▼ 第十三話『古典的な嫌がらせ2』
「全く、女って怖ぇなー……」
とかぶつぶついいながら傍へ歩み寄ってくる柊木に、三人は数歩後退ってくる。
そして、柊木が徐(おもむろ)に肩に掛けていたスポーツバッグに手を突っ込んだところで、蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「失礼ね、覚えていなさいよ!」
という捨て台詞にちょっと笑った。そんな私に柊木は失笑したようだ。
そして、バッグからようやくお目当てのタオルを引っ張り出すと私の頭に無造作にのせて、わしわしと乱暴に拭き始める。
恐らく部室棟へ向かうところだったのだろう。
「ちょ、ちょちょちょ! 痛い! 柊木っ!」
「あー? 幾ら陽気が良いからってお前でも風邪引くぞ」
普通ここまでするかねぇ、といいつつ私の台詞は無視らしい。
犬猫相手でもこんなに乱暴に拭かないだろう。だから、痛いって! と抗議しようとすると頭の上にずんっと両手を乗せられて顎がかくんっと胸に落ちる。
「お前もさー、もうミカミと付き合ってるってしとけば良いじゃん。そりゃ、ちょーっと頼りないかもしれねーけど良いヤツだろ? あいつ」
五月蝿いな。
「そんな難しく考えなくても、付き合ってみて駄目だったら別れるとかさ。そんなんで良いんじゃね?」
柊木の意見は多分、もっともなんだと思う。思うけれど、それはあくまで相手が同じ高校生とか人間であった場合、だ。
ミカミの場合は、全く違う。
だから、良いわけないじゃん。ミカミは結婚するとかほざいている。しかもかなりマジだ。そんなに簡単に付き合って簡単に別れてなんてして……――
「良いわけないよ。大体、私とミカミはそんなんじゃないじゃん」
「いやいや、そんなんじゃないって暁。お前はどうか知らねーけど、あいつお前にべったりじゃん」
否定は出来ないけど、出来ないけど! でも、やっぱりなんていうか少し怖い。
ミカミは気にしなくても良いというし、私が何かやってるみたいにいってたけど、でも、実際は何もしていない。
私みたいなのが誰かに好意をもたれるなんて多分間違ってる。
祐真くんもきっと自分の境遇と重ねてみてしまっていただけだと思うし。恋心なんて、きっと尊敬とかそういうのの延長線上のほかに、同じ境遇を共有することからだって、芽生えてしまうんだろう。
「兎に角、私は良いの。柊木の方が色々大変なんじゃないの? 遠征後の噂とか絶えないし。密かにファンが付いているとかいないとか」
「はあ? 俺? 俺はそんな暇ねーし」
まさか自分に話が振られると思っていなかったのだろう。取って付けたような理由に笑ってしまいそうになる。動揺している柊木の腕を払ってようやくタオルから顔を出す。
「モテる男は辛いね? いつもいってるけどさ、私なんかに構ってると良いことないよ。でも、ま、ありがとう」
きっかけはどうであれ、ミカミのことは適当にあしらっては撥が当たるし、なんといっても神様だしね。何となく思い出して笑ってしまうと驚いた顔をした柊木と目があった。
「顔赤いけど大丈夫? 大体、柊木だって知ってるでしょ、私は打たれ強いのだけが取り柄だって! こんなの何てことないし」
柊木が助け舟を出してくれたことで、私の変わりに怒ってくれたことで、幾分か私の気分は上昇していた。今回もそれほど落ち込まなくて済みそうだ。
まだ、信じられないという風に、人を見ている柊木の腕を、ぱすぱすと叩いて「とりあえずこの事はミカミには内緒だからね」と、付け加え念を押した。
―― ……ぱんっ!
「え、何の音?」
「さあ?」
突然、なんか軽いものが弾けたような、割れるような音が聞こえた。柊木と、音のしたほうを見つめて様子を窺っていると、中庭の方で照明が一つ壊れたみたいだ。近くに居た生徒が騒いでいるのが聞こえる。
「なんか石でも当たったのかな?」
「知らねー……。なんだろう? まあ、お前の頭上じゃなくて良かったな」
そういって背中を叩かれたところで、ミカミ発見。私より先に、ミカミが私を見つけてくれていたようで、真っ直ぐに私のところへ歩み寄ってくれる。
私の有様を見て驚いたのはいうまでもないが、理由を問いただされバケツが降ってきた発言をした私にミカミだけでなく柊木まで呆れていた。
「まあ、良いじゃない。まだ未使用の水だったし」
以前の私なら使用済みを被っていてもおかしくない。それに、さっきの蛍光灯だかなんだかも、きっと以前なら柊木がいうように、私の頭上で割れていたことだろう。そうじゃないのだから、これはこれで運が良かったのだ。
「ああ、もう、時間食っちゃったよ。行こう、ミカミ」
「ってお前それで行くのかよ!」
ちゃっちゃかとその場を離れようとした私に、柊木から突っ込みが入るが足は止めない。
「んあ、ああ。タオル借りるね。ちゃんと洗って返すから」
部活頑張んなさいよー。と振り返りつつ手を振ったら、そうじゃなくてー! と声が追いかけてきたが、良いや。
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