神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第一話『告白からの始まり2』


「待ってください」
「私、今夜は食事当番だから買い物にも行かないといけないし、祐真くんも私に関わってないでさっさと身体に戻った方が良いよ」

 そそくさと踵を返して歩き始めた私の後ろを慌てた様子でついてくる。

 ん? 憑いて来てるの?

 彼にとってのこれまでの黒歴史は知らないが、運がないといえば彼が今こんな状態にあるということだろう。
 不運な事故にさえ合わなければ、彼はまだ普通に学校生活を楽しんでいたはずだ。あの日も私は押し付けられた雑務をミカミとこなしていた。

 ***

「うんしょ……っと」

 敷地だけは広いものだから、授業に使う資料やら土地の史跡からの出土品などを管理する棟が別にある。二階建てだし、他の建物よりは低いが広い。

 隣接しているのは図書館だ。

 主に高等部の生徒が使っていると思うけれど、初等部中等部の出入りがゼロというわけではない。しょっちゅう荷物運びをさせられる私にとっては、勝手知ったる場所ではあるが流石に遠い。今はまあ

「これ下の階じゃないですかねぇ?」

 荷物持ちがいるから良い。
 私はミカミに頷きつつ、自分が持っていた荷物を中央の机に載せた。
 こういうのが好きな人たちの集まりが使う以外は、それ程頻繁に人が出入りしないこの場所は、埃っぽい。私はいつものように窓を開け放った。

 すぅっと新しい風が入り込んでカーテンを揺らしていく。

 心地良くて思わず深呼吸した。
 歴史担当の講師に見付かったら怒られそうだけど、この密閉された空間に居るのは耐え難い。

 隣りの図書館は、賑わっているとは言い難いが、こちらよりは人影がある。それを何気なくぼんやりと眺めていたら

「ひなたさん!」

 突然ミカミに声を掛けられて慌てて振り返った。
 ミカミは、ほんの少し動揺した様子だったが、直ぐにいつもの雰囲気に戻って私の隣へと歩み寄り「駄目ですよ。梅雨時なんですから湿気で痛んでしまいます」と窓を閉めカーテンに手をかけた。

 ミカミのいうことは正論で間違っては居ないのだけど、どこかわざとらしいのは何故だろう?

「ちょっと待って!」

 視界の隅に、何かが過ぎった。しかも右から左じゃなくて……上から下……。

「身を乗り出すと危ないですよ、駄目ですって、ほら」
「そうじゃなくて! 何、あれ、人だかりが出来てる?」

 少し強引にミカミに押さえられた。私はそれを押しのけて窓の外へと顔を覗かせた。ミカミのせいであまりはっきりと目視できなかったが、もしかして、何か今落ちたような? 私を故意に窓際から遠ざけようとする、ミカミを無視して、私は再び窓を開け放った。

 諦めたようなミカミの溜息が頭上から降ってきた…… ――。

 ***

「―― ……落ちるかなぁ、普通」

 夕飯の買い物に向かいつつ、しみじみと呟いてしまった私に、祐真くんは「ですよねぇ」と他人事のように深く頷く。

 そう、あの時不運にも、彼:小鳥遊祐真くんは図書館の三階窓から落ちたのだ。

 私は先日二階から落下したが、無傷だったのに比べて、彼は救急車で病院に搬送されたあと、集中治療室に入っていると聞いた。

 そして、こんな格好で私の前に現れたのだから必然的に私はダメだったのだろうと思った。

「何で落ちたの?」
「いえ、もう少し見たいなーと思って身を乗り出したら」

 てへっと悪戯っ子のように笑みを溢す彼が、死に際にあるとはとても思えない。一体何にそんなに興味を引かれていたというのだろう? 重ねた私に祐真くんはきょとんと目を丸めた。

「暁先輩を見てたんですよ」

 至極当然! という風に口にした祐真くんに、私は声を裏返した。

 通行人に一瞬白い目で見られて、慌てて咳払いをし立ち居を正す。ミカミをこそこそと見に来る生徒は少なくないが、私目当ての変わり者がいるとは思ってなかった。

「あそこから、よく見えるんですよ。先輩必ずあの窓開けるじゃないですか? だから資料館へ向かうのを見かけたらボク図書館に行ってたんです」
「もしかして私のせいとかで、化けて出てるの?」

 引きつる頬を隠しながら繋いだ私に祐真くんはぶんぶんっと頭を左右に振った。

「ボクがこうなったのはボクの運の無さですよ。大抵、こんなどうしようもない感じで人生終わっちゃうと思ってたんです。だから、そのことには何とも思いませんよ。ただ、ボクは……」

 やっぱり祐真くんも私の不運に巻き込まれただけじゃないんだろうか? 確かに最近はミカミが傍に居るお陰で不運というほどの派手な運の無さを披露する機会はなくなったけれど、生半可な物ではなかったのだからその余波が残っているとも考えられなくもない。

 はぁ……と嘆息して肩を落とした私に「おい」と声が掛かる。
 ちょうど近所のスーパーの前に到着したときだった。

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