▼ 第十二話『死神と日向ぼっこ3』
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「シイナ先生、うるさい。ちょーもう、時間まだあるんじゃないの?」
騒がしさに目を覚ましてみたら隣りにシイナ先生が居てミカミと話し込んでいた。いや、話をしていたのは一方的にシイナ先生の方なのか彼の声しか殆ど聞こえなかったけど。
むくりと起き上がって不平を溢したら、ミカミが髪に絡まった芝を取り除いてくれつつ「あと、十分ほどで予鈴ですよ」と答える。
貴重な十分が! って、あれ? 何か先生落ち込んでるのかな?
ふと思って首を傾げたが、口を開いた先生は普通だった。
「おはよう、暁さん。女の子がこんなところで大の字になって寝てるのは良くないと思うよ? しかも彼氏の前で」
なってません。大の字にはなってません。S字くらいにはなってたけど。
「彼氏じゃないです」
「じゃあ、何?」
「ていうか、何でわざわざそんなこと聞くんですか。先生、知ってるんでしょう?」
からかわれているのは明らかだ。
私は眉間に寄る皺を抑えながら「ほっといてください」と付け加えて立ち上がる。それに続くように二人とも腰をあげた。
「そういえば、先生。どうして、こんなところで先生なんてしているんですか? ミカミがこちらに干渉するために許可申請とるの面倒そうだったんですけど、先生もしかして無許……」
「むむっ無許可なわけないじゃないか、暁さん! じゃ、じゃあ、ボクハ ソロソロ ホケンシツ ニ モドルヨ」
ぱんぱんと痛いくらい私の両肩を叩いて、先生は機械的に回れ右をして去っていった。
嘘をつかないというよりは嘘がつけないタイプなんだな……シイナ先生。
ちょっと苛めすぎてしまったかもしれない“ボク”とかいってたし片言になってしまってた。思い出して思わず笑いを溢してしまった。
―― ……
「ミカミ、その、なんていうか、ああいうのに真剣に答えることないでしょ?」
なんだかぎこちなくて教室へと足を進めつつ呟いた私に、ミカミは「そうですね」と笑ってくれる。笑ってくれるけど、確かに私自身このままというのもしこりが残るというか何というか、でも、いまいち分からないこともあるし、優先しなくてはいけないこともあって後回しになっているのも事実だ。
「ねぇ、ミカミ」
「はい」
「ミカミはさ、私にどうして欲しいのかな?」
何でもかんでも私はミカミにしてもらってばかりだ、与えられるだけ与えられるのは何だか違うような気がする。ギブアンドテイクというわけではないけど。
私の問いかけにミカミは少し驚いたようだが、とりあえずと口火を切って
「このままでは教室に辿り着かないので、先ほど通り過ぎた階段を上がってもらえると良いなと思います」
「あ」
そういうことは早くいえ。
慌てて階段へと戻る。考え事をすると前が見えなくなるのは私の悪い癖だな。階段の手すりに手を掛けて一息吐く。
さあさあ、上がってというようにミカミに背中を叩かれて止まった足を踏み出した。一歩後ろでミカミに呼ばれて振り返らずに「うん」と答える。
「ひなたさんは、何も気にしないでください。実際、貴方が願いを叶えて貰える権利を得たのは本当なんです。そこへ僕が割り込んだだけですし」
それは初耳だ。
全てが全てミカミの暴走ではないということか、幸運に見舞われることの無かった私の最初の幸運はその権利を得たこと、なのかな? いやいや、これも幸か不幸か。
「ひなたさん、上りすぎ」
ひとりごちて頭を振るとミカミに腕を引かれた。
「それに僕はひなたさんに色々と教えてもらっていますし」
「本当に?」
訝しげに問い直した私に、ミカミは「はい」と微笑み「満足しています」と、締めてふんわりと柔らかく瞳を細めて、そっと私の髪を撫でた。
「そ! それなら、良い、けどっ」
ほんの少し、本当にほんの少し触れただけなのに髪の毛の一本一本にまで神経が行き届いているように、かぁっと熱を持ったような気がした。
それを悟られたくなくて、私は慌てて顔を逸らす。本当に、ミカミの笑顔には慣れたけど慣れない。熱くなる頬を隠すようにmちゃっちゃと廊下を闊歩した。
でも、私がそれこそ人生経験山と積んでいるであろう神様なんかに、教えていることなんて本当にあるのだろうか?
ミカミは嘘が吐けない。
……嘘を吐かない……
だけど、やはり私には疑問しか残らない。
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