▼ 第十三話『古典的な嫌がらせ1』
放課後、鈴奈からは図書館で会いたい。というメールが届いた。
もちろん私に断る理由はないし、連絡を待っていたので即OKだ。ぱちんと携帯を閉じて特に一人でという指定もなかったし
「ミカミも来る?」
隣の席で帰り支度をしているミカミに声を掛けたが返事がない。
タダの屍ではないだろうから、どうしたんだろう? と顔を上げると真剣な面持ちで携帯を眺めていた。いや、実際ミカミが持っているのは携帯ではないのだろうケド、何といったか忘れたが仕事用であちらと連絡を取るものらしい。
まあ意味合いや機能的に携帯と変わらないと思うけど。
そう思って肩を竦めたあと改めて声を掛ける。ミカミはスライドさせていた画面を元に戻してポケットにしまうと顔を上げた。
「えっと、何でしたっけ?」
「だから、図書館で鈴奈と会うけどミカミも来る? って聞いてるの!」
少し強い口調でいうとミカミは困ったように微笑んで、すみません。と答える。聞いていなかったことへの謝罪なのか、他の意味があるのか図りかねて首を傾げると話を続けた。
「会わないといけない方が居るので、先に行ってもらえますか? すぐ追いかけますから」
予定外のことだったのか、心底申し訳ないといった様子だ。
「……別に良いけど」
会うって誰に? 喉まで出掛かって、私は飲み込んだ。根掘り葉掘り、相手の事情を探るのは“らしく”ない。
「じゃあ、先に行くね」
と鞄を持てば、ミカミは「本当に直ぐ追いかけますから」と申し訳なさそうだ。そんなに直ぐ済むような用事ならば、待っていても構わない。そう思ったけれど、全く持って可愛げのない私は、口になんて出来なくてそのまま教室の前のドアに進み手を掛けた。
直ぐ、といったのに、何となく気になって振り返るとミカミはまた携帯と睨めっこして嘆息している。
ミカミが気鬱そうなのは珍しい……と、思う。「ミカミ」と呼びかけると「はい?」と顔を上げてくれ、そのときの笑顔は、いつも通りなのだけど……どうしてだか
「……一人で大丈夫?」
なんて問い掛けていた。その問いにもちろん私よりも虚をつかれたのは本人で「僕が、ですか?」とミカミは小首を傾げて問い返す。
「あ、いや、なんでもない。全然平気だよね」
あはは……と、どうしようもない笑いを溢して私は教室を出た。
本当に、何でそんなこと聞いてしまったんだろう。
何気なくあとに残ったミカミにそう口にした自分が不思議だった。大丈夫かと念を押されるべきは私の方なのに、馬鹿馬鹿しいと苦笑して肩を竦めた。
それよりも図書館へ急ごう。
最短ルートは、この校舎を出て体育館を突っ切って外へ出た方が早いかな? 自然と足は小走りになっていた。
***
そして思わぬところで突然、豪快な水音に襲われた。
それと同時に襲ってくる濡れそぼった不快感。
今日は晴天だというのに、なぜ私のところだけ集中豪雨?
少し鼻腔に入って目頭がつんとする。
けほっ、と咳き込んだ私に「ごめんなさいねー」という全く謝罪の意の籠もっていない声が聞こえた。嫌な予感がして渋々顔を上げた私に女子生徒三人が歩み寄ってくる。
見たことない顔ではあるけど制服から恐らく高等部なのは間違いない。タイもしていないから学年すら分からないけど、右端の子はバケツ片手だ。
私一人のところを見計らって、ということはミカミのファンだろうか?
「何か用?」
急いでいるときに限って足止めを食うのは定石だ。殆ど無意味だけど、肩の水を手でぱんぱんと払いそう切り出した私の台詞に、三人は顔を見合わせてくすくすと癪に障る笑い声を上げる。
「暁さんとお話がしたいと思っていたの」
「話くらいならいつでも聞くけど、何?」
今は、そんな暇はない。と付け加えたいところだけど、多分無駄だろう。苛々とつま先を鳴らすと水が跳ね上がる。何度もいうけど、今日は晴れていて蒸し暑いが水浴びにはまだ早いと思う。
「ねぇねぇ、どんな手を使ってその気にさせちゃったの? 弱み? それとも……」
つんっと整えられた指先で私の濡れた襟元を弾く。
ミカミ、のことかな?
いや、でも正直、今のところここまで悪質な輩は居なかったのだけど、悪質さからいえば申し訳ないけど右京さんのファンの方が典型的な嫌がらせの類は得意だ。
それにしても、ミカミも右京さんも弱みなんてないだろうし、私だって自分でいうのも悲しい限りだけど誰かを虜に出来るほど官能的な身体はしていない。
悩殺美女的な要素は一片もない。自分でいうのはとても虚しい。
「何もしていないし、関係ないでしょ」
肩に掛かった手を払いのけると、まあ怖いときたもんだ。怖いのはどっちだ。
「乱暴ね。貴方のような人、ミカミ様が好意を持たれるわけないわよね」
「お前らみたいなのにも持たねーだろうな?」
そうそう。その通り。
と、横槍に全くその通りだと頷きそうになったが、わざわざこんなの見掛けて、助け舟出すお人よしは誰だ。声のしたほうへと、顔を上げる。そして、ざわついた三人の隙間から見えたのは
「柊木」
こいつか。
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