神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第一話『告白からの始まり1』

 魂のリセットとは無に還ること
 今の自分を捨て新たな存在になること

 誰しも最終的に行き着く場所ならば、今の自分を生ききってからでも遅くはないはずだと言ったのはどっちだったかな……。
 そして、人間生きていれば本当にいろいろなことがあると日々実感する。

 神様や悪魔に会うことだってないわけじゃないし、今現在だって有り得ないことが目の前で起こっていたりして、退屈する暇がないというよりは息つく暇もないわけで



「ボク、ずっと暁先輩のことが好きで、いや、そのえっとボクもあまり運が良いほうじゃなくて、いつもハズレばかり引いていて、それでずっといろんな物のせいにして生きてきたのに、ここに来て暁先輩を見かけて、ボクなんか比べ物にならないくらいの運の悪さをものともしない前向きさに感動しましたっ! それからずっと貴方を見てきて」

 下校時間もとっくに過ぎ去った夕暮れ時。
 もうあと一息で日も暮れて空は闇が支配する時間帯。
 校舎に囲まれた中庭の一角で、私は人生初めての――聞きようによっては、上げられているのか下げられているのかちょっぴり不明な――多分、告白というもの受けている。

 私、暁ひなたの目の前で、私よりほんの少し背の高いくらいしかない小柄な下級生。
 名前を小鳥遊祐真(たかなしゆうま)くんという。

 私の記憶に新しい子だ。
 顔を真っ赤にして頭の先から湯気でも上がりそうな勢いのまま、捲くし立てるように話を続けている。

 私が声を出す隙すらない……隙もないけれど……。
 問題はそれだけじゃなくて……

「あ、あの、本当にミカミさんとは何もないんですよね」
「えぁ? うん、別に、ない、と、思う」
「会長ともお付き合いされているわけじゃない、んですよね?」
「じじじじ神宮寺さんとっ?! そんなわけないないないっ! あったら良いけど……じゃなくって、本当にない、です。残念ながら」

 それに多分、神様憑きの私と悪魔憑きの彼では、くっついているもののウマが合わなさ過ぎると思う。私が肩を落とす一方で、対峙した祐真くんは俯いていた顔をあげ、ほっとした様子で笑みを溢していた。

 ―― ……可愛いなぁ……

 と素直に思わせる幼さ残る容貌だ。でも何度も重ねるが、問題はそこじゃない。
 運良くこんな時間まで残っていたのが私だけで本当に良かった。

 ―― ……それにしても、ミカミはどこに行ったんだろう?

 どうしたものかと辺りを見回しても探し人どころか人っ子一人居ない。

 近年の宅地開発によって緑の多い田舎風景が切り開かれ新しく出来上がった町。
 神無台(かんなんだい)ニュータウンに私の家がある。そして、私の通う私立碧葉台(あおばだい)学園も町が出来上がると、同時進行で出来上がった幼稚園から大学までの学校だ。
 田舎だし遠方からの生徒受け入れのために、寮も完備されているものの私は徒歩圏内なのでもちろん家から通っている。
 そんな私の元に神様を名乗る求婚者が現れたのは、まだ記憶に新しい話だ。

「では、是非こんなボクですがお付き合いいただけませんか!」

 既に疑問系でもなくなっている。
 勢いだけで突っ走れて可愛い子だなぁ。しかし、私は首を縦に振るわけにはいかない。

「でも、その“こんな”の部分が大問題じゃない?」

 ようやっと私に回ってきた台詞に、祐真くんは分からないというように瞳を逡巡させる。はぁ、こんな状況じゃなければどれだけ良かったか。その様子に耐えかねて私も顔を逸らした。

「ひなたさん、早く帰りましょう」

 ぐい! と、人が驚く暇すら与えずに、突然出てきた空気を読まない男ミカミは私の腕を引いた。私はその力に数歩下がったが、何とかその場に踏みとどまって、ちょっと待って。と、続ける。

「あのさ、あんたの管轄外なのは分かるけど。綺麗すっぱり無視するのやめてくれない?」
「……ひなたさんが関わりすぎなんですよ」

 掴んだ腕を放しながら、ミカミは仕方ないなと溜息を一つ溢した。
 夕焼けにうつるミカミの色素の薄い髪は金色にうつって綺麗だ。ミカミは、私と祐真くんを順番に見てやや沈黙したあと、何かいうことがあるのかと思ったら、ふいっと明後日な方向を向いて口を開く。

「あ、追いつかれちゃいました。ひなたさん、僕ちょっと撒いてきますから先に帰るか待っててください、迎えに行きます」

 ちらと背後に視線を送ったあと、ミカミはさっさと私に手を振ってその場を走り去ってしまった。
 沈黙する私たちの間を、初等部くらいの子達が二人追いかけていく。なぜミカミが初等部の子たちと追いかけっこしているのだろう? ていうか! あいつ軽く見捨てたな。
 私は引きつる頬を撫で付けた。

 えっと、と動揺を隠せず口ごもる祐真くんに、私も気まずく一つ咳払いをした。

「あはは、ごめんね。賑やかで……何かその、そういう雰囲気じゃなくなっちゃったよね。えっと、もう、良いかな?」
「え、でもボク」

 食い下がろうとする祐真くんを片手で制した。

「分かってるよね?」

 少し厳しい顔つきでそう切り出した私に、真摯な視線が絡む。ちょっと、いや、かなり言い辛い……言い辛いけど……

「貴方、もう死んじゃってるんだよ?」

 何で人生初の学校告白を幽霊から受けなくてはいけないんだ。
 化けて出るなら恨んでいるところに行ってくれ。私は心の絶叫を表に出さないように飲み込んで、拳を握り締めるに留まった。こんなの祐真くんも悔しいだろうけど、私はもっと悔しい。
 そんな私に、祐真くんはほんの少し寂しそうに微笑んで小さく頷く。その様子に可哀想なことをしたかな? と思うとちくりと心が痛む。

「ボクにもっと勇気があったら、ボクにもっと幸運があったら……もっと早く伝えられたのに。ていうか、先輩ボクまだ死んでないです」
「え?」

 思わず間抜けな顔をしてしまったと思う。

「病院に居ます。でもまぁ、死んだようなものだと思うけど……きっとその方が良いのだと思うんだけど」

 ぽつぽつとどこか他人事のように言葉をつないだ祐真くんに、一気に申し訳ない気持ちでいっぱいになってフォローする言葉すら見付からない。視線を彷徨わせる私に祐真くんはにこりと微笑んだ。

「まぁ、どっちでも良いですよ。うん、大丈夫ですよね? 暁先輩はボクが見える」

 良いわけあるか、大丈夫なわけあるか!!

 私だって好きでこんな体質になったわけじゃないし、好きで見てるんじゃない! 普通に言葉を交わしているわけじゃない。
 背景が透けて見えてしまう彼に突っ込みを入れても仕方ない。というか、身体があるんなら早く戻るべきなんじゃ? ああ、でも戻れないって言ってたっけ?

「兎に角あのね、この状態じゃ私たちは住む世界が違うんだよ。例え見えたとしても」
「じゃあボク、ミカミさんに取り憑きます。そうしたらずっと一緒にいられるし触れられるし」

 気持ちは嬉しいけど、ミカミには絶対取り憑けないと思うよ。祐真くん。あれ、あれでも神様らしいから……数ヶ月前に私のパソコンのディスプレイから出てきた電子神宮協会所属の一級特使神秘部の大社ミカミさんだから。
 私は頭が痛くなるような現実に、溜息を吐き、こめかみをぐりぐりと押さえた。

「いままでのボクの黒歴史に終止符が打たれるんです」

 自分で黒歴史とかいうなよ。

 キャラの変わりつつある祐真くんを何処で止めたら良いのか分からず、私も放置決定した。

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