神様と私の幽霊奇談(神様と私シリーズ)
▼ 第十四話『何もしなかった罪1』

 

「呼び出しちゃってごめんなさい」 

 到着早々、鈴奈に深々と頭を下げられた。膝に額がつきそうだ。
 鈴奈に呼び出されるのは別にこれが初めてじゃないし、本来、もっと! もーっと! 謝って欲しいような呼び出しも多々あったような気がするがこの際水に流そう。
 指定された一室に足を運んだが此処も専門書関係なのだろう利用者が少なそうだ。 

「ところでひなた先輩顔赤いですよ?」
「き、気にしないで。それより遅くなってごめん」 

 本当に色々あってね。
 私の隣ですました顔をしているミカミに微妙に怒りすら覚える。私は、すっかり乾いた制服を意識的に、パンパンと叩いて鈴奈の前に腰を下ろした。
 それを確認してから鈴奈も腰を下ろす。

 確かに制服が乾いたのは有難いのだけど …… ――

「ひなたさん、流石にそれでは入館させてもらえないんじゃないでしょうか?」 

 こっちこっち。と、ミカミに腕を引かれて、どんどん図書館への順路は外れた。
 ミカミのいうことも一理あるし、正論なのだけど私は急いでいるのに。変な連中に絡まれる時間も惜しかったけど今は着替える時間が惜しい。 

「もう水がぼったりはしてないから、大丈夫だよ。着替えるのは鈴奈に会ったあとにしよう」

 そういって、私の腕を取っているミカミを引いたけど、全然聞こえていないのか聞く気がないのか。仕方ないなぁ、と諦めて素直に引きずられるしかないようだ。

 ―― ……ぽふっ

「ちょ、ミカミ。苦しい」 

 建物の影まで連れ込まれ、こんなところで着替えろといわれるのかと思ったら、ぎゅっと強い力で抱き締められた。これではミカミも揃って濡れてしまうし本末転倒だ。
 何より、こんなところ誰かに見付かったら! と、頭を掠めたのを察したのか「絶対に誰にも見付かりませんよ」と耳元で囁かれる。
 それでもやっぱり、これはあまり宜しくない、宜しくないと思う。普段――私から見て――へらへらとしている分、こんな風にされるといくら免疫が出来ていても、恥ずかしいしドキドキしてしまう。

「ミカミっ! 冗談、やめ、てっ! 離、せっ、て!」

 冗談じゃないのは分かる。でも冗談であって欲しいと私は我がままに思う。そうでないと、今の関係を続けられなくて恐い。
 身を捩れば、大抵は直ぐに解放してくれるのに、一向にミカミの腕の力は緩まなくて益々妙な不安が湧く。

「ねぇ、ミカミ?」 

 何とか腕を上げてそっとミカミの柔らかい髪に触れる。絡んだ細糸は指の間をくすぐってサラサラと流れ落ちる。 細く長い息を漏らすミカミにどういうわけか、胸がきゅうと切なくなった。切なくなったのに、

「ひなたさんって凄く抱き心地が良い」 

 がつ! とりあえず向う脛を蹴った。
 体勢が悪くてあまりダメージは与えられなかったようだ。蹴りと同時に離れたミカミは「褒めたんですよ」と楽しそうに笑っている。 

「馬鹿いってないでさっさと行くよ!」 

 隠しようがないほど真っ赤になってしまった頬を両手で隠しながら足を踏み出す。一応、制服は水を被ったという事実など、なかったことのように綺麗に乾いていた。
 でもよく考えたらミカミに腕を引っ張られている時点で肩に纏わりつく嫌な感じがなくなっていたような気もする。 

「ひなたさん」
「何!」
「ここ図書館ですよ」

 絶対図書館からは離れていたと思ったのに傍の建物は本当に図書館だった。…… ――

 

 思い出して、はあ、と嘆息。
 私の背にした本棚の書籍を珍しそうに眺めていたミカミを、ちらと見て尚溜息を重ねる。

 もう、考えても無駄だ。

 こいつの存在自体が不可思議なんだから何が起こっても動じるもんか。諦めて話を切り出そうとするとミカミに邪魔をされた。 

「ひなたさん、ここどうしてこんな本ばかりなんですか? 宗教関係とかオカルト……カルト的なものもちらほらと……到底学生が必要とするものじゃないと思うのですが」 

 知らねーよ。

 本気で不思議そうに数冊、私に本の表紙が見えるように訊ねてくる。
 でも、確かにミカミのいうとおりだけど、この図書館も資料館も割りと得体の知れないものがあるから、それ程不思議とは思わない。 

「これ、あたしの部屋に置けなくなったから寄付したものなんですよ」 

 オカルトマニア此処に極まる。
 あっさりと答えた鈴奈にぽかんとしそうになって慌てて口を閉じる。 

「結構、本って場所を取るのでうちじゃ手狭になって」
「ほぼ私用じゃん」 

 呆れた私の台詞に鈴奈は、えへへと頬染めて頭を掻いた。鈴奈の笑顔は久しぶりに見たけど何か釈然としない。そんな私に気がついたのか鈴奈が重ねる。 

「あ、もしかして、先輩知りませんでした? ここうちの寄贈の本が多いんですよ。建物自体は理事側から出てるんですけど」
「す、鈴奈ってお嬢様?」 

 私の問い掛けに、そんなことないですよ。と、顔の前で両手を振ったが、そうなのだろう。全然知らなかった。
 その事実に物凄く驚いている私とは対照的にミカミは何か合点がいったのか「あの源家ですね……」とか何とかぶつぶつといいながら本を片付けていた。
 まあ良いや、鈴奈が何処のお嬢様だとしても私にとっては可愛い? もしくは厄介ごとを持ち込む一後輩でしかないのだから。 

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