神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第二話『神様と天使の関係』


「おい、貴様。その霊体に迷惑しているのなら消してやっても良い」
「だ、駄目よ。そんな横柄な物言いをしては。ただの人間だとしても失礼よ」

 ―― ……例外なく二人とも失礼だ。

 私は、掛けられた声を無視して、自動ドアをくぐる。そして、無視した私の後ろから不遜な態度で物申す二人を、重ねて無視した。
 買い物籠を手に取りつつ深く深く肩を落とした。

 どうして、私の周りはこんなのばっかりなんだろう?

 声を掛けてきた二人をどこまでも無視して、私は店内を進むと「ちょっと待て!」だとか「愚弄する気か!」とか「この小娘が!」などという台詞が後ろから掛かる。

「どう見ても貴方たちの方がちびっ子なのだけど?」

 苛々として足を止め振り返り改めて見ると、先ほどミカミを追い掛けていたちびっ子だ。

 日本人離れした美形っぷりは、将来楽しみな感じだが態度はデカイ。ていうか、日本人じゃないだろ、確実に。
 鏡を合わせたように髪形以外瓜二つな子供たちは、誰が見ても双子決定だ。

 男の子の方は両手を腰に添えてふんぞり返っている。
 半歩後ろに控えた女の子の方は、豊かな赤毛を両サイドで結い上げているのが萎れているようだ。綺麗な緑がかった瞳がおろおろと片割れと私を交互に見ている。

「そ、そんなことはどうでも良い! 迷惑しているならその霊体を消してやるといっているんだ。何度もいわせるな」

 どうにも態度のデカイ少年に、私は祐真くんを見ることもなく「結構です」と両断した。別にどうしてもそうしたいなら、こんなちびっ子にお願いする必要はない。

「暁先輩。ボク嬉しいです。付き合ってください」

 隣りから歓喜の声が上がる。違う。だから、そういう意味でいったんじゃなくて……この子達に頼る必要はないという話で……聞いてないよねぇ。私の話なんて……。
 諦めが混じっていても、私は伝えないわけにはいかなくて、苦々しく口を開く。

「いや、もう、付き合うとか分かんないから。勘弁して……んで、ちびっ子は私にどうして欲しいの? 何かして欲しいからしてやろうって腹なんでしょ?」
「あ、あの……兄の態度にご気分を害してしまったのなら申し訳ありません」

 害さない方がどうかしている。
 そうか、男の子方がお兄ちゃんなわけね。

 憮然とした態度の治らない兄を押しのけるようにして妹が口を開いた。

「わたくしの名は、エル。兄はコーラルと申します。こちらでは留学生として扱っていただいております。あの、あまり身体無き者との接触は良いものではございませんから、わたくしどもが、その」

 私が取って食うとでも思っているのか、エルのほうはびくびくと話を続ける。もじもじと胸の前で組んだ両手を落ち着かな気に、揺らして恐々と私を見上げる。
 何かもう、誰か助けろ。
 私がこめかみを押さえて長く深く息を吐いたところで

「どうして、ひなたさんはみんな集めちゃうんでしょうねえ……」

 聞き馴染んだ声と、仕方ないなと息吐く音が聞こえた。 

 ***

 その夜、我が家は大賑わいになった。 
 父は仕事柄家を空けていることが多く今夜もいなかったし、母も私の心配事が減ったお陰で生き生きと社会復帰したため遅かった。

 もう、それだけが救いだ。

 そして今のところ祐真くんのことは据え置き。
 私は隣で丸くなっていたタマを撫でながら、さっきまでの騒ぎを思い起こす。因みに、タマとは名前は猫だが小型犬で多分チワワと何かの雑種だと思う。縁あってこの家で飼う事になった。体格もまだまだ貧弱。鳴き声なんてワンと聞こえずヒャンヒャンと鳴いているような犬だ。

 エルとコーラルの兄妹はミカミの関係者だった。

 何でも天使候補生らしい。その場を弄る気にならなくて、耳に入ってくるわけの分からない単語を聞き流していたが今更問い直す。

「何、天使候補生って」
「天使になるための学校みたいなものです」

 ようやく静かになって、一息吐いたところで、私は自室のソファに腰掛けた。
 朝まででも居座りそうだった二人は、母からの帰宅メールで何とか家から追い出すことが出来たし、祐真くんはこの家に入ることすら出来なかった。
 恐らくミカミが何か仕込んでいるせいだと思うが、あえてミカミも何もいわないので聞くのはやめにした。

 家の中まで、その類の物を持ち込むのはごめんだ。

「ミカミの後輩?」
「え、違いますよ。神族の殆どは世襲制というか血統でいくんです。ですから彼らとは違います」
「ふーん、じゃあミカミはいいところのご子息?」

 私の冗談交じりの台詞に運んできた珈琲をローテーブルに載せつつミカミは苦笑した。

「そうですね。上級神の家です。ですが、僕は家名を著しく汚しましたからね。縁は切られていますよ」
「……堕神(おちがみ)?」

 恐る恐る口にした私の言葉に、ミカミはほんの少し寂しそうな顔をして微笑んだ。そして、思わず謝罪を口にしそうになった、私の言葉を「僕の選んだことです」と遮った。

 ミカミは、その昔この土地の土地神をやっていたらしいのだけど、なんというか恋煩い? に陥って役目を疎かにしたせいで、全ての資格も地位も奪われて堕神になってしまったんだそうだ。
 そして、そこから戻るため。と、神の居なくなってしまったこの土地を守るために、私が生まれ持った幸運の殆どを奪ってしまったらしい。

 私の不運続きはそのせいだったとか何とか。

 ミカミはまだ少しそのことに引け目を感じているようだけど、私としては記憶にない頃の事だし今更だ。不運にも不幸にも慣れ親しんで免疫もかなり出来ている。だから特に私自身は気にしていないのだけど。

「何で、ミカミは天使をつけないの?」

 話を聞きかじっている感じでは、神様はみんな天使を使役しているようだった――執事とか秘書的な感じで――エルとコーラルはまだ候補生だが、こちらの世界の実地訓練中らしく、ミカミの傍にいたいというお願いだったのだ。

 ミカミは「僕は天使をつけるつもりはありません」の一点張り。

 あんなに強情なミカミはちょっと想像出来なかった。子供や動物には甘そうなんだけどな。

「特に必要と感じないからですよ。三級神までは無作為に上が決めた天使がつきますし、二級神になれば自分で天使を選抜することは許されます。しかし、つけないということは許されません」

 あまり神様世界のことを理解しようをしている風ではない私に、ミカミは私が納得出来る程度、長すぎず、短すぎず、掻い摘んで話をしてくれる。

「そして、一級神はそのどちらも適応されず選択の自由があるんです。だから、僕は彼らを傍置かないことを選んだ。それだけのことですよ」
「それだけ……ねぇ?」

 ふーっと珈琲の入ったカップを両手で包み込んで息を吹きかける。

 ちらりとミカミの方を盗み見ると、目があってにこりと微笑まれた。ミカミって私には優しいし、信頼出来るとも思うけど……ミカミ自身はあまり他人を信頼していないように感じることもある。

 結局のところ天使を使役しないのも、他人を信用出来ないからじゃないんだろうか?

 けれど、私にそれを問質すことは出来なかった。その代わりに私は別のことを告げる。

「あの子たちが諦めると思えないけど……」
「その時はその時、別の方法を考えますよ」

 にっこりと毒無くそう口にするミカミは、あんに別の方法で彼らに圧力を掛けるといっているのだろう。少なくとも今のミカミにはそれが可能なのだ。

「あれ? でも、そうするとカネシロにも?」
「ええ、彼には優秀な天使が居るみたいですよ? 僕のところに正式な嘆願書とか届いていましたし」

 丁重にお断りさせてもらいましたけど。と、重ねたミカミに乾いた笑いを溢してしまった。

 カネシロは、偶然学園で出くわした三級神だ。
 三種限定、所謂、貧乏神だと聞いたけど、その名に相応しく無く彼自身は煌びやかで悪趣味な男だった。

 現在カネシロはミカミとの契約を守らなかったため、小さな箱に封印されてしまっている。あの時の嫌がりようを思い出したら少し可哀想になって、ちょっぴり、ほんのちょぴっとだけ胸が痛む。
 けれど私はそれ以上の追求を諦めてカップに口をつける。

「美味しい」

 やんわりとした苦味が口の中に広がる。私の素直な感想にミカミは頬を緩めた。

「それは良かったです」
「ねえ、ミカミ。私、小鳥遊祐真くんのところへ行ってみようかと思うんだけど」

 何の前置きも無くそう口にした私に、ミカミはいうと思ったというような笑みを浮かべて「分かりました」と頷いた。

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