神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第十四話『何もしなかった罪2』



「それで、どうしたの?」 

 ようやく話を切り出した私に、少し和んでいた雰囲気が一気に張り詰めた。鈴奈からは笑顔が消え机の上で軽く組まれた指先が小刻みに震えるのをじっと見つめている。 

「鈴奈、いいたくないことなら聞かないし無理に話さなくても良いよ?」 

 私の言葉に鈴奈は俯いたままだったが、ややして顔を上げるときっぱりといい放った。 

「あたしが小鳥遊くんを落としたんです」 

 開いていたのだろう窓から生暖かい風が吹き込み、纏め忘れていたブラインドがガシャガシャと音をたてる。私は暫らく瞬きをするのも忘れて鈴奈を見つめていた。 

「多分、なんですけど」 

 申し訳程度に溢した言葉に、ようやく我に返った私は「詳しく聞かせて」と口にするのがやっとだった。鈴奈は私を暫らく見つめたあと本当に小さな声で謝罪してから話を続けた。

「ここはあたしのお気に入りの場所で、小鳥遊くんも時々来ていたんです」 

 この部屋かどうかは知らないが、それは本人から聞いた。ええっと、といい辛そうに「ひなた先輩を見に」と繋げたが、それは既に知っていたことなので特に驚かない。
 そんな私に鈴奈の方が不思議に思ったのか「気がついていましたか?」と訪ねられてしまった。
 私は苦笑して 

「まあ、全く知らないわけじゃないよ」 

 と、答えた。でもことが起こるまでは知らなかったよ。本当はずっと、一度だって気が付いたことはない。本人から聞くまでは 

 「小鳥遊くんは、あたしの数少ない理解者だったんです。ひなた先輩の凄さを良く分かってくれたし」 

 それはどうかなあ?
 私はやり場のない妙にくすぐったい感覚に苦笑した。 

「それで、ここに来た小鳥遊くんは、よくその窓辺でスケッチをしていて…… ―― あの日もそこでスケッチしていたんです。あたしはここに居てこっくりさんをやってたんですけど」
「は?」 

 とりあえず聞き流すには拙いのではないかという単語に食いついた。 

「こっくりさんです。交霊術の一つです」
「いや、聞いたことはあるけど」

 何でそんなものをここで? と続けた私に鈴奈は「暇つぶしです」とさらりと述べた。暇つぶしにやるもんじゃないし、そんな普通の放課後の過ごし方の一つみたいにいうことじゃないような気がする。 

「別に初めてというわけでもないし、時々やっていたので、つい真剣みにかけちゃって小鳥遊くんと話しながらになっちゃって、そうしたら」 

 急に怒り出して、と繋げた鈴奈に私は「何が?」と訪ねる勇気はなかった。私は見える以上否定的ではないが、順応しているともいい難い。言葉失っていた私に鈴奈は話を続ける。 

「突然盤が跳ね上がっちゃって室内が揺れて……それで」 

 それで祐真くんは落ちたのか。今までの経験上、鈴奈のそれが嘘偽りでないことは分かる。なるほど、ある意味確かについてない。 

「だから、あたしが小鳥遊くんを」
「いやいやいや、ごめん。信じるよ、鈴奈の話は信じる。でも、でもね。それは、本当に鈴奈のせい?」 

 机の上で握った鈴奈の拳の節が白くなっている。
 いや、まあ確かに鈴奈がそんなことをここでやってなかったらそうならなかったかもしれないけど、やってた本人はこうしてぴんぴんしているわけだし、窓の前には背の低い本棚があって、直接窓の桟までも距離があるのにも関わらず落ちるというのはそれだけの要因とは考え難い。 

「源さんが本当に懺悔したいのは、そんなことじゃないんじゃないですか?」 

 もう私がどう答えて良いやら、と脳内パニックを起こしている間に、ミカミは隣に腰掛けて穏やかに語りかけていた。
 鈴奈はその言葉に再び肩を強張らせて俯いた。 

「鈴奈?」 

 気遣わしげに掛けた私の声に益々身を縮める。
 そしてやや沈黙があったあと、鈴奈は口を開いた。顔を上げないから分からないが声が涙声になってしまっている。 

「……げて、逃げてしまったんです」 

 瞳から留まりきらなくなった雫が、ぽたぽたと自らの拳と卓上を濡らす。 

「あたし、凄く驚いて、何とかしなくちゃと思って! 慌てて外に出たら、もう人だかりが出来てて小鳥遊くんは倒れてて、あたし、あたし怖くなっちゃって、それでっそれで」 

 逃げてしまったんです。と、最後は掠れてしまって上手く聞き取れないくらいだった。 

「病院にも何度も謝りに行こうと思って、でも、どうしてもいけなくて、それに他の子たちも面会できなかったっていってたから仕方ないや、とか、勝手に自分で思って、勝手に何もかも先延ばしにして、そしたら昨日あんなことになってて! あ、あたしが、小鳥遊くんの目を奪ってしまったのかも知れない。あたしが逃げ出したりしなければ、もっと早い対処もあったかもしれない」 

 泣きながら震える鈴奈は実際よりもっとずっと小さく見えた。
 昨日今日の話ではないのに、ずっと一人で抱えてずっと悩んでいたんだろう。落ちた原因は兎も角として、鈴奈は十分苦しんだと思う。
 腕を伸ばしても届きそうになかったので、私は席を立ち鈴奈の隣りに歩み寄った。震えて身を縮めている鈴奈の頭にそっと手を載せる。 

「辛かったね」 

 私の言葉にひっくとしゃくりあげたあと、縋り付くように私に抱き着いて嗚咽をあげた。

「ごめんなさい、ごめ、な、さい……ごめ……っく」

 何度も何度もごめんなさい、と繰り返す鈴奈の背を撫でて、大丈夫、分かった。と、言葉にしたものの本当に欲しい人からの許しはこのままでは得られることはない。

 随分長くなった陽が、開け放たれた窓から斜めに差し込んで、全て夕焼け色に染めてしまう。

 

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