▼ 第十五話『心の傷はなぜ見えない1』
暫らくして何とか落ち着いた鈴奈を、とりあえず家まで送った。
家といっても鈴奈は寮生活なので、学園の敷地内ではあったのだけど。あまり寮に縁がなかったから、学園内がこんな風に広がっていることもあまり知らなかった。地味に新発見だ。
寮の区域に通っている道は車道とは別に遊歩道が設けてあった。広大な庭も季節ごとに色を変え、きっと美しいのだろう。それを見る余裕がなくて残念だ。
ただ、私はぽつぽつと足元を照らす照明に浮き上がるレンガの数を数えるように歩いていた。
「さて、ミカミさん」
私の改まった呼びかけにミカミは警戒することもなく、何ですか? と問い返してくれる。
「本当に鈴奈のせい? こういうのってミカミの領分じゃないの? それに、そういうのってやってた本人に返ってくるものじゃないの? 因みに、鈴奈に何かあれば良かったっていってるんじゃ無いからね」
ミカミはあんな雰囲気の中、のんきに数冊本を借りていた。
本のタイトルを盗み見たところ、どうやらカルト集団の起こした事件をピックアップしてあるものらしい。何でミカミがそんなものに興味を持ったのか分からないが、ぱらぱらとそれを斜め読みなのか速読法でもマスターしてあるのか――こっちの可能性が高いと思う――速いスピードで捲っていたミカミは、ぴたと手を止めて「違いますよ」と苦笑した。
「彼女は誰かを呪ったわけでも、呪いを行ったわけでもないんですから。ただ単に占いの類で行ったみたいですし。以前いいませんでしたか? 源さんは悪いものを寄せ付けない性質です。だから、彼女のせいかどうかという話ですが、交霊術を半端な気持ちや方法でやるのはもちろんNGです。源さんはある程度力もあるみたいですし、知識もあります、そのことを踏まえたとすれば引き金になったのは、間違いないんじゃないでしょうか?」
疑問系で問い返すくらいなら、そんなこと口にして欲しくなかったし、せめて否定して欲しかったのだけど私の心を知ってか知らずか、手にしていた本を、ぱたんと閉じて鞄にしまいこみ話を続ける。
「ですが、あの日は風も強かったですし、窓も全て開けていたとして、入り口が開けば多少の強風に煽られることもあるでしょうけど、その場に居なかった僕には何ともいえないです」
当然といえば当然の話だけど私は何となく“必然は偶発的な事象によって起こる”といったミカミの言葉を思い出していた。
祐真くんにとっての必然は光を失くすことだとしたら、鈴奈の必然は何らかの罪の意識を背負うことなのだろうか? もしそうなのだとしたら、幾ら時を戻しても結局は何も変わらない。お互い目の前にあるものを乗り越えていくしかないんだ。
「ひなたさんは、そうしてきたんでしょう?」
「え?」
「ひなたさんは、そうして前を向いてきたんです。向かい合ってきた。弱くても強くあろうと勤めた」
僕はそんな貴方が大好きです。穏やかにふんわりと微笑んでそういってくれたミカミに思わず見惚れてしまった。
ミカミの瞳は真っ直ぐで、穏やかで見つめられるのも心地良い。でも、私はいわれるほど凄いことをしてきたわけじゃない。 そうするしかなかっただけだ。
「ボクもいるんですけど」
―― ……ひぃ!
思わず見詰め合ってしまったところへ突然祐真くんが割って入った。かっと頭の天辺まで一気に熱くなる。何をやってるんだ私は。
「ずっと居たの?」
「もちろん、ずっと居ましたよー。お二人がラブラブな感じなのもずーっと見てました」
「違う! ちっがーうっ! そうじゃなくて!」
大慌てで全否定したが、祐真くんにはじっとりと睨め付けられるし、ミカミは楽しそうに笑いながら「そんなに大きな声を出すと目立ちますよ」と祐真くんをすり抜けて私の頭を撫でる。
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