわけじゃないからね」
「そうなんですか?」

 これは意外だった。
 契約内容は知らないけれど、基本的に行動を共にしているものだと思っていたから。
 腰を下ろさない私に、それ以上椅子を勧めることなく少しの沈黙の後、先に切り出したのは神宮寺さんだ。

「どうしてこんなところへ? 興味あるとは思えないけど」
「ちょっと、資料の後片付けをしてて」
「させられて……だろうね。君のことだから」

 そう繋いで呆れたように微笑まれ自分の頬が熱持つのを感じた。以前はあまりに住む世界が違いすぎて、近寄り難い生徒会長とも今は普通に会話していると思うと不思議だ。

「ねぇ、聞きたいことがあったんだけど」

 神宮寺さんが机の上で組んでいた指先が揺れるのを眺めてしまっていた。そんな私に声が掛かり反射的に顔を上げると目があってしまった。
 ドキドキする気持ちを押さえ込んで、続きを促すように首を傾げると、はぁと溜息を溢してから口を開いた。

「よく普通にしてられるよね?」
「え?」
「だから、僕は以前君の意に添わないことをしたわけだ。なのに僕に対して恐怖心とか嫌悪感とかないわけ? いっておくけれど、カエサルが僕にさせたわけじゃない。あれは僕の望むことしかしない命令しないと動かないから、僕がそうしようと思ってしただけだ」

 意に添わないこと。

 私はミカミがこちらに来たばかりの頃のことを思い出した。
 神宮寺さんは、私の不運を見ていて、これだけの不幸が重なった人間ならば訪れた時の幸運は大きいと思ったのだ。だから、それを手に入れたくて私に近寄っていた。でも、ミカミが現れたせいで少しずつ計画がずれていったんだ。
 何者か分からないミカミを試すために、私を二階から突き落としてみたり、使役するために媚薬を使ってみたりしたわけで、それで……そうだ! 私は、あの、この、その、神宮寺さんとこともあろうか、キキキス! そう、キスをしてしまったわけだ。
 何か意識が朦朧としていたから良く覚えていないけど、物凄い近いところに憧れの神宮寺さんの顔があって……思い出しただけで頭の天辺から湯気が出そうだ。


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